アメリカ近代建築の巨匠で、今なお多くの建築家たちに影響を与え、世界中にファンも多いフランク・ロイド・ライト(1867~1959)。その日本における記念碑ともいえる建築作品「帝国ホテル二代目本館」が1923年(大正12年)の竣工から100年を迎えたのを機に、あらためて彼の偉業に注目が集まっている。

パナソニック汐留美術館で開催中の「フランク・ロイド・ライト ー 世界を結ぶ建築」展は、日本では四半世紀ぶりとなるライト回顧展。日本初公開となる彼の精緻なドローイングを展示の中心に構成し、ライトが追求してやまなかった人と自然と建築との関わり、多様な文化との交流、そして社会の理想といったテーマを浮かび上がらせる。建築やデザイン、アートに関心のある方にはもちろん、未来の社会のあり方を考えるのにも大きな示唆を与えてくれる機会となりそうだ。

意外なほど深かった「浮世絵」との関係

展覧会はまず、ライトが建築家として歩みだしたシカゴの街を舞台に始まる。1893年、26歳の若きライトは自身も設計監理で携わったシカゴの万国博覧会で、宇治の平等院鳳凰堂を模した日本のパヴィリオン「鳳凰殿」を見て日本とその建築様式に興味を持った。すでに東洋美術、とりわけ日本の浮世絵に魅了されていた彼の日本への関心は決定的なものとなり、1905年に日本を訪問することになる。

歌川広重《名所江戸百景 真間の紅葉手古那(てこな)の社(やしろ)継(つぎ)はし》安政4(1857)年、神奈川県立歴史博物館蔵[展示期間:1月11日~2月1日]

ライトによる独特のドローイングは、意外にもこの「浮世絵」に触発されたものだった。大きな余白、近いものを拡大して描く大胆な構図・・・。それまで規範とされてきたボザール様式の建築図面とはまったく異なる彼の描き方が、当時の建築の世界で新鮮に映っただろうことは容易に想像できる。ライトは書籍『日本の浮世絵:或る解釈』を出版するほどの重要なコレクターであり、ニューヨーク・メトロポリタン美術館の日本美術コレクションに作品を提供するようなディーラーでもあった。彼をそこまで惹きつけた浮世絵がどんな影響を与えたのかと、思いを巡らすだけでも楽しくなってくる。

フランク・ロイド・ライト《第1葉 ウィンズロー邸 透視図》 『フランク・ロイド・ライトの建築と設計』1910年、豊田市美術館蔵

建築の前に自分の頭の中で建物を建てていたという彼のドローイングは、実現された建築以上にライトの思想を物語っているとも評される。その精緻で華麗なドローイングの革新性をぜひライト本人の肉筆もふくめた展示作品で確かめたい。

環境や気候に適った人の生活を豊かにする建築。それがライトが考える「有機的建築」だった。初期の「プレイリー・ハウス」はその名の通り、アメリカ中西部を象徴する平原や原生植物から着想された。そこからさらに日本滞在時に見た数々の庭園や日本の変化に富んだ地形、植物との出会いなどもライトの創造力を刺激して、やがて代表作となる「落水荘」へと実を結んでいく。展覧会のセクション2では、この「落水荘」はもちろん、プレイリー・ハウスの代表作「クーンリー邸」や日本での作品「山邑邸(現・ヨドコウ迎賓館)」などと合わせ、ライト作品と自然とのつながりを紹介する。

フランク・ロイド・ライト《『 リバティー』誌のための表紙デザイン案 柱サボテンとサボテンの花》1927-28年、米国議会図書館版画写真部蔵 Photo: Library of Congress, LC-DIG-ppmsca-84873.

未来を創る女性運動家とのネットワークも

重厚な建築が知られるライトだが、実は家庭生活や教育のあり方の変革に取り組んだ女性運動家たちともネットワークを形成していた。シカゴ郊外のオークパークにあった初期の自邸とスタジオは、建築の実験と合わせ、家庭生活や職場環境の近代化に対応して増改築が重ねられ、設計室や幼児教育のためのプレイルームも備えていたという。女性建築家の先駆けであるマリオン・マホニーは、ここで活躍したライトの有能な女性スタッフだった。

ほかにもライトによる建築で、近代的な教育理念に基づく「クーンリー・プレイハウス幼稚園」を創設したクィーン・クーンリー。そして日本でライトに「自由学園」の設計を依頼した羽仁もと子など、先進的な女性たちとのつながりが展覧会のセクション3で紹介される。

