フラワークリエイター&アーティストとして「edenworks」を主宰し、花のロスを最大限なくした独創的なクリエイションを繰り広げる篠崎恵美さん。ウィーンを拠点に演奏活動で世界を飛び回りながらも、「空間に花を欠かすことはない」と語るコロラトゥーラ・ソプラノ歌手 田中彩子さん。今回は篠崎さんが運営する「edenworks BEDROOM」にて、華道やクラシック音楽に親しむ編集者のMiki さんをファシリテーターに迎えてお話を伺いました。

幼い頃に見た野バラの風景が花の原点

Miki さん:コロラトゥーラ・ソプラノ歌手として世界を飛び回る田中さんですが、プライベートでは大のお花好きで、空間に花を欠かすことはないと伺いました。田中さんの暮らしにおける「花」とはどのような存在でしょうか?

田中さん:私にとって花は、幼少期に思い描いた夢の記憶と結びついています。子ども時代の私は、絵本にたびたび登場するような名もなき小さな花々が一面に咲き乱れる美しい風景に、ただひたすら憧れている子どもでした。

幸いにも実家の隣には広い空き地があり、そこには野バラが群生していました。私は道路に寝そべりながら、その花々をずっと眺めるのが大好きでした。地面に頰をつけて眺めていると、自分の目の前には野バラしか飛び込んでこないのです。

それはまるで『不思議の国のアリス』の世界に飛び込んだような、幻想的な風景でした。大人になった今でも、花を見るたびにその思い出が蘇ります。童心に返り、自然体になって、リラックスさせてくれる。たとえどんなに忙しくしていても、空き地に寝そべって野バラにうっとりしていただけの少女時代の自分に戻してくれる貴重な存在が、私にとっての花です。

花が好きという一心で、独学で仕事を始めた

Miki さん:篠崎さんにとっての花の原点も、小さい頃の思い出と関わりがあるのでしょうか?

篠崎さん:私の母は花が大好きな人だったので、物心ついた時から花々に囲まれて育ちました。家中にいつもいただいた花、母が育てた花などが飾られていましたね。

私も道端に咲いている、名もなき花々が大好きな子どもでした。幼い時から、花の名前を知ろうとはせず、ただ可愛いから、ただ好きだからという理由で、花と触れ合っていたのです。学生時代の通学路も「いつもこの道を通ると、あの花があるから」という理由で道を選んで通っていました。

大人になってからは、ファッション業界で働いていたのですが、仕事が自分に合わずに悩んでいたとき、偶然出会ったのが花でした。そこから花の名前すら知らずに花屋の仕事に飛び込み、師匠もいない状態から独学でやってきました。花のどこに惹かれるかは人それぞれですが、田中さんと私は見ているところがとても似ていると感じました。

田中さん:私も単身でウィーンに渡り、音楽家になった経緯があります。まさに私と同じような状態で、花の仕事を始められたのだということを知り、驚きです。

代々木八幡駅近くにある「edenworks BEDROOM」。店内の中央には篠崎さんがセレクトした美しい花々と共に、大きなベッドのディスプレーが。現在はここで花のワークショップを不定期で開催している。

篠崎さん:花を好きな者同士が、プロとアマチュアの垣根なく、同じ目線で選べる花屋をやりたいなと思って始めたのが「edenworks BEDROOM」です。自分の寝室に嫌いな人って呼ばないじゃないですか。花が好きな人々が訪れ、ベッドをぐるぐる周りながら、「この花、可愛いですよね」と話している間に、いつの間にか花束ができているような場所を作りたかったのです。

花との向き合い方に境界線がないという点は、私も田中さんも近いですよね。見る者と見られる者というよりは、一緒に生きている者。そういうふうにとらえたほうが断然、花を楽しめると思います。

田中さん:私もそう思います。篠崎さんの花のアレンジは人と自然の境界線がなく、色彩も野原に生えている花の色に近いですよね。それはまさに私が幼少の時に憧れていた花々の風景そのもののようです。篠崎さんの花を通して、昔描いた夢の世界を思い出しました。

空間の花が土地と自分を繋いでくれる

Miki さん:花や自然との向き合い方のみならず、何かを成し遂げるときのマインドセットまで、お二人ともよく似ていらっしゃいますね。今の暮らしの中でお二人は、花をどのように楽しまれていますか?

