あなたは自然を見るとき、何を感じるだろうか。


晴れわたった空の青さや輝く新緑を見て、素直に美しいと思ったり。いつもと違う夕陽の色に、かつて旅した異国を思い出したり。激しくわきおこる暑い夏の雲に子供の頃の記憶が甦ったり。あるいは黒い雲を映した湖の色に不安を覚えたり・・・。


東京・上野の国立西洋美術館で開催中の「国立西洋美術館リニューアルオープン記念 自然と人のダイアローグ」展。これはそのタイトルの通り、人が自然とどう向き合い、対話し、自然が人に与えてきたさまざまなインスピレーションからどんな美術が生まれていったのかを辿る興味深い企画だ。ここ国立西洋美術館のコレクションの根幹を創った松方幸次郎(1866-1950)、そして優れた近現代美術を収集し、現在のフォルクヴァング美術館のコレクションの礎を創ったドイツ人のカール・エルンスト・オストハウス(1874-1921)。同時代を生きた二人の個人コレクターの思いをつなぎつつ、二つの美術館の100点を超える所蔵作品を一堂に集めた初のコラボレーションがここに実現した。

フォルクヴァング美術館外観 © Museum Folkwang, Essen, photo: Sebastian Drüen



まずは、時代を19世紀までさかのぼってみたい。この頃、ヨーロッパを中心に産業革命が進み、科学の分野も急速に近代化していくことで、社会が変わり、人々の物の見方や自然を見つめる目も大きく変わっていった。アートの分野でも、それまで主に人物画や歴史画、宗教画などの背景にすぎなかった自然の景色を、風景画としてそれを主役に描く潮流が生まれていく。さらには自然そのものを描くだけではなく、自分の心のありようや思想、憧れなどを映した情景として描くようにもなっていく。


そんな新しい知識とまなざしで自然を見つめた画家たちの表現。展覧会の第1章「空を流れる時間」は印象派の作品を中心に、画家たちが目の前の風景をその流れる時間ごと写しとろうと試みた表現を見ていく。

ウジェーヌ・ブーダン《トルーヴィルの浜》 1867年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館

ウジェーヌ・ブーダンは「空の王者」と称され、フランス・ノルマンディーを中心に活躍。セーヌ河口の港町ル・アーブルで若きモネに出会い、彼に大きな影響を与えた「師匠」ともいえる画家だ。ブーダンは戸外にイーゼルを立てて、移ろい続ける空の光と大気を描こうとした。《トルーヴィルの浜》は、1863年の鉄道開通でパリ市民が押し寄せたノルマンディーの海辺のリゾート地を描く。絵の大部分を明るい夏の空が占め、微妙な色調で大気の変化や海風に雲がたなびく様子が表現されている。そこに流れる時間までが感じられそうな構図だ。


エドゥアール・マネ 《嵐の海》 1873年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館 旧松方コレクション

近代化する都市、パリに生きる人々を多く描いたことで知られるエドゥアール・マネ。この作品では「嵐の海」という劇的なテーマが、最小限のモチーフと抑えた色調によってリアルな眺望として描かれている。迫り来る嵐を感じさせる不穏な色の空。ざわざわと波を荒立て始めた海が、暗い緑、白、黄土色、黒を散らして巧みに表現されていることに注目したい。


クロード・モネ《舟遊び》 1887年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館 松方コレクション

先ほどのウジェーヌ・ブーダンを通じて風景描写の醍醐味を知ったクロード・モネ。彼もまた、まぎれもなく自然の移ろいの一瞬一瞬をキャンバスにおさめようとした画家だった。そのモネが1874年に印象派として最初のグループ展を催し、その活動に区切りをつけたあと1887年に描いたのが、この《舟遊び》。43歳から残りの半生を暮らすことになるジヴェルニー付近を流れるエプト河で、船遊びに興じる義理の娘たちを描いた。川も人物もまるで遠い記憶の中にいるように不確かで、現実と想像の世界を漂うかのよう。中央の彼女たちの姿と水面に映った姿が、実像と虚像のコントラストを強調する。


次は、「『彼方』への旅」と名づけられた第2章。ここでは芸術家たちの心が見た情景、果てしない「自分」を探す旅ともいうべき絵画表現を見ていく。ノルウェーのロマン派を代表する画家、ヨハン・クリスティアン・クラウゼン・ダールが1823年に描いた《ピルニッツ城の眺め》はとても象徴的な作品だ。

ヨハン・クリスティアン・クラウゼン・ダール 《ピルニッツ城の眺め》 1823年 油彩・カンヴァス フォルクヴァング美術館 © Museum Folkwang, Essen



ルネサンス以降、窓とその先の眺めは、額縁と絵画の関係にたとえられてきた。ロマン主義の風景画では、それは遠方への憧れを表現する格好の装置になる。この作品はドレスデンにアトリエを構えたダールがその窓辺から見た風景のようだが、実際には中央に描かれたピルニッツ城はまったく違う場所にあるという。画家があえてここに城を置いたのはなぜか。絵を見る私たちの脳裏にさまざまな想像がよぎる。


カスパー・ダーヴィト・フリードリヒ 《夕日の前に立つ女性》 1818年頃 油彩・カンヴァス フォルクヴァング美術館 © Museum Folkwang, Essen


