いま美術館などで見ることができる歴史的な芸術の数々。それらはまぎれもなく私たち人間の歴史の一部なのだが、実際にはむしろその時代ごとに力をもった「権力者」たちと深く結びついてきたという背景がある。


洋の東西を問わず、権力者たちは自分の力を世に示すために芸術の力を利用してきた。威厳にあふれる肖像画は権力を強めるために。精緻に表現された絵や物語はその権力の正統性を示すために。そして美しい工芸品は、宮廷を飾り、賓客をもてなすために・・・。


世界有数のコレクションの質の高さを誇るボストン美術館からおよそ60点の芸術作品を迎え、こうした芸術と権力の関係に光をあてる展覧会。それが「ボストン美術館展 芸術×力(げいじゅつとちから)」だ。


エジプトのファラオ、ヨーロッパの王侯貴族、日本の天皇や大名など、さまざまな権力者たちが愛し、時にはみずからがその担い手となってたしなんだ芸術。あるいはパトロンとして芸術家を支援し、貴重な作品を収集することで今日ある美術館の基礎がつくられてきた。権力者たちの「力」があったからこそ、いま私たちがその作品群を見ることができるといってもいい。

《ホルス神のレリーフ》 エジプト(エル・リシュト、センウセレト1世埋葬殿出土)、中王国、第12王朝、センウセレト1世治世時 紀元前1971-紀元前1926年 Museum of Fine Arts, Boston, Received from the Metropolitan Museum of Art,by exchange


ボストン美術館は、今から約150年前の1870年にボストン市民をはじめとする有志によって設立され1876年に開館。古代エジプト、アジア、ヨーロッパ、アメリカの美術をはじめ、古代から現代までの作品を収集。開館当初におよそ6,000点だったコレクションが現在は約50万点近くにものぼる。世界有数のコレクションの質の高さ、百科事典的な幅の広さで知られる美術品の宝庫だ。



「日本にあれば国宝」級の作品がボストンから里帰り。


今回の展覧会で注目したいのは、美術館が誇る日本美術の至宝と呼べる作品たちの里帰りだ。ボストン美術館は、1890年に米国で初の日本美術部を創設。モース、フェノロサ、岡倉天心などの尽力や多くの寄贈によって、現在は10万点を超えるコレクションを誇るという。


その中でも傑出した存在である二大絵巻が、この展覧会のために海を渡って帰ってきた。一つは、遣唐使・吉備真備(きびのまさび)の活躍を描いた《吉備大臣入唐絵巻》。そしてもう一つが、1159年に起きた平治の乱をテーマにダイナミックな戦いの様子を描いた《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》だ。「日本にあれば国宝」とも言われるこの2点がそろって展示されるのは本当に貴重なことだ。


《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分) 鎌倉時代、13世紀後半 Museum of Fine Arts, Boston, Fenollosa-Weld Collection

《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》(部分) 鎌倉時代、13世紀後半 Museum of Fine Arts, Boston, Fenollosa-Weld Collection

燃え盛る炎の凄まじさ、鎧に身を固めた武士たちの気迫、逃げ惑う人々の怖れなどがリアルに描かれる《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》は13世紀後半、つまり鎌倉時代の作品。平治物語絵巻は、その2世紀ほど前の平安時代末に後白河上皇と二条天皇、そしてその近臣たちの対立を背景に起こった「平治の乱」をテーマにした絵巻で、数巻が分かれて所蔵されている。


展覧会の第1章に展示されるこの《平治物語絵巻 三条殿夜討巻》は、平清盛が京都を離れている隙に、藤原信頼と源義朝らが後白河上皇が住む三条殿を襲撃し、上皇を連れ去る場面を描く。作品中央の築地塀をめぐらせた邸宅が三条殿で、上皇を促して豪華な車に乗せることに成功した信頼は、三条殿に火を放ち、上皇を幽閉する大内裏へと向かう。鎌倉時代に流行した合戦絵巻のなかでも最高傑作のひとつに数えられる作品だ。


また同じ第1章では、18世紀後半の江戸時代に大坂の画家、吉村周圭によって描かれた《寛政内裏遷幸図屛風》(かんせいだいりせんこうずびょうぶ)も見逃せない。


吉村周圭 《寛政内裏遷幸図屏風》 江戸時代、寛政2-7年(1790-1795) Museum of Fine Arts, Boston, Fenollosa-Weld Collection


吉村周圭 《寛政内裏遷幸図屏風》 江戸時代、寛政2-7年(1790-1795) Museum of Fine Arts, Boston, Fenollosa-Weld Collection


これは京都で史上最大の火災といわれ、御所までが焼失した「天明の大火」のあと、仮御所であった聖護院から再建された御所へ移る光格天皇の遷幸を描く。天皇は三条大橋を渡る鳳輦(鳳凰の飾りを屋根につけた天皇のための車)に乗り、外からその姿は見えないが、多くの従者を伴う行列は光格天皇の存在と権威を都の人々に印象づけた。そのさまが金色に輝く屛風に現れている。