田中さん:公演活動で住処を転々としているのですが、移動先で真っ先にすることは「空間に花を飾ること」と決めています。なぜならその土地の、その季節の花の命が、私がその場所に属せる者として繋いでくれるように感じるからです。花から目には見えない土地のエネルギーを凝縮していただいているような気がしています。私にとってはとても大切なことです。

ウィーンに戻った時も、空間にお花を欠かすことはありません。暮らしのルーティンとしてスーパーに行くタイミングで、花を必ず求めて帰ります。ウィーンでは日本よりラフに花が売られていますね。私もざっくりと切った花を、花瓶にサッと生けるだけです。そのとき好きだなぁ、可愛いなぁと思ったものを直感で選んで楽しんでいます。

篠崎さん:ヨーロッパでは花の存在が、より日常に近いのかなと思います。

田中さん:そうかもしれませんね。自分と向き合う時間を要する音楽家は、大概の時間は孤独です。でも空間に花があるだけで、誰かの命がそばにいてくれる感じがし、安堵感に包まれ、心が満たされます。

美しい花の命に最後まで寄り添いたい

篠崎さん:私は仕事中にいつも花と一緒なので、住まいには花ではなく観葉植物を置いています。生花は時間と共に姿が変化していきますよね。蕾の時も可愛いのですが、実は花びらがパラパラと枯れて落ちるだろうなという日の前日の花こそが、最も綺麗だと私は思います。お客様にもその瞬間まで、見届けていただきたいと願っています。

田中さん:その気持ちは、とてもよくわかります。私も花を最後まで見てあげたくて、ウィーンを離れる1週間前からは花を新たに買わないようにしています。

花があることで、音楽表現の理想形へと導かれる

Miki さん:クラシックの楽曲には花を題材にした作品も多く、花と音楽は昔から深い間柄にあります。音楽家としての表現活動において、空間における花から何か芸術的なインスピレーションを得ることはありますか?

田中さん:音楽家としての私の目標はいつも、「自然な音色を出したい」ということにあります。自然の音って、どんなに聴いても耳障りではないじゃないですか。花がそばにあるだけでまるで森の中にいて花に囲まれて、自然体でいられるような空気感を呼び覚ましてくれるのです。自然の音色を出すためには、私も自然体であるべきだ、という大切なことを花の姿が教えてくれます。

クラシックの歌の中にはたびたび花が登場しますが、作品の中での花は人の映し姿として扱われていることがほとんどです。人の感情をメタファー(暗喩)として表すときに、花の姿を歌うのです。

生けた花が枯れゆく姿を見ながら、自分がまだ実体験していないことでも体感として得られるように思っています。この歌詞は何を表したいのかなというインスピレーションを、直接花からもらえるのです。そこからまた自分で想像が湧いて、歌に帰るという循環が私の暮らしにあります。空間の花は音楽の表現をする上においても、とても大切なものです。

篠崎さん:私の中で田中さんの声は、花の声と重なっていました。花は実際に声を出すわけではないけれど、別の時空では聞こえているのかもしれない。田中さんの声は、そんな花の歌声そのものように感じていました。

田中さん:それはとても嬉しいことです。

音楽と花から広がる、新たな未来

Miki さん:お二人は表現活動だけではなく、音楽、花の未来を見据えた視点で様々な活動をされていらっしゃいます。お話を伺いながら、これからのクリエイションとは目の前の「表現そのもの」だけではなく、将来を見据えて行うすべてのプロセスを指すものだと感じました。今後のお二人の活動についても、教えていただけますか?

田中さん:自身の音楽活動も日々精進しながら、音楽教育を通して子どもたちの社会的な成長を目指す、ベネズエラ発祥のプログラム『エル・システマ』と京都府舞鶴市との提携による『舞鶴子どもコーラス』の特別顧問や、広島にあるAICJ 中学・高等学校の理事長としての活動にも携わっています。今後、こういった形で音楽を通じて子どもたちと関わる機会がさらに広がっていけば嬉しいですね。

Miki さん:篠崎さんの今後についてはいかがでしょうか?

