現代の私たちの暮らしを彩るスタイルは、これまでたくさんのデザイナーや建築家、芸術家など先人が積み重ねてきた試行錯誤の歴史の上につくられてきたと言ってもいい。とりわけ19世紀以降は市民生活が豊かになり、住まいを飾る壁紙や家具、食器、宝飾品などに「デザイン」という考え方が浸透し、大きく広がっていった。

そんなムーブメントの先駆けであり、今でもなお日本をはじめ世界で人気を集めているのがイギリスのデザイナー、ウィリアム・モリス(1834~1896)が手がけたデザインや作品。彼が提唱したデザイン運動「アーツ・アンド・クラフツ」を知っている方も多いだろう。この運動は、上質なものづくりや天然素材の価値を見直し、日常に根ざした多様な美術工芸品を生み出したことで、ヨーロッパを中心に世界中に影響を与えた。

ジョージ・ワシントン・ジャック《サーヴィル肘掛け椅子》1890 年頃 Photo © Brain Trust Inc.

それは突然出てきたものではなく、実はその前の時代に進んだ「産業革命」による急速な機械化への反発から生まれたものだった。工場などでの大量生産と標準化が最優先されたことで、それまで培われた職人の手仕事やものづくりへの美意識が軽視され、クオリティの低い量産品も数多く出回っていた。このまま進めば人間性やモノへの愛着が失われてしまう・・・。そんな危機感の中で誕生したのが「アーツ・アンド・クラフツ」だったのだ。

モリスが提唱したアーツ・アンド・クラフツの精神は、同じ危機感を抱いた若いデザイナーや建築家たちの共感を呼び、イギリスはもちろん、ヨーロッパやアメリカ、そして日本にまで広がった。「日常生活と芸術を結びつける」彼らの実践は、やがてプロダクトデザインという考え方を生み出し、現代のデザイン思想にまで受け継がれている。

そごう美術館で見る、「デザイン」の原点。

この運動の歩みに焦点をあてた展覧会「アーツ・アンド・クラフツとデザイン ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで」が、横浜のそごう美術館で開催中。いま私たちがあたりまえのように接している「デザイン」の原点、そこに懸けたデザイナーたちの想いと努力を、約170点の作品を通じて見ることができる。

ウィリアム・ド・モーガン《バラと格子》1872 年頃 Photo © Brain Trust Inc.

アーツ・アンド・クラフツの提唱者、1834年ロンドンに生まれたウィリアム・モリスは、13歳のときに投資家の父を亡くし、成人後に遺産を受け継いでフランスへ旅行。そこで芸術家を志すようになったが、やがて建築やインテリア装飾へと軸足を移す。

彼は、当時「ラファエル前派」と呼ばれた画家たちのモデル、ミューズとして名画にも登場する美女ジェーン・バーデンと恋に落ち、1859年に結婚。その新居として選んだ「レッド・ハウス」の室内外の装飾を、画家のエドワード・バーン=ジョーンズなど友人たちと共同でおこなったことをきっかけに、1861年にモリス・マーシャル・フォークナー商会を開設した。

ウィリアム・モリス《格⼦垣》1864年 Photo © Brain Trust Inc.

ウィリアム・モリスが初めてデザインを手がけた壁紙が、この展覧会の第一章で展示されている《格子垣》。生垣にからみつくバラやそこに集まる虫、鳥たちが描かれ、その躍動感あふれる壁紙が、部屋の中をまるで庭のように演出する。これは「レッド・ハウス」のバラの生垣からモチーフを着想したと言われる。

モリス・マーシャル・フォークナー商会はのちにモリス単独の商会に改組されるが、この章ではほかにもモリスのデザインの原点ともいえる壁紙やテキスタイル、家具などもあわせて見ることができる。冒頭の写真の《いちご泥棒》は、化学染料に取って代わられていたインディゴ染めを復活させたものだが、可愛らしい名前と相まって人々に愛され、文具などさまざまなアイテムに展開されてきた。そのほかモリス商会に入ってタペストリー制作を学んだジョン・ヘイリー・ダールによる作品《リスとナイチンゲール》、家具ではイギリスの田舎の民芸家具をもとにデザインした椅子や、素晴らしい刺繍が施されたモリスによる暖炉の衝立《花の鉢》などが展示される。

ウィリアム・モリス 暖炉の衝立《花の鉢》1890 年頃 Photo © Brain Trust Inc.
ウィリアム・モリス《孔雀と竜》1878年 Photo © Brain Trust Inc.