また宗教的な儀式を執り行い、聖なる世界と地上界をつなぐ存在となることで自らの力を人々に示した為政者もいた。第2章ではこの聖なる世界が表された芸術作品を権力者が所有、あるいは新たに作ることで祈りを捧げ、自らの信仰を世に知らしめていった役割をみていく。

ニッコロ・ディ・ブオナッコルソ《玉座の聖母子と聖司教、洗礼者聖ヨハネ、四天使》 1380年頃 Museum of Fine Arts, Boston, Gift of Mrs. Thomas O. Richardson Photograph


14世紀のイタリアでニッコロ・ディ・ブオナッコルソが描いたこの絵も、王の権力を暗示させる作品だ。金が巧みに使われ、聖母子の座る玉座や右手の司教の衣服にも壮麗な模様。マリアの頬のほんのりした赤などの繊細な色彩、衣類のひだの優美な線には、この画家が活躍した地で興った「シエナ派」の特徴が見てとれる。

《華厳経(二月堂焼経)》奈良時代、8世紀中頃 Museum of Fine Arts, Boston, Gift of Sylvan Barnet and William Burto in honor of Malcolm Rogers, Reproduced with permission.


こちらは奈良時代に制作された貴重な写経。紺色に染めた紙に銀で書写された筆致が見惚れるほど美しい。これは江戸時代の寛文7年(1667)に東大寺二月堂が焼失したときに、その焼け跡から発見された《華厳経(二月堂焼経)》。元は巻物であったものを、現代美術家の杉本博司氏によって現在の表装に改められた。


王侯貴族の住居であり、政治の中心でもあった宮廷。第3章では贅を凝らして荘厳に飾り立てられた宮廷の建築や庭園を描いた作品やジュエリー、暮らしを彩った食器などを中心に観ていく。

ジャン=レオン・ジェローム《灰色の枢機卿》1873年 Museum of Fine Arts, Boston, Bequest of Susan Cornelia Warren

この絵画の舞台はフランス、ルイ13世の宰相を務めたリシュリュー(1585-1642)の大邸宅。右側で静かに大階段を下りるのは、彼の腹心として力をもった修道士で「灰色の枢機卿(レミナンス・グリーズ)」と呼ばれた男。その左側で頭を下げてへつらう、あるいは階段の上から敵意のある視線を向ける貴族たちとの差に「権力」のありようが語られる。この「レミナンス・グリーズ L’eminance grise」はのちに「影の参謀」「黒幕」を意味する言葉となった。


セーヴル磁器製作所《平皿(「マルメゾン城の植物のセルヴィス」より)》フランス、1803-1804年 Museum of Fine Arts, Boston, Gift of Mr. and Mrs. Henry R. Kravis


そして世界の権力者といえば、皇帝ナポレオンを忘れるわけにはいかない。これは彼の最初の皇妃ジョゼフィーヌ(1763-1814)のために国立セーヴル磁器製作所で製作された100を超える食器セットの一部。ジョゼフィーヌは植物を愛し、マルメゾン城の庭園には世界各地から集められた花々が咲き誇っていたという。描かれた植物は皇妃に才能を認められたピエール=ジョゼフ・ルドゥーテによる水彩画がもとになっている。




最後の第5章のテーマは「たしなむ、はぐくむ」。権力者たちが芸術のパトロンとして同時代の芸術家を支援し、美術品を収集して継承した歴史。あるいは権力者が自ら芸術活動に携わって作品を創ったり、日本における能や茶のように、為政者のたしなみとして育まれた文化の一端を見る。

増山雪斎 《孔雀図》江戸時代、享和元年(1801)Museum of Fine Arts, Boston, Fenollosa-Weld Collection



この細やかな描写、実は江戸時代の大名による作品。増山雪斎(1754-1819)は伊勢長島藩を治めた人物で、大名でありながら絵の技術にも優れていた。2枚は雪斎が藩主を隠退し、江戸に移り住む直前の1801年に描かれた1対の《孔雀図》。雪斎は博物学にも造詣が深い人物だったといわれ、孔雀や植物に細やかで機知に富んだ表現が見られる。


時代を超えて愛され、称賛される芸術作品には、創り手の確かな技や感性と表現力はもちろんのこと、それを享受する人、あるいは芸術を庇護する存在がつねに必要だった。とかく創り手や表現そのものに向かいがちな私たちの視点を、少し変えてくれるこの展覧会。海を渡りここに集まった芸術作品が本来もっていた役割に目を向けてみることで、アートの見え方もさらに深みが増すのではないだろうか。




ボストン美術館展 芸術 × 力


会場:東京都美術館(東京・上野公園)

会期:2022年7月23日(土)〜10月2日(日)

開室時間:9:30〜17:30(金曜日は20:00まで)

(入室は閉室の30分前まで)

休室日:月曜日、9月20日(火)

※ただし8月22日(月)、8月29日(月)、9月12日(月)、9月19日(月・祝)、9月26日(月)は開室

※日時指定予約制

料金など詳しくは展覧会公式HPへ

https://www.ntv.co.jp/boston2022/



All Photograph © Museum of Fine Arts, Boston

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