篠崎さん:「花を棄てずに、未来へ繋げる」という私たちの理念をこれからも追求していきます。私は企業様からイベントで披露する花の装飾の仕事をよくいただいているのですが、そのとき使った花をイベントが終わったらすぐ棄ててしまうのは悲しい。欲しいというお客様に引き継いでいただけるように、終了後には装花で使用した花を配るギフティングまで含めた提案をしています。花の命を思うと、ただ廃棄してしまうのはやりきれない想いがあるからです。

2024 年にシンガポールで展示した、篠崎さんによる紫陽花のインスタレーション。イベント終了後、飾った花を1000 人の観客にギフティング。

そして未来を生きる子供たちが、生き物を大切にするきっかけになれたら嬉しいですね。それぞれの世界で、私たちの想いが派生してくれるといいなと思っています。

編集後記

対談の最後に篠崎さんから田中さんへ花束のサプライズが。二人で楽しくおしゃべりしながら好きな花々を選んで作ったブーケは、田中さんが幼少時代に思い描いた花々の風景を思い起こさせるような美しいアレンジに。

田中彩子(ソプラノ歌手)

18 歳で単身ウィーンに留学。 22 歳でスイスのベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初、かつ最年少でのソリスト・デビューを飾る。国際ベルヴェデーレ・オペラ・オペレッタコンクールにてオーストリア代表として本選出場を果たし、ウィーン・フォルクスオーパー歌劇場のオペラ《ホフマン物語》オランピア役のカバーを務めたことを皮切りに、オーストリア政府公認オペラツアー:モーツァルト《魔笛》の夜の女王役で2012 年から3 年間にわたって出演。オルフ《カルミナ・ブラーナ》のソリストとして、ウィーン2 大コンサートホールの1 つウィーン・コンツェルトハウスにて大成功を収め、ロンドンのロイヤル・フィルハーモニー管弦楽団との定期コンサートでイギリス・デビュー。作曲家エステバン・ベンセクリが彼女の声にインスピレーションを受け作曲した「コロラトゥーラ・ソプラノとオーケストラのための5 つのサークルソング」でアルゼンチン最優秀初演賞を受賞。イギリスBBC ミュージック・マガジンにて5 つ星を受賞。ブエノスアイレス・ムジカ・クラシカ・マガジンの表紙を飾る。2014年のデビュー以来、日本でも国内での演奏活動を重ね、「情熱大陸」(MBS)や「ザ・ヒューマン」(NHK BS)などのメディアにも多数出演。2019 年 、Newsweek誌「世界が尊敬する日本人100」に選出。京都府あけぼの賞受賞。

学校法人AICJ 鷗州学園理事長 ウィーン在住。

《彼女の声は素晴らしいアジリティと本物の叙情的な美しさを持っている》

イギリスミュージックウェブ・インターナショナル

《華麗なる鋭敏さと透明さを誇る声だ》

アメリカン・レコードガイド

オフィシャルHP

コンサート情報

2025 年5 月30 日(金)18:30 開場 / 19:00 開演

「AYAKO TANAKA ≪MANIAC≫ Vol. 1 浜離宮朝日ホール(東京)

篠崎恵美(edenworks)

独自の感性で花の可能性を引き出し、花のロスを最大限になくすデザイン、クリエイションを手がける。2009 年に「花を棄てずに未来に繋げる」を理念に掲げるクリエイティブスタジオ「edenworks」を設立。店内装飾からウィンドウ装花、雑誌、広告、CM、MV など、花にまつわる創作を広く行う。不定期でオープンするフラワーショップ「edenworks BEDROOM」、ドライフラワーショップ「EW.Pharmacy」、駅直結のフラワーショップ「ew.note」など様々なコンセプトのショップを展開しているほか、2017 年にイタリア ミラノで紙の花プロジェクト「PAPER EDEN」を発表。ブランドとのコラボレーションやインスタレーションなど、アーティストとしても国内外で活動中。

Miki(編集者)

早稲田大学第一文学部卒業。インターネット黎明期より大手出版社にて業界の先駆け的存在となる女性誌オンラインメディア(2誌)の立ち上げに参加。事業化に貢献。編集者として15 年間勤務し、インタビューや著名ミュージシャンの連載、ファッション&ライフスタイルコンテンツの編集・執筆を多数手がける。現在は企業や人気ジュエリーブランドのプロモーションを手がける傍らで、ライフワークとして東洋思想(算命学)研究家の活動を開始。華道に入門し、「生ける花も人の命も美しく」を信条に、研究と花の稽古を続けている。クラシック音楽家の親族をもち、幼少期から西欧の教会音楽に親しんできた経験も。

取材・文/Miki

撮影/古本麻由未

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