日本全国には美肌の湯を誇る温泉地は数多ありますが、嬉野は、誰もが知る伝統の銘茶‘嬉野茶’の産地として、今、まさにこの静かな地域に未来への追い風が吹き始めているようです。地元の工芸やアート、西九州の食文化、地域に眠る奥深い‘日本茶’の魅力を再発見し、世界にも通用する伝統をここ嬉野から発信しようとしています。
一方、日本三大美肌の湯とうたわれる嬉野温泉の歴史は古く、奈良時代の『肥前国風土記』(713年)に記されているほど。さらに江戸時代になるとすでに人気の高い温泉地だったというのです。その温泉地に新風が吹き始めたのは、2023年10月1日、老舗温泉と伝統の銘茶でもてなす宿「嬉野八十八(やどや)」が開業となったことが大きなきっかけとなりました。宿は「母屋」と離れの「別邸」に分かれ、別邸では‘オールインクルーシブ’プラン(施設内の食事やドリンク、プールなどの施設やアクティビティ料金が含まれているサービス)での滞在が選べます。






「嬉野八十八」のコンセプトは、宿の屋号である「88」にこだわりました。日本の農作業では、周知のとおり立春から88日目が「八十八夜」として、種撒きや田植えに良い時期とされ、唄にもあるように茶摘みにも適する時期でもある慣習が根付いています。「嬉野八十八」では、お茶にも、食事にもこの数字にこだわりました。お茶と言えば、当然‘茶器’も様々に発達し、嬉野には400年もの歴史ある‘肥前吉田焼’の茶器が揃っています。そこで「嬉野八十八」では、地元の食、工芸、伝統などから「銘茶・老舗温泉・陶磁器」を嬉野三大文化と捉え、これらを未来へと継承すべく地域復興に向けて様々な活動が始まっています。
たとえば、宿で供する食材は嬉野から半径88㎞圏内で仕入れをし、‘88キロフード’として料理長が生産者との良好な関係を構築しているのです。さらに若い茶師たちも動いています。季節に応じて開催される新プロジェクト「嬉野茶時」が始まり、伝統と斬新な解釈の‘茶文化’が生まれようとしています。驚いたことに、これまでの伝統的茶道の‘お点前’とは全く異なる、スタイリッシュな形で披露される‘ティーセレモニー’が評判です。茶農家を継ぐ若者と「嬉野八十八」のコラボレーションが斬新であり、まずは全国に向けて、そして未来は世界に向けて飛躍を遂げようと活動中です。宿の専属茶師のひとりである北野秀一さんはこう話してくれました。「お茶は急須でなくとも美味しく淹れられるのではないか」と。1988年から化学肥料を全く使わない「有機栽培うれしの茶 きたの茶園」の後継者として働く一方、茶師として、「嬉野八十八」でのパフォーマンスや、多方面で活躍を広げています。ワインのデカンタのような注ぎ口の小さな器を急須代わりに使い、「お茶の香りが逃げないよう口の小さい抽出器を使う」と話してくれました。
ひととおりの茶器すべては白磁であり、上品なフォルムがシンプルでスタイリッシュです。これらはこの「嬉野八十八」をデザイン、プロデュースしインテリアデザイナーとしても知られた岡部泉さんがデザイン、地元の肥前焼の窯元‘224porcelain’で焼かれたオリジナルの抽出器や茶器を使用しています。
チェックイン後にプレゼンされるティーセレモニーでは、茶葉量や湯の温度をきちんと裁量。カウンターに座るゲストに、巧みな説明をしながらお点前を披露します。著者自身もお茶をいただき、本当にまろやかな緑茶の風味や味、旨味にも感激でした。淹れ方ひとつでこうも変わる…これが印象です。きっと日本茶の世界的ブームも相まって、世界へと羽ばたく未来はそう遠くはないでしょう。



取材・文/せきねきょうこ
Photo: 嬉野八十八
せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト
スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数。
Instagram: @ksekine_official
DATA
嬉野八十八
佐賀県嬉野市嬉野町大字下宿丙2400-30
📞 0954-20-2188(10:00-17:00 水曜日除く)