パリを拠点に、装飾やインテリアデザインそしてモードの世界に、ほかにない彩りと繊細さを添える工芸アーティストがいる。美しい鳥の羽根を使った数少ないフェザーアーティストーの一人、ジャナイナ・ミレイロさんだ。


ディオールやメゾン・マルジェラ、ヴァレンチノといったトップブランドへの作品提供、フレグランスのゲランとの特別ボトルやブティック内アートオブジェの創作、さらには建築家とのコラボレーションによるガラスや金属、木材と羽根を組み合わせた幻想的な室内装飾の数々・・・。彼女の手にかかると、そのすべてが斬新で美しく、まるで羽根がその可能性を無限に花ひらかせるように生き生きとした存在となって見る人を魅了する。

ゲランのブティックを彩ったジャナイナ・ミレイロさんのクリエイション


サン・トロペのホテル「シュヴァル・ブラン」の「スパ・ゲラン」内装飾の作品



先入観がないからこそできた「斬新さ」


フランスで羽根を扱う仕事といえば、ヨーロッパに伝統的な帽子の装飾、あるいは「ムーランルージュ」や「リド」などキャバレーの踊り子たちの衣装など伝統の装飾文化がある。ミレイロさんもこうした職人の世界を志すところからこの道に進んだのかと想像したが、実はそうではなかった。


「パリの応用美術学校Ecole Duperréと国立高等工業デザイン学校ENSCIの修士課程では刺繍、テキスタイル、織物などを学んで、羽根という素材に出会ったのはほんとうに最後の頃。素材の美しさとなにか魔法のようなオーラに惹きつけられて、はじめて羽根を手に入れたんです。でも当時はそれが自分の人生をかけた仕事になるなんて思ってもみませんでした」


最初に作ったのは、柔らかな毛をもつ「オーストリッチ」というダチョウの羽枝を一本一本ていねいに糸のように切りとり、絹糸と合わせて織った布。修士課程最後の期間をその開発にかけ、羽根のテキスタイルという彼女独自の技術でディプロムを取得した。それは彼女が羽根を使った装飾の知識や先入観がなかったから生まれた発想と言ってもいい。伝統的な羽根の表現とはむしろ関係なく、学んできた刺繍やレース、デザインの技術を駆使し、持ち前の探求心で数々の試行錯誤を繰り返して、彼女だけの表現世界を創りあげる・・・。今につながるミレイロ・クリエイションの第一歩を踏み出した瞬間だ。

取り扱う羽根は、野生動植物の国際取引を定めたワシントン条約を遵守し、良質な環境で食用に飼育された鳥のもののみ、あるいは自然に鳥の身体から落ちた原産地証明のあるものを用いる。



大学院を卒業してすぐ2011年にテキスタイル作家として起業。やがて少しずつ羽根そのものの魅力にとりつかれていく。最初は本能的な「ひと目惚れ」だったが、素材のもつ性質とその可能性に惹かれていき、ひとつ一つの羽根の個体による繊細な違いも彼女にインスピレーションを与えた。


羽根には柔軟で透明感のあるものもあれば、硬質で張りのあるものもある。その特徴を活かしながら自分が求める表現に近づけるよう、羽根を選び、蒸気でボリュームを作ったり、羽枝をカットしたり、丁寧に削いだりとさまざまな方法でアプローチする。それを刺繍やレースのように構成したり、ビーズで留めたり、さらには金属やガラス、皮革、木材との組み合わせやジュエリーの技術も応用。私たちが「羽根」に抱くイメージからは思いもよらないようなあらゆる可能性を探り、アーティスティックで、かつ耐久性や実用性も兼ね備えたクリエイションに挑んできた。


2021年にパリのマレ地区、ヴォージュ広場の近くに構えた現在のアトリエ。そこは創作の場、顧客へのプレゼンテーションの場であると同時に、こうした羽根の表現の可能性を探るラボラトリーでもある。


パリのマレ地区にあるジャナイナ・ミレイロさんのアトリエ&ショールーム



そこには、これまで10年以上にわたるプロジェクトのアーカイブやミレイロさんが時間をかけて創りあげてきた数百種類の見本、素材などがおかれている。クライアントワークではそうした見本などからデザインが選ばれることもあるが、多くの場合、それらは発想のきっかけにすぎない。プロジェクトごとに彼女は新しい提案をし、顧客たちも彼女のアーティストとしての唯一の作品性を求めてやってくる。時には顧客とのやりとりからまったく新しい発想が生まれることもあるという。


