アートとそれが置かれる場所や空間には、とても重要な関係があると思う。


街の雑踏の中で引き立つアートもあるだろう。都市の美術館の中で見るアートも印象的に違いない。でも日常から少し離れて、心穏やかに、たとえば雄大な森の清明な自然の中でアートに出会えたら、作品は私たちの心にどう映るだろう?ましてやそれが選び抜かれた世界的な名作や、見たことのないような新しい発見のある現代アートだったりしたら・・・。そんな、いつもとは違う別世界の風景の中でアートの名作を愉しめる場所がある。箱根の「ポーラ美術館」だ。



箱根・仙石原の森に建つポーラ美術館(美術館提供)


スムーズなら東京から車で1時間半ほどの近さ。箱根・仙石原エリアにあるここは樹齢300年を超えるブナの巨木、美しい木肌や可憐な花が目を愉しませてくれるヒメシャラの群生など、まさに大自然に囲まれた森の中の美術館。国立公園の中でその大切な環境を守るよう、建物は森の木々を超えない高さ8mまでとし、植物の生態系や地下水の流れへの影響を抑えた円形の地下構造に。さらに美術館を湿気から守るため、そのすり鉢状のような人工地盤と十字型の上部建築を切り離した。


それはまるで底の丸い宇宙船が箱根の森に降り立って、静かにその姿を隠したかのようにもみえる。地盤と切り離された建物は、地震の揺れから貴重な作品を保護するため免震構造としているのも特徴だ。



円形の地下構造と切り離された美術館建物



美術館内部


そして美術館の入口に立つと、地形と建築の絶妙な関係にも気づく。天井から明るい光が差し込んでくるのはもちろんのこと、森の傾斜に沿ってゆるやかに地下に降りていく構造になっているので、自然と一体となるような気持ちのいい空間が広がっている。



美術館内の「カフェ・チューン」


2002年に開館したポーラ美術館は約10,000点のコレクションを誇り、モネやピカソ、フジタなどの西洋絵画から、日本画、版画、ガラス工芸や古今東西の化粧道具など、そのジャンルも多岐にわたる。また近年は現代アートの展示も数多く手がけていて、ポーラ美術振興財団の助成を受けて在外研修を行い、帰国した作家を紹介・展示する試みも展開。アートの系譜といまをつなげ、さまざまに読み解くキュレーションでも多くのアートファンを惹きつけている。


現在開催されている展覧会「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画―横山大観、杉山寧から現代の作家まで」も、そのひとつの試みといえるだろう。



【展示風景】三瀬夏之介(第1会場|展示室1) (Photo: Ken KATO)


このタイトルにある「日本画」と聞いて、何をイメージするだろうか。


「日本画」とは、実は「日本人が描いた絵画」という一義的なものではなく、日本で伝統的に使われてきた岩絵具や墨などの素材を用いて、和紙や絹に描く絵画のことを指す場合が多い。この国で長く使われてきた様式によるものをあえて「日本画」と呼ぶのは、明治以降に西洋から輸入された、油彩による「洋画」の様式と対比して区別するためのものだ。つまり「日本画」という用語は明治以降新しく使われだしたものということになる。


どちらも日本人の手によるものでありながら「日本画」「洋画」というジャンルに分けてしまったことで、その後の画家たちはつねに「西洋とは何か、日本画とは何か、国家とは何か」を問い続けることになったという。



杉山寧《慈悲光》1936年(昭和11年)福田美術館(photo : Ken KATO)


この展覧会はこうした「日本」「西洋」という概念のはざまで模索した、横山大観、杉山寧(やすし)、岸田劉生、レオナール・フジタなど、この国の芸術家たちのさまざまな表現を、時代を追って見つめ、比較することができる。材料や技法の違い、それが現れる作品の表情などを意識しながら見ていくと、日本の画家たちが辿った軌跡が少しずつわかってきて興味深い。


たとえば明治から平成の時代まで活躍した日本画家の杉山寧。冒頭に展示された1936年の《慈悲光》に描かれた若き日の杉山は、伝統的な和紙に抑えめの岩絵具ではっきりした輪郭線が特徴だ。それが戦後は主に油彩画で使われる麻布の上に岩絵具や砂を使うことによって、彼は独自の絵画表現を構築した。



「第3章 戦後日本画のマティエール」より、杉山寧の平成期以降の作品も(photo : Ken KATO)



