まったく、人間どもったら!

けったくそ悪いやつらだよ!

戦争だ、革命だ、ストライキだって、

いつもひどい目にあうのは、子どもたちだ。

なにかしなくちゃ!

でも、なにをしたらいいんだ?



これを語っているのは、ゾウとキリンとライオン。彼らは北アフリカのチャド湖のほとりで、かんかんに怒りながら議論をしていた。なぜかというと、それは人間たちがいつまでも戦争をやめないからだ。「子どもたちのために、なにかしなくちゃ!」こうして、3匹はある計画を行動に移す・・・。



「どうぶつかいぎ展」メインビジュアル


こんなユニークなプロローグから始まる展覧会がある。場所は、東京・立川の昭和記念公園のとなりで2020年に誕生した複合施設「グリーンスプリングス」の中にある「PLAY! MUSEUM」。開催中の「どうぶつかいぎ」展は、1949年発行のドイツの絵本『動物会議』をモチーフに、その物語を体験するように進んでいく。この『動物会議』の作者は、『エーミールと探偵たち』『飛ぶ教室』などの作品で世界的に知られる詩人・作家のエーリヒ・ケストナー(1889 – 1974)。挿絵はケストナーとともに数多くの名作を生みだしたヴァルター・トリアー(1890 – 1951)が手がけた。

この本が生まれた1949年といえば、第二次世界大戦が終結してしばらく経った頃。世界では大戦が終わってもなお、あちこちで戦争が起こっていた。ケストナーとトリアーは、争いを続ける人間たちを痛烈に批判し、動物たちが主人公になったユーモアあふれる本を通じて、人間にとってのいちばん大事な価値を子どもたちに伝えようとした。



PLAY! MUSEUM「どうぶつかいぎ展」会場写真 撮影:加藤新作

この展覧会の面白いところは、ただ単に絵本を紹介するのではなく、招聘された8人の日本人アーティストが参加して物語のイメージを豊かにふくらませているところだろう。ケストナーとトリアーが絵本に込めた普遍的なテーマを受け継ぎつつ、それぞれが再解釈を加え、イラストや立体、そして映像を使った作品でストーリーをリレーする現代版「動物会議」。とてもまじめで、かわいらしく、時にはクスッと笑ってしまいそうな動物たち。しかし、けなげで純粋な思いをもって戦いをやめさせようとする姿には、いま世界で起きていることもオーバーラップして見えて、大人でさえも心打たれる。

最初の3匹が語りあうシーンは、展覧会の冒頭でぬいぐるみ作家の梅津恭子さんがほのぼのした動物たちの姿を表現している。



「動物ビルで会議があるぞ!」

ゾウがひらめいて言う。「ぼくたちも会議をひらこうよ」。何十回会議をしても何も決められず、戦争をやめられない人間たち。でもきっと自分たち動物ならやれる。会議は今日からきっかり4週間後、開催場所は動物ビル。それをありとあらゆる動物たちに伝えようと、連絡係が世界中に散らばった。

「無題」秦直也/2021年


その様子を110枚ものイラストで表現したのが、イラストレーターの秦直也さんだ。はしごを使って背の高いキリンに伝える小さなウサギ。手紙をしたためるねずみ。ながーい舌を使って蝶に手紙を渡すカメレオン。ぶらさがった受話器にしっかりしがみついて連絡するコアラの親子・・・。1点1点に描かれた動物たちがかわいらしく、「伝えたい」思いが強く感じられて、ついついぜんぶ見てしまう。


「無題」秦直也/2021年


絵本『動物会議』原画/ヴァルター・トリアー/1947-49年/オンタリオ美術館蔵 ©Art Gallery of Ontario

「どうぶつかいぎ」の連絡は世界中に伝わり、動物たちは各地から出発する。蒸気機関車で、あるいはクジラに乗って、北極からのチームは氷山にのって。会場の動物ビルへと移動するさまは、アニメーション作家の村田朋泰さんによる3D映像で描かれる。

「めざせ動物ビル」村田朋泰/2021年



世界からやってくる動物たちが集結するのは「動物ビル」。これは世界一へんてこで、世界一大きなビル。展示会場ではその様子が、紙とセロハンテープで生き物をつくるアーティスト、植田楽さんの作品によって表現される。

