結婚して間も無くの頃、お盆や年末年始は主人の実家がある京都で過ごした。東の文化圏で30歳過ぎまで育った私にとって西の文化は新鮮で、同じ日本なのにこうも違うのかと感心することが多々あった。


京都人は一目置いているものや、尊敬しているものに敬愛の意を表して、人の名前でなくても、“さん”付けで呼ぶようだ。たとえば竈(かまど)のことを「おくどさん」と呼び、デパートの「大丸さん」なども。きっと大丸デパートは古くからあるのだろうし、日々の暮らしに欠かせない食の中枢を占める竈には神様が宿ると考えられることから、これらが“さん”付けで呼ばれることはスムーズに腑に落ちる。

そんななか「おけそくさん」ということばが度々聞こえてきた。それは食べ物で、特に年末年始には欠かせないもの。お供え用の丸餅のことである。記憶力が芳しくない私にとって、聞きなれない言葉なので覚えるまでにはしばらく時間がかかったが、今では何も考えずに「おけそくさん」と口にするようになった。

そもそも「おけそくさん」の語源は、浄土真宗の「華束(けそく)」に由来しており、これは文字通り仏前に捧げる花の束のことを指す。寒い季節は花が手に入らないために、その代わりに餅を花のように見立てて供えた。以前インドネシアのウブドに行った時に、毎日寺院にお米や花をお供えしている地元の人の姿を目にして、心が洗われるような気持ちになったことを思い出した。考えてみれば、日本の正月に欠かせない「鏡餅」だって、年神様に捧げるものに変わりはないが、同時にその依代(よりしろ)となる。正月が開けたら、鏡開きをしていただくのは、まさに直会(なおらい)そのもの。節目節目の節句には「餅」の名前のついた菓子が当たり前のように食べられているし、餅はハレの日に重宝されながらしっかりと日常に馴染んでいる特別な食べ物と言えるだろう。

餅は、餅米を蒸してから臼と杵でついて作られる。つきたての餅を手で丸めることから丸餅が一般的であったが、江戸時代には運搬の必要性から箱に詰めて角形に形成された餅が誕生し、例外はあるが主に関ヶ原から東の地域では角餅が普及した。熱を加えることで自由に形を変える餅は、様々な食材との相性が良く、両者を互いに引き立てることに長けたものだと思う。たとえば揚げた餅に砂糖と醤油をまぶして甘辛にしたり、オーブンに入れてぷっくら膨らんだところに穴を開けてチョコレートを入れたり、蓬や味噌を練り込んだり、唐墨を巻いたり、さらにはお好み焼きやグラタンに入れたり…、楽しみ方は無限だ。

今日ご紹介するのは、私の実家でよく朝ごはんに食べる料理をアレンジしたもの。実家では出汁でしみしみになるまで煮た細切りの大根に、揚げ餅を加えてとろとろに煮込み、上からは三つ葉をたっぷりかける。今回はおもてなし向きに、みぞれ煮にして上からごぼうのフライをこんもりと盛る仕上げとした。

器は、志野草花文四方向付(しのそうかもんよほうむこうづけ)。志野は安土桃山時代の慶長年間(1596-1615)に岐阜県東濃地方で作られた美濃焼の一種だ。それまで日本の焼き物にはなかった長石釉を使った初めての白い焼き物に、鉄絵で装飾が施された画期的なものであった。中国の染付や白磁に影響を受けたとされるが、それらとは印象が大きく異なる。大胆な形状に自由な絵付けには、見ているだけでワクワクした気持ちにさせられ、時代特有の勢いを感じることのできる魅力的な器だ。見込みには河骨(コウホネ)が伸びやかに表現され、その周囲には牡丹唐草文と柴垣が描かれる。

揚げ餅のみぞれ煮

-材料(2人分)

  • 角餅 2個 (丸餅でも可)
  • ごぼう 2本
  • 大根 4分の1本
  • 出汁 400ml
  • 塩 2g
  • 薄口醤油 5g
  • 米油 適宜

→出汁の取り方はこちら

https://sumau.com/2021-n/article/331

①ベースを作る。出汁に分量の塩と薄口醤油を加えて温めておく。

②大根をすりおろす。水気を絞ると50g程度になる。これを①の出汁に加える。

③ごぼうのフライを作る。ごぼうをピーラーでスライスして、すぐに水に放ちアクを抜く。

④3〜5分くらい経ったら水から出して、水分を拭き取る。鍋に米油を入れて、150度でごぼうをじっくり揚げる。温度が高いと、苦味が出るので気を付ける。色がつく前に、引き上げて、分量外の塩をしっかり振る。この塩がとても大事。

⑤餅を揚げる。餅を2等分に切り、鍋の中でくっつかないようにして160度で色がつかないように揚げ、引き上げる。

⑥あらかじめ用意しておいた出汁に、揚げた餅を入れて温める。

⑦器に揚げ餅を盛り、出汁を注ぐ。上からごぼうのフライをそっとのせる。

料理家 千 麻子

学習院大学で美術史と経営学を専攻し、博物館に勤務。美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、フランスのレストランL’assiette champenoise(ミシュラン三つ星)の厨房で研鑽を積む。

Instagram:https://www.instagram.com/asako_sen/

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