ルノワールとセザンヌ。どちらもその名をよく知られ、フランスのモダンアートを代表する画家。「印象派」のカテゴリーでひとくくりにされがちだが、実はその表現の方向性は大きく違っていて、印象派以降の絵画がたどった変遷にも対比的な影響を与えた。もしルノワールの作品を観て「わかりやすい」、そしてセザンヌを見て「ちょっとわかりにくい」と思ったなら、あなたはもうすでにその違いの入口に立っていると言ってもいいかもしれない。そして、その違いは「モダンアートとは何か」という大きな問いの答えにも関係してくるのだ。

いま、東京・丸の内の三菱一号館美術館では、この二人の画家にフォーカスした展覧会「ルノワール × セザンヌ—モダンを拓いた2人の巨匠」を開催中。印象派・ポスト印象派の名作を所蔵したパリのオランジュリー美術館とオルセー美術館から、二人の代表作約50点が集結した。ルノワールの《ピアノの前の少女たち》、セザンヌの《画家の息子の肖像》、さらには彼らのあとにモダンアートを牽引したピカソの《布をまとう裸婦》といった傑作に加えて、ルノワールとセザンヌによる肖像画、静物画、風景画を紹介。写真ではけっして伝わらない、彼らの筆致や作品の質感までもが感じられる貴重な展覧会をぜひ逃さず訪れてほしい。

オランジュリー美術館(筆者撮影)

主人公の一人、ピエール=オーギュスト・ルノワールは、フランス中部で陶磁器の産地として有名なリモージュの生まれ。彼も最初は陶磁器の絵付け職人として修業し、そのあとに画家を志した人だった。一方のポール・セザンヌは、フランス南部のエクス=アン=プロヴァンスで生まれた銀行家の息子。父の勧めから法学の道に進むものの、絵を描く夢を捨てきれず、のちに大作家となる親友エミール・ゾラのアドバイスもあって画家に転向した。

ここで少しだけ「印象派」についておさらいしておきたい。印象派は19世紀後半のフランスで始まった絵画の潮流で、そのあとの時代に続くモダンアートの先駆けになった。それまでのフランス美術界では、歴史やギリシャ神話などを題材に、写実的で格式のある絵が理想とされてきたが、印象派を担った若い画家たちは、そんな伝統に対抗。古典的な物語ではなく、自分たちの目の前にある日常の情景をそれまでにないスタイルで描こうと、それぞれが試行錯誤を重ねた。とりわけ「筆触分割」と呼ばれる粗い筆致で色を並べて置くことで、色彩の鮮やかさ、一瞬のきらめき、季節の空気感など、自由で生き生きとした視覚体験を届けようとしたのが特徴的。急速に広まっていた写真にも影響されながら、革新的な運動が画壇を席巻していった。

Rピエール=オーギュスト・ルノワール《ピアノの前の少女たち》1892年頃、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Franck Raux / distributed by AMF

新しいアートを生み出そうとチャレンジするそんな若い画家のグループの中に、ルノワールとセザンヌはいた。彼らはパリで出会い、モネやドガとともに1874年4月の第一回印象派展に参画。モネが出品した《印象・日の出》という作品を、古い感覚の批評家が批判したことから「印象派」と呼ばれるようなったのはよく知られている。いまの私たちから見れば、むしろ穏やかな表現に見えるルノワールとセザンヌだが、当時はむしろ観客が驚くほどに斬新だったことは忘れてはならない。

ただ印象派のなかでも、たとえばモネのような抽象的な方向に進まずに、描かれるものの形態(かたち)を保とうとしていたのは、ルノワールとセザンヌの共通点だったかもしれない。彼らは、花や果物などの静物画、風景画、肖像画、そして裸体画というジャンルでかたちあるものを描きながら、その「もの」の見つめ方と表現の仕方で、独自のスタイルを築いていった。展覧会の冒頭で、その対比がさっそく現れてくる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《花瓶の花》1898年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Franck Raux / distributed by AMF
ポール・セザンヌ《青い花瓶》1889-1890年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館 © Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF

どちらも花瓶を描いているのに、ずいぶんと印象が違うことに気づく。上のルノワールは、明るい色彩と柔らかな筆のタッチで、あふれんばかりの花束を楽しんで描いているように見える。陶器の絵付けからキャリアをスタートしただけあって、花瓶の光沢が綿密に描かれているのも特徴的だ。

一方のセザンヌは、花瓶そのものが中央からやや左に置かれ、ぎこちなく浮かんでいるように見えるのがわかるだろうか。あえて斜めの線を縦横に走らせ、構図に不安定さを生みだしてもいる。実はセザンヌにとって絵画は、「見る」行為そのものをもう一度問い直す機会と捉えていたようだ。私たちは、絵画が「瞬間」を映したものと思いがちだが、セザンヌは「見る」という行為を時間と動きをともなったものと考えていた。確かに私たちの視線はつねに動いていて、目の焦点は微妙に揺れ、ひとつの対象を一瞬で完璧に捉えることなどできない。セザンヌは型どおりの遠近法や写実にとらわれることなく、自分が世界を見つめる眼差しを表現しようとしたのだった。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《イギリス種の梨の木》1873年頃、油彩・カンヴァス、オルセー美術館 ©Musée d’Orsay, Dist. GrandPalaisRmn / Patrice Schmidt / distributed by AMF
ポール・セザンヌ《赤い岩》1895-1900年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 ©GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