菱田春草《松に月》、横山大観《山に因む十題のうち 霊峰四趣 秋》ほか ※《松に月》の展示は10月20日まで


第1章「明治・大正期の日本画」では、横山大観や菱田春草らが編みだした「朦朧体(もうろうたい)」という画期的な描法も見ることができる。これは伝統的な日本絵画の枠を脱するため、絵具を空刷毛(からばけ)でぼかしたり、西洋絵画でみられるような絵具を「塗る」という行為を日本画に導入したものだ。彼らの師である岡倉天心が語った「空気を描け」という言葉に端を発した試みが、日本画の枠を超えた新しい境地を生みだしたといえる。



岸田劉生、左から《春日小閑》(絹本彩色)、《麗子坐像》(油彩/カンヴァス)、《狗をひく童女》(紙本彩色)


また「麗子像」で知られる洋画家・岸田劉生の油彩画による《麗子坐像》と日本画の手法による絹本(けんぽん)彩色の《春日小閑》、紙本(しほん)彩色の《狗をひく童女》3点が合わせて展示されているのも貴重だろう。こうしたジャンルを横断した表現、日本画の革新を支えた背景には、新しい岩絵具や丈夫な和紙の開発があったとされる。


そして時が進み、私たちが生きている今のアートシーンはどうなっているだろう。


絵画の題材や形式、画材が大きく多様化した今でも、芸術家たちの模索は続いている。展覧会の第4章では、こうした現代の日本画家、そして日本絵画の形式を使って表現する現代美術家たちを紹介する。



「第4章 日本の絵画の未来ー日本画を超えて」より 左:マコトフジムラ 右:山本基(photo : Ken KATO)



マコトフジムラ《波の上を歩むー氷河》(部分)


岩絵具やアクリル絵具を使って緻密に描かれた平面作品や、浄化や清めを喚起する「塩」を用いた床のインスタレーションで知られる山本基。アメリカに生まれながら、幼い時に鎌倉で得た日本の美意識を大切にしていると語るマコトフジムラによる岩群青、岩緑青を用いたカンヴァス作品。岩絵具を用いながら日本画、洋画の領域を超えた表現展開を見せる吉澤舞子。さらには李禹煥、蔡國強、杉本博司など、現代アートシーンを代表する作家たちによる大作が次から次へと現れる。



吉澤舞子《エルピスの花冠》


現代までの日本絵画の展開から見えるのは、明治以降の「日本画」の歴史をふまえつつも、様々な選択肢の中から作家自身に適した材料や技法、表現形式を選び、思想や主題を形にしていく表現者たちの無限の試み。グローバル化が進み、メディアや素材が多様化する中で、西洋、東洋といった区別はもはや意味をもたないようにも見える。けれど「日本画」の歴史が、ほかにはない独自性と文化を生んできたこともまた疑いようのない事実だろう。これからどんな絵画が日本に生まれていくのか・・・。展覧会のタイトルにある「シン・ジャパニーズ・ペインティング」という言葉には、そんな新しい可能性への期待も込められているのかもしれない。


このほか美術館では「コレクション展」として、新収蔵作品のメアリー・カサット《劇場にて》にまつわる展示。そしてモネ、ルノワールからリヒターまでの西洋絵画と版画、ガラス工芸を集めた展示を開催中。これらすべて見終わる頃には、その充実したプログラムでアートを求める心が充たされるはずだ。



展示室5で開催中の「西洋絵画とガラス工芸」展 展示風景




さらに都会とは違う森の美術館を愉しむために、美術館建物の周囲に全長約1kmにわたってつらなる「森の遊歩道」を歩いてみたい。ブナやヒメシャラなどの美しい樹木を眺め、鳥たちのさえずりを聞きながらの散策の途中には、青野セクウォイア、板東優、アイ・ウェイウェイ、ロニー・ホーンなど現代美術家による屋外彫刻がひそんでいる。




都会のミュージアムとはまったく違う、大自然の中の芸術。秋は紅葉が、冬には雪化粧した森が迎えてくれるという季節の彩りや時間の経過も、作品のあり方を変える。環境によって、あるいはそこにいる自分の気持ちによっても変化する、そんな新しいアートの体験を、ぜひポーラ美術館で愉しんでほしい。




ポーラ美術館

神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285


展覧会「シン・ジャパニーズ・ペインティング 革新の日本画ー横山大観、杉山寧から現代の作家まで」

会期:2023年12月3日(日)まで(会期中は無休)

開館時間:午前9時〜午後5時(入館は午後4時30分まで)

入館料、アクセスなど詳細は公式ウェブサイトへ

https://www.polamuseum.or.jp/





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