現代に通じる「時代の先駆者」という切り口で、北斎の魅力に迫る。
少し前のことだが、1998年に米国『ライフ』誌が掲載した「この1000年間で最も偉大な業績を挙げた世界の人物100人」に、日本人でたった一人選ばれた人がいた。それが浮世絵師の葛飾北斎。印象派をはじめとするヨーロッパの絵画に、浮世絵文化の代表者として大きな影響を与えたことはよく知られているが、現代でもなお北斎の画業には世界中からの賞賛が集まる。

北斎は、90年の生涯でなんと30,000点もの作品を残した。そのなかで誰もが知る彼の代表的な作品といえば『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』のいわゆる大波。その知名度はレオナルド・ダ・ヴィンチのいわゆる《モナ・リザ》と並び称されるほど。しかし東京・京橋にあるCREATIVE MUSEUM TOKYOで開催中の展覧会「HOKUSAIーぜんぶ、北斎のしわざでした。展」は、これまで多くの展覧会で彼の著名な作品が展示されてきたのとは、切り口と趣向が少し違う。

それは、単なる浮世絵師の枠を超えて、「マンガ」や「アニメ」など現代日本のエンターテインメント文化の源流を作りだした「時代の先駆者」としての北斎を徹底的に解剖しようというユニークな試みだ。人物の動きを強調するようなスピード線も、時の流れを表す効果線も、アニメのようなコマ割りも、思わずクスッと笑ってしまうギャグの表現も、実はもうすでに北斎の絵に入っている。すべては200年前を生きた北斎の「しわざ」だったのか!と思わせるものばかりなのだ。
今回の展覧会は、1,700冊もの『北斎漫画』を所蔵し、北斎を知り尽くした浦上満氏(浦上蒼穹堂)の協力のもと開催されている。質も量もともに世界一として知られるこの浦上コレクションの『北斎漫画』全15編、あるいは今回初公開となる幻の肉筆画16図など、出展作品の総数は450点超。細かな線描を大きくスケールアップしたスクリーンや映像も交え、非常に見ごたえのある展示が繰り広げられている。

マンガやアニメに受け継がれた、北斎の臨場感。

展覧会が始まってすぐに出てくる読本『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』の絵がすでに凄い。これは1800年代初頭、江戸時代の作家である曲亭馬琴がストーリーを書き、葛飾北斎が挿絵を描いたもの。平安時代の武将、源為朝を英雄に仕立てた、いわば「ヒーローもの」だが、臨場感あふれる劇画調のタッチは現代のマンガそのものだ。当時、足かけ5年をかけたシリーズで全5篇、29冊まで出版されたという。私たちが少年・少女マンガに夢中になったように、江戸時代の読者がワクワクしながらこれを読み、次の発売を心待ちにした様子が伝わってくるようだ。

同じく読本『新編水滸画伝』の絵も見ごたえがある。中国の明の時代に書かれた有名な長編小説『水滸伝(すいこでん)』が日本で翻訳されたもので、やはり北斎が挿絵を描いた。上は、悪魔がひそむ伏魔殿(ふくまでん)が解き放たれて、108の魔物が放出される場面。地中から突然放射される光に人々が驚き、怖がる姿が、緻密な描写でリアルに描かれる。北斎の力の入れようが感じられる一枚だ。
さて、ここでひとつ伝えておきたいのは、これらの作品が「版画」だということだ。北斎が原画を描き、それを彫師(ほりし)が版木に彫り、そして摺師(すりし)が紙に摺る。北斎の大胆な構図や描写も凄いが、それを細かな線や、小さな文字までも版画に仕立てる職人の技にも目を向けたい。
徹底した自然の観察者という共通点でつながる、北斎とレオナルド。

さきほど『冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏』とレオナルド・ダ・ヴィンチの《モナ・リザ》と対比してみたが、二人の画家を「観察の天才」として見ると共通点が浮かび上がる。それは、二人が自然現象や身体、動きの徹底的な観察者であるということだ。北斎は、展覧会の第2章で見るような波が砕ける瞬間や、舟の行く手を阻み、人を飲み込むような波と渦の勢いまでも絵に写し取った。

さらに、北斎の絵に登場する数々の動物たちの表情にも注目したい。スタジオジブリのアニメにも出てきそうな、正確な描写でありながらどこか人間味や愛嬌を感じさせる動物たちの姿。これもまた北斎らしい観察眼から生まれた表現といえるだろう。

人物画にも、この北斎の観察眼から生まれた表現が数多く見られる。もし彼が現代に生きていたらアニメも制作していたのではないか、と思わせる、今にも動きだしそうなパラパラ漫画のような人物たち。今回の展覧会では、日本屈指のアニメーターたちが『踊独稽古』と『北斎漫画』から3本の計4本をアニメーション化。ミニシアターで見ることができるが、確かに北斎の「動き」に関する観察眼とコマ割りの巧みさが際だつ。

北斎の手が描いた、貴重な「肉筆」も見逃せない。

葛飾北斎のような浮世絵の絵師が描いた「原画」は、彫師の手に渡ると、板に貼ってその紙ごと彫っていってしまう。このため原画は世に残らない運命にある。しかし、今回の展覧会では、実際の北斎の手による貴重な「肉筆画」も見ることができる。それは、北斎の最晩年となる80代前半に「毎日、新たに魔物を蹴散らす」ことを願って、日課として獅子や獅子舞を描き続けた『日新除魔図』。このうち、新たに発見された16図が、この展覧会で初公開されている。北斎の一筆一筆をしっかりと目に焼き付けたいところだ。

ほかにも展覧会には、風などの目に見えない自然現象を描いた北斎ならではのテクニックや、物語を一枚に感じさせる構図、アニメの絵コンテのようなコマ割り絵など、さまざまな北斎の「しわざ」が盛りだくさん。古い作品という固定観念で見るのでなく、現代の私たちの身近にあるマンガやアニメなどと見比べながら、展覧会を楽しんでみたい。

HOKUSAI—ぜんぶ、北斎のしわざでした。展
会場:CREATIVE MUSEUM TOKYO[東京・京橋]
会期:2025年11月30日(日)まで (会期中無休)
開館時間:10:00〜18:00(毎週金曜・土曜および祝前日は20:00まで開館)
※最終入場は閉館の30分前まで ※会期中、一部作品の展示替えを行います。
詳しくは展覧会ウェブサイトへ
※記載情報は変更される場合があります。
※最新情報は公式サイトをご覧ください。
(文)杉浦岳史