フランク・ロイド・ライト《クーンリー・プレイハウス幼稚園の窓ガラス》1912年頃、豊田市美術館蔵

帝国ホテルの設計に込められたもの

フランク・ロイド・ライト《帝国ホテル二代目本館(東京、日比谷)第2案 1915年 横断面図》コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズ蔵 The Frank Lloyd Wright Foundation Archives (The Museum of Modern Art | AveryArchitectural & Fine Arts Library, Columbia University, New York)

そしてセクション4ではいよいよ日本におけるライトの代表作「帝国ホテル二代目本館」にフォーカスをあてる。支配人の林愛作からの依頼を受けて、日本に延べ3年以上も滞在しながら設計を手がけたライト。今では愛知県の博物館明治村に一部が移築・保存されているこの建築を、図面、写真、当時ホテルを飾っていた貴重な家具、そしてかつてホテルの一部を構成していたテラコッタや大谷石のブロックなど、さまざまな資料から紹介している。注目は100年前に制作された帝国ホテル模型を、最新の技術力で再現したレプリカ。写真ではわからない全体のスケール感を感じることができる。

成熟したライトの建築に対する多様なアプローチ

さらにセクション5ではライトが生涯にわたって抱いたコンクリートへの関心、小さなものから大きなものまで展開可能なユニット・システムによる建築を見る。ミクロ、マクロの視点がダイナミックに呼応するライト建築の発想の根幹には、彼が幼少期に体験したフレーベルの教育ブロックがあったという。

《フレーベル恩物 第5恩物》考案:フリードリッヒ・フレーベル、製作:ミルトン・ブラッドレー、製作年不詳、青森県立美術館蔵

素材についてもライトは強い関心を抱き、コンクリートの持つ一体性に着目したグッゲンハイム美術館のような巨大建築を実現。またテキスタイル・ブロック・システムによるミラード夫人邸「ミニアチューラ」から、コミュニティ全体の設計への応用例「ドヘニー・ランチ宅地開発計画」まで幅広いプロジェクトを取り上げて紹介する。ユニット・システムの実践例であるユーソニアン住宅は、原寸モデルを展示。実際のライト空間を体験することができる。

フランク・ロイド・ライト《ドヘニー・ランチ宅地開発計画案(カリフォルニア州ロサンゼルス)1923年頃 透視図》コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズ蔵 The Frank Lloyd Wright Foundation Archives (The Museum of Modern Art | AveryArchitectural & Fine Arts Library, Columbia University, New York)

セクション6の「上昇する建築と環境の向上」でライトの高層建築への関心とその実践を取り上げたあとは、最終章の「多様な文化との邂逅」へと移る。ここではライトの建築を形づくった世界のさまざまな文化との出会いについて、アメリカ先住民やイスラム文化などとの交流から生まれた作品をもとに掘り下げる。

フランク・ロイド・ライト《大バグダッド計画案(イラク、バグダッド)1957年 鳥瞰透視図 北から文化センターと大学をのぞむ》コロンビア大学エイヴリー建築美術図書館フランク・ロイド・ライト財団アーカイヴズ蔵 The Frank Lloyd Wright Foundation Archives (The Museum of Modern Art | AveryArchitectural & Fine Arts Library, Columbia University, New York)

展覧会のストーリーから見えてくるのは、建築家フランク・ロイド・ライトの作品の裏側にある背景、国境を越え、世界を横断して彼を触発したさまざまな文化や自然という存在だろう。

2012年にはフランク・ロイド・ライト財団から図面をはじめとする5万点もの資料がニューヨーク近代美術館とコロンビア大学建物エイヴリー建築美術図書館に移管。これをきっかけに、建築はもちろん、芸術、デザイン、著述、造園、教育、技術革新、都市計画に至る、彼の広範な視野と知性が明らかになってきているという。今回は日米共同でのキュレーションをもとにした、新たな「ライト像」が見えてくる展覧会になっている。

肉筆のドローイング39点を含む資料約360点からなる回顧展。建築だけを見ているだけではわからない「未知のライト」を、ぜひ発見しに出かけてはどうだろう。

開館20周年記念

帝国ホテル二代目本館100周年記念

フランク・ロイド・ライトー世界を結ぶ建築 

会場:パナソニック汐留美術館

会期:2024年3月10日(日)まで

開館時間:10:00〜18:00(入館は17:30まで)

※2月2日(金)、3月1日(金)、8日(金)、9日(土)は夜間開館20:00まで(入館は19:30まで)

入館料・チケット予約その他の情報は展覧会公式サイトへ

https://panasonic.co.jp/ew/museum

※記載情報は変更される場合があります。 最新情報は公式サイトをご覧ください。

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