「無題」植田楽/2021年

紙をまるめて、セロハンテープで貼り、という行為を繰り返すことで形づくられる生き物は、恐竜から哺乳類、魚類、鳥類、爬虫類、両生類、節足動物などあらゆるジャンルにおよぶ。まさにこのテーマにぴったりの作家だ。会場では、ビルの中であやしく光る生き物たちのテクスチャーや、その制作行程からは想像がつかない繊細なディテールやリアルな表情にも注目したい。


「無題」植田楽/2021年


集まった動物たちは、いよいよ「動物会議」をはじめる。「ぼくたち動物は、二度と戦争が起きないことを要求します!」動物ビルの大会議場で白クマが演説。すると議場いっぱいに吠え声、うなり声、さえずり、そして大きな拍手が白クマを喝采する・・・。そんな騒然としたシーンを、映像作家の菱川勢一さんのインスタレーションが表現している。

「いざ、動物会議」/菱川勢一/2022年

熊のような、ライオンのような、何か動物のような生き物を集め、アニメーションや鳴き声で奏でられるリズムにより構成される、目や耳でも楽しめる作品だ。


「皮絵 コウモリ・オコジョ・シジュウカラ・カラス・キツネ」/鴻池朋子/2021年

平和を求める動物たちの声に、人間たちは「干渉するな」と要求を拒否。あの手この手を使って要求をのませようとする動物たちは、子どもたちのためにもあきらめることはできない。動物をモチーフに多くの作品を制作してきた現代美術家・鴻池朋子さんは、動物の皮をベースに生き物を描いたり、影絵を使ったり、そして彼らの糞の模型も採り入れながら、実感のある動物の存在を表現している。


そして、最初で最後の動物会議の4日目に一大事が起きる。夜が明けると、なんと地上からすべての子どもたちが姿を消していたのだ。これは業を煮やした動物たちの最後の手段。地球上から子どもの笑い声も泣き声もなくなり、大人たちは悲嘆にくれる。そしてようやく人間は、永久の平和を約束する条約に署名したのだった。子どもたちはもちろん無事。世話好きで面倒見のいい動物たちと一緒に過ごしていたのだ。



「闇の世界 夢の世界」junaida/2021年 

ボローニャ国際絵本原画展入選など画家、絵本作家として活躍するjunaidaさんは、動物と子どもたちが仲良く過ごすこの光景を描いた。そして「NO BORDER(国境は存在しない)」「NO WAR(戦争はおこなわれない)」「FOR PEACE(平和のために)」「FOR US(人間のために)」「FOR FUTURE(未来のために)」という動物と人間が最後に合意し署名した5つの約束がメッセージされる。


こうして動物たちは勝利をおさめ、人々は国境をとりはらって手をとりあい、帰ってきた子どもたちとともに喜びを分かち合う。絵本作家のヨシタケシンスケさんは、この動物会議の最終日をきっかけに、原作の作家であるケストナーとトリアーふたりの物語をイラストに仕立て、この展覧会を締めくくる。



「ケストナーとトリアーの最終日」ヨシタケシンスケ/2021年


ケストナーはユダヤ人の父親をもつドイツ人で、挿絵のトリアーはチェコスロバキア人。1928年に出会い、共作の『エーミールと探偵たち』などのヒットを生んだ彼らだが、ナチスドイツの台頭、そして第二次世界大戦とつづく難局の中で人生を翻弄された。今回、筆者もあらためて原作の『動物会議』を読んだが、動物たちが主人公というファンタジックな物語であるのに、作家のふたりが体験した戦後のリアルな世界の空気もしっかりと伝えられていてとても興味深い。

「戦争」という言葉が、過去のものとは言えなくなってしまったいま。展覧会と原作とをあわせて知ってみるのもいいかもしれない。




どうぶつかいぎ展

会場:PLAY! MUSEUM

東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3

会期:2021年4月10日(日)まで(会期中は無休)

開館時間:平日10:00〜17:00(入場は16:30まで)、

休日10:00〜18:00(入場は17:30まで)

料金など詳しくは公式ウェブサイトへ

https://play2020.jp/


(文・杉浦岳史)

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