二人が描く風景画の対比も興味深い。印象派の最盛期ともいえる1873年に描かれたルノワールの《イギリス種の梨の木》は、まさに「ザ・印象派」のスタイルで、輪郭は曖昧に溶け合い、葉のざわめきや一瞬の光のきらめきを描き、風景を見た歓びをそのまま画面に映している。

対するセザンヌは、感覚的に風景をとらえるのではなく、もっと確かな、しっかりした土台があるものとして描こうとしていた。自然の中に幾何学的な構造を見出し、岩や丘の構造を積み重ねることで、ずっと変わらない秩序、存在感のようなものを探求していたように感じられる。

そして、西洋絵画の伝統的な主題だった「裸婦像」でも、二人の違いは明確だ。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《風景の中の裸婦》1883年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Franck Raux / distributed by AMF
ポール・セザンヌ《3人の浴女》1874-1875年、油彩・カンヴァス、オルセー美術館 ©GrandPalaisRmn (musée d’Orsay) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

人生の後半でルノワールは、18世紀のフランスで流行したロココ美術や、古典派を代表するドミニク・アングルの影響を受けて、女性の姿がより線描的になった。一方で背景は、印象派の細やかな筆致を重ねるように描かれているのが特徴的だ。

対するセザンヌの《3人の浴女》は、彼の水浴図の中でももっとも初期に制作された作品で、裸婦を細かに描くのではなく、画面の構成を独自にアレンジ。3人が三角形の構図を作り、木や葉のタッチが人物と同じように描かれ、背景と身体が溶け合う、つまり人物を自然の一部として、安定感のある形として描こうとしたことが感じられる。

ピエール=オーギュスト・ルノワール《ピエロ姿のクロード・ルノワール》1909年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Franck Raux / distributed by AMF

ルノワールは自身の子どもをモデルに多くの絵画を描いたことでも知られている。この作品は息子のクロードを描いたもので、大理石の大きな柱のある背景には、画家が1892年のスペイン旅行で見たヴェラスケスやゴヤの宮廷肖像画の伝統が感じられるという。ここでも印象派のスタイルから一歩進んで、古典絵画の重みや安定感を求めたルノワールの変化が見てとれる。

ポール・セザンヌ《セザンヌ夫人の肖像》1885-1895年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

こちらはセザンヌが、妻であるオルタンスを描いた肖像画。ルノワールとは対照的に、背景は漠然として、しかも人物が中心であるのに顔のディテールはぼやけて、まるで静物画のように描かれているようにも見える。先に見た《赤い岩》の岩のように、人物を構造をもったかたまり、確かな存在として構築することに重きをおいているかのようだ。「彫刻」のような肖像画といってもいいかもしれない。

こうした、形の本質を捉え、モチーフを構造をもった立体のようなかたまりとして捉えるセザンヌの表現は、パブロ・ピカソなど印象派の次の世代を担う画家たちに大きなインスピレーションを与えることになった。本展でもピカソの代表作の一つ《布をまとう裸婦》などを展示。「セザンヌは私たち皆の父のような存在だった」と語ったピカソへの影響を垣間見ることができる。

ともに「印象派」のメンバーであったルノワールとセザンヌ。彼らの足跡を対比的にたどるこの展覧会で、印象派とは何か、モダンアートとは何だったのかに思いを馳せてみたい。

最後に、下はセザンヌが数多く描いたりんごの静物画。展覧会に出かける前に、この作品のセザンヌらしさについて、ぜひ考えてみてほしい。

ポール・セザンヌ《わらひもを巻いた壺、砂糖壺とりんご》1890-1894年、油彩・カンヴァス、オランジュリー美術館 © GrandPalaisRmn (musée de l’Orangerie) / Hervé Lewandowski / distributed by AMF

「オランジュリー美術館 オルセー美術館 コレクションより ルノワール × セザンヌ—モダンを拓いた2人の巨匠」

会場:三菱一号館美術館

会期:2025年9月7日(日)まで

開館時間:10:00〜18:00(祝日を除く金曜日、第2水曜日、8月の土曜、9月1日〜9月7日は20時まで)※入館は閉館30分前まで

休館日:月曜日 但し、祝日の場合、トークフリーデー(7月28日、8月25日)、9月1日は開館

詳しくは展覧会ウェブサイトへ

https://mimt.jp/ex/renoir-cezanne/

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は公式サイトをご覧ください。

(文)杉浦岳史

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