自然と対峙する人間の姿を表現したドイツ・ロマン主義を代表するカスパー・ダーヴィト・フリードリヒの作品《夕日の前に立つ女性》も、この展覧会の象徴的な作品といえるかもしれない。そこには自然の風景に置きかえられた宗教的な感情や信仰、そして描かれた樫の木や人物の古風な装いにドイツへの愛国的な思いも読み取られてきた。天と地の間で、空を覆う光に向かって手を広げる女性の姿には、現実としての単なる風景というよりは、自然の力に対して人間が抱く普遍的な感動や憧憬が見てとれる。


ほかにも理想郷としての原初的自然を求めて南洋に旅立ったポール・ゴーガンの作品。あるいは人間の意識下に潜むイメージを自然と重ね合わせたマックス・エルンストの《石化した森》など、心の中の自然を描くさまざまなアプローチを見ることができる。



第3章の「光の建築」は、自然の形や現象の中に、永続的な構造や法則を見いだし、新しい造形表現に結びつけようとした試みを展観している。

ポール・シニャック《 サン=トロペの港》 1901-1902年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館

光学理論に基づいて独自の点描の技法を編みだしたのが新印象派のポール・シニャックだ。絵具を混ぜたり重ねたりせずに画面に並べていく「筆触分割」を用いた印象派の技法をさらに進め、現代のカラープリントのように色彩を細かな点で分けて自然を描いた。


下はフィンランドの国民的画家、アクセリ・ガッレン=カッレラの《ケイテレ湖》。画面の大部分が鏡のような湖面で占められ、さざ波をあらわすジグザクのパターンが作品に大胆な装飾的効果を生んでいる。それはフィンランドの民族叙事詩『カレワラ』の主人公が漕ぐ船の航跡を暗示しているともいわれ、当時ロシアの支配下にあったフィンランドの愛国主義の高まりも物語っているとされる。

アクセリ・ガッレン=カッレラ《ケイテレ湖》 1906年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館



最終章となる「天と地のあいだ、循環する時間」は、巡る季節や、果てしない生命のサイクルなど、自然の中で循環する時間と人の生を重ね合わせたような作品を見ていく。

この章の見どころはドイツから初来日したファン・ゴッホ晩年の作品《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》。これは精神を病み、療養をしていたゴッホが「自然という偉大な書物が語る死のイメージ」を描き出した代表的な風景画のひとつ。麦を刈る人物に「死」を、刈られる麦に「人間」を見たと言われる。明るい麦秋の絵だが、そこには生命と死を繰り返す自然の摂理が語られているよう。

これはゴッホの死から12年後にオストハウスが購入し、フォルクヴァング美術館の開館を飾った記念碑的な作品だ。

フィンセント・ファン・ゴッホ 《刈り入れ(刈り入れをする人のいるサン=ポール病院裏の麦畑)》 1889年 油彩・カンヴァス フォルクヴァング美術館 © Museum Folkwang, Essen

クロード・モネ《睡蓮》1916年 油彩・カンヴァス 国立西洋美術館 松方コレクション


この章を象徴するもうひとつの作品はクロード・モネの《睡蓮》。ジヴェルニーの自宅に睡蓮の池を作り、1890年代後半から「睡蓮」をモチーフにした一連の作品を制作してきたモネ。晩年の1914年頃からは現在パリのオランジュリー美術館の壁を飾る「大装飾画」の取り組みが始まっていた。この作品は、この試みのなかで生まれた作品の一つで、松方幸次郎がモネから直接購入したものだという。一見、奥行きを失った装飾的で平面的な構成のようでもあるが、垂直方向の筆のストロークが強調されているのがおわかりになるだろうか。この手法と濃い水の色は、神秘的な水の深みを暗示。花の季節を迎えた色とりどりの睡蓮も、池に浮かぶ様子がこの手法によって際立ってみえる。


このモネの作品の隣には、ドイツの写真家エンネ・ビアマンによる《睡蓮》が展示されている。物に即した新しい視覚を求めて1920年代の後半にドイツで起こった写真運動を代表する作家。対象に肉薄する手法が、一輪の花の生命力を感じさせる。モネの睡蓮と比較しながら、同じ自然を見つめる視線の差、表現の違いに注目したい。

エンネ・ビアマン《睡蓮》1927年頃 ゼラチンシルバー・プリント フォルクヴァング美術館 © Museum Folkwang, Essen



ここまで自然に向けられた人間のまなざしと、そこから生まれた芸術表現を見てきたが、いかがだったろうか。ふだん当たり前のようにそこにあって、なにげなく自然を見つめているせいか、自然を描いた絵画を見るときも、私たちはつい無意識に通り過ぎてしまいがちだ。この展覧会を通じて画家たちの視線や意志を知ると、描かれた自然の見え方も、あるいは現実の自然と人間との関係を考える私たちのまなざしも変わってくるように思える。環境の危機が語られ、自然に対する私たちの姿勢があらためて問い直されるいま。ゆっくりと、作品と対話するように見ていきたい展覧会だ。




国立西洋美術館リニューアルオープン記念

自然と人のダイアローグ

フリードリヒ、モネ、ゴッホからリヒターまで


会場:国立西洋美術館(東京・上野公園)

   東京都台東区上野公園7-7

会期:2022年9月11日(日)まで

開館時間:9:30〜17:30(金・土曜日は20:00まで)

休館日:月曜日、7月19日(火)(ただし7月18日(月・祝)、8月15日(月)は開館)

※日時指定制

料金など詳しくは公式ウェブサイトへ

https://nature2022.jp

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