ここで私たちが感じたいのは、ただ植物や生き物の柄が美しいということではなく、背景にあった芸術家たちの想い。モリスたちは無機質な工業製品だけでなく、それを作る労働者たちの質素で厳しい日常にも目を向けた。芸術の目的は人間の幸福を高め、希望を与え、休息を豊かなものにすること・・・。飾りもなにもない家に、こうした安らぎとユーモアのある柄が入ったら、どれほど心が穏やかになるだろうか。そう思いながら作品を観ていくと、より理解が深まりそうだ。

「アーツ・アンド・クラフツ」という名のもとに。

生活に美を生み出そうとするモリスらの活動は、造形芸術家や建築家などへと影響を与えていく。絵本やイラストレーションなど多くの芸術に力を発揮したウォルター・クレインの手がけたこの《孔雀》は、この新しい動きの典型。S字の曲線や植物柄が様式化していくようなデザインは、やがて訪れるアール・ヌーヴォーを予見しているかのようだ。

ウォルター・クレイン《孔雀》1860 年代 Photo © Brain Trust Inc.

そして彼らの思想と実践は、いよいよ1887年「アーツ・アンド・クラフツ展覧会協会」の創設で、より大きな運動体へと変わっていく。協会は、定期的に「アーツ・アンド・クラフツ展覧会」を開催し、絵画や彫刻、金工、木工、染色など、多彩な造形芸術を発表していった。1891年にはウィリアム・モリスが協会の会長となり、リーダーシップを発揮していくことになる。

チャールズ・フランシス・アンズリー・ヴォイジー《ポピー》1895年頃 Photo © Brain Trust Inc.

展覧会第二章では、こうした「アーツ・アンド・クラフツ」運動の展開を見つめる。チャールズ・フランシス・アンズリー・ヴォイジーの壁紙は、モチーフの繰り返しと抽象化を美しくデザインに昇華して、のちのパターンデザインに影響を与えた。

またこの頃に商業化が進んだランプを手がけたウィリアム・アーサー・スミス・ベンソンも協会主要メンバーの一人。彼はこの照明器具など電気製品のデザインの先駆者として特許を取得し、商業的にも成功をおさめた。

ウィリアム・アーサー・スミス・ベンソン《卓上ランプ》Photo © Brain Trust Inc.

1896年にウィリアム・モリスは世を去るが、アーツ・アンド・クラフツ展覧会は継続し、その精神はデザイン運動として広くイギリスの作家たちに受け継がれていく。こうしたモリス後の動きを、第三章ではイギリスでのアーツ・アンド・クラフツの展開として、そして第四章ではさらにアメリカでの広がりを見ている。

イギリスでは、現在ロンドンの老舗百貨店として知られるリバティ商会が、モリス商会と同じくテキスタイルや家具などを扱い、生活の美を提唱していく。展示では、いまでも「リバティプリント」として日本をはじめ世界中で人気のあるテキスタイルの作品や、ケルト文化の組紐をモチーフに使ったデザイナー、アーチボールド・ノックスのティーセット、ジュエリーなど手工業がデザインとして採り入れられた様子がわかる。こうした動きは、アーツ・アンド・クラフツ思想の国際的な拡大に貢献し、アール・ヌーヴォー、あるいは日本の柳宗理による「民藝運動」にも影響を与えることになる。

アーチボールド・ノックス《ピューターとエナメルの3点組ティーセット》1900 年頃 Photo © Brain Trust Inc.

アメリカでは、モリスの没後、ボストン、シカゴ、ニューヨーク、デトロイトなど各地にアーツ・アンド・クラフツ協会が開設され、その精神や技術を教える芸術学校も各地に生まれたという。

このシカゴ・アーツ・アンド・クラフツ協会の創設メンバーだったのが、建築家のフランク・ロイド・ライトだった。彼は、モリスが提唱したような手工芸に限らない機械生産の重要性を説き、運動に新しい境地を拓いた。また現在まで人気の宝飾品ブランド、ティファニー社創業者の息子が興したティファニー・スタジオは、ガラス製品で人気を博すなど、プロダクトデザインがアメリカ独自の発展を遂げていくことになる。

ティファニー・スタジオ《三輪のリリィの金色ランプ》1901-1925 年頃 Photo © Brain Trust Inc.

いまの私たちの時代ではあたりまえのようにさえ感じられる「デザイン」。それには始まりがあり、長い時間をかけた軌跡があったことがこの展覧会で見えてくる。DXや働き方の変化でライフスタイルがまた大きく変化しようとしているいま。もう一度暮らしの中にある「デザイン」、そしてウィリアム・モリスが150年以上も前に取り戻そうとしていた、心を豊かにする芸術や手仕事の大切さについて振り返ってみてはどうだろうか。

ジョン・ウォルシュ・ウォルシュ《カットグラスの扇型花器》Photo © Brain Trust Inc.

アーツ・アンド・クラフツとデザイン

ウィリアム・モリスからフランク・ロイド・ライトまで

会場:そごう美術館(横浜市西区高島2-18-1 そごう横浜店6階)

会期:2023年11月5日(日)まで

開館時間:10:00〜20:00

※入館は閉館の30分前まで 

※そごう横浜店の営業時間に準じ、変更になる場合があります。

休館日:会期中無休

入館料・チケット予約その他の情報は美術館HPへ

https://www.sogo-seibu.jp/common/museum/

※記載情報は変更される場合があります。最新情報は美術館ホームページをご覧ください。

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