「ある建築家からの依頼で、私はいくつも提案をし、過去の作品や見本をすべて見せたんですが、なかなかいい反応がない。それがふとある羽根を見て彼が『これだ、これがいい!』と目を輝かせた。よく見たら、それは羽根じゃなくてそれを貼りつけていたキラキラ光るプラスティックのフィルムだったんです(笑)」


「それは羽根ではないし、使おうと思った素材ではない」と断ってもよさそうなシチュエーションだが、彼女はあえてそのフィルムと羽根の組み合わせという方法を選んだ。建築家は「あとは君なら素晴らしいものを作ってくれるだろう」とプロジェクトを託される。そこから15点ほどのデザインを起こし、建築家が一つを選び、さらに細かな調整をかけて仕上げ、結果的に彼女にしか創れない新しい表現が生まれた。



「顧客の要望に応えるだけでなく、その上をゆく創造性を提案することが大事です」と彼女は言う。お互いに言葉にならない漠然としたイメージがあって、やりとりをしたり、突き詰める中でふとひらめくようなアイデアに出会い、ひとつの作品へと集約されていく。それはとりもなおさず、彼女がふだんから絶え間ない実験と試行錯誤を続けているからこそできることでもある。



創作は、自分の人生に「意味」を持たせる私なりの方法。


こうした新しいものを生み続けていく原動力はどこにあるのだろうか。


「それは<自分自身が驚き、感動できるものを創りたい>ということでしょうか。伝統的な表現を使っても、もちろん感動的なものは創れるでしょう。でもそれが私のしたいことではなかったんです。これまで羽根を使った過去の創作をたくさん見てきました。心のどこかで「私の場所はここにはない」と思いながら(笑)。ならば、誰も見たことのない新しいものができる私の場所は一体どこなんだろう?とずっと探し続け、それが私を突き動かしてきた気がします。思えばそれは、いま自分がしているこの仕事、もっと言えば私の人生に「意味」をもたせるための私なりの方法だったのかもしれません」


「私たち人類は、何か新しいことを生みだすことで今まで存在しつづけてきました。「革新」ってそういうことだと思うんです。私もそういう夢を見たいし、そういう人間の一人でありたい」


そう語る彼女の眼には、創作者としての強い信念がうかがえた。


ガラスと羽根が組み合わさった特殊な表現で作られた住宅インテリア

中途半端では、目の醒めるようなクリエイションはできない。


幼少の頃に観たミュージカル映画『ロバと王女』で、主役のカトリーヌ・ドヌーヴのドレスを見て「こんな服を作る人になりたい」と夢みたというジャナイナ・ミレイロさん。そうした思いや憧れが時間をかけて彼女の感性やセンスを磨いていったことは疑いがなさそうだが、今でも自分のインスピレーションを刺激するために何かしていることはあるのだろうか。


「美術館を見たり、他のジャンルのクリエイションを見たりもしますが、先ほどの話のように仕事の中でその問題点や課題に迫られることで生まれる直感的なアイデアがより大きい気がします。それにはジャンルを超えて私が身につけてきたノウハウや技術がモノをいうし、そこからいろんなアイデアが見えてくる。あるいは世の中のすべてのものごとがアイデアの源泉になり得ると言ってもいいかもしれません。いろいろなところにヒントは隠されていて、私がこれまでの経験の中で身につけた物の見方や視点が、それをアイデアとしてつかみとる、そんな感覚です」


「最初の羽根との出会いもそうでしたが、美しいもの、気になるものをストック、今なら写真に撮ったりしてとっておく。それがあるとき、プロジェクトの中でアイデアとなって浮かびあがってくるんです。その時が来たらアイデアを徹底的に耕し、考えに考え、時には取り憑かれるほどに突き詰めることで新しいクリエイションは生まれる。それはまさに産みの苦しみです。中途半端なことでは、目の醒めるような作品はできません」



確かに、彼女の作品には感性やアイデアだけではない、徹底した美しさと繊細さが生みだす完成度がある。そこまでこだわりを貫いて、はじめて作品には命が与えられ、アーティスト自身をハッとさせ、人の心を動かすものになるのだろう。


「羽根には、ただ美しさだけではない神秘的な何かがある。まだ私はそのすべてを生かし切れていないと思う」と語るミレイロさん。羽根が持つ無限の可能性を知ってしまった彼女の開拓と発見の旅は、これからもずっとつづく。



Janaïna Milheiro

ジャナイナ・ミレイロ

フェザー・テキスタイルアーティスト


<ウェブサイト>

https://www.janaina-milheiro.com/


<インスタグラム>

https://www.instagram.com/janainamilheiro/





(文)杉浦岳史/パリ在住ライター
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。ポッドキャスト番組「パリトレ」始めました。


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