住まいに素敵な花や緑のある光景。その憧れは日本もフランスも変わらない。植物の鮮やかな色に心を癒したり、移り変わる季節を感じたり、旅先で出会った自然の風景や薫りの記憶をたどったり・・・。パリの街に、そうした大切な瞬間を届ける人がいる。日本人フローリストの吉田悠さんだ。

彼女が住むのは、パリ郊外のランブイエという街から、さらに車を20分ほど走らせた「ラ・シェライユ」という自然たっぷりの小さな村。パリの有名なフローリストたちの間では知られた花農家クリストフ・ゴドフロワさんの敷地で、夫と息子と共に暮らしている。

(photo: Yu Yoshida)

彼女が仕立てるブーケは、普通のフラワーショップで見るものと少し違う印象があるかもしれない。

私たちが街で目にする花は、たいてい花の市場でフローリストたちが仕入れたものだ。パリならば、郊外の「ランジス」にある巨大な花と食品の卸売市場がそれにあたり、フランス国内やオランダなどからたくさんの花たちが集まってくる。一方、数は限られているがパリ近郊の花農家が自分たちの畑から採れた花や樹木を、直接パリのフローリストや顧客に届けることもある。水仙や芍薬、スイートピーなど野に咲く季節の花に加え、桜やリンゴなどの花や葉がついた樹木の枝、グラミネと呼ばれる穂状の植物、時には野菜や果物、野草、ミントなどのハーブも添えられるのが特徴だ。

こうした「葉もの、枝もの」を扱う専門家のことをフランスではフローリストと区別して「feuillagiste フイヤジスト」と呼ぶが、吉田悠さんの仕事にはこの分野のエッセンスが加わる。花、枝、葉という垣根を越え、まるで自然の風景と薫りを束ねたかのようなブーケ。こうしたスタイルが成立するのには、フランスと日本の違い、そして大都市パリならではの花の趣向があると彼女は話す。

「花との関わりが、フランスは違う気がします。季節感があるし、自然を大事にして扱っていて、日持ちがするというより、その時期の花の美しさや薫りを一瞬でいいから感じたいという人が多い。パリの人はさらに、自然に近いイメージ、たとえば菜の花と麦と束ねたものというような『champêtre シャンペトル(田園風の)』なものを欲していて、クリスチャン・トルチュ(パリのフローリスト。自然の素朴さと都会の洗練を融合した独自のスタイルで世界的に知られる)はそういう思いを上手に汲んで新しいトレンドを作ったんだと思うんです」

吉田悠さんが仕事する畑の隣りは一面の菜の花畑

そんな吉田さんが、最初にパリに来たのは2012年。そのとき彼女はすでに日本で10年以上のキャリアを積んだフローリストだった。

花が好きだった母の影響もあって、高校時代のアルバイトから始めた「花を扱う仕事」。腕を認められて大手フラワーショップに入社し、ひたすらブーケを作る日々から、やがて副店長、店長となるに連れ、次第に花にふれる機会が減ってしまう。そんなとき、パリで活躍していた日本人フローリストのレッスンを受ける機会があり、日本で見るのとはまったく違うスタイルに衝撃を受けた。花づくりへの新たな思いが芽生え、思い切って退社。ワーキングホリデービザを取得して、パリへと向かった。人気のフラワーショップ「Rosebud ローズバッド」で研修ができることになったが、3ヶ月先にならないと空きが出ないという。それまでどうしよう?とその店のオーナーに相談すると「面白い人がいるよ」と花農家のクリストフを紹介された。

「クリストフはその場でOKをくれたのですが、『いつから行けば?』と聞くと『今ちょうど忙しいから来週からおいで』と(笑)。場所がどこだかも知らなかったんですが、こんなチャンスはない!と思ってすぐに荷物をまとめて行って、そこから2ヶ月半住み込みで働きました」

そこで彼女は、「自然こそがアーティストだ」と語るクリストフの花や木々への思い、そして人柄にふれる。ワーキングホリデーが終わり、一度は日本に帰国したが、かつて勤めた日本の会社のパリ店オープニングに関わることになって再渡仏。無事に立ち上げが済んだ頃、パリで出会った夫の小平篤乃生さんと結婚。美術家である彼の作品庫やアトリエに大きなスペースが必要だったこと、そして彼女は花の仕事をするなら生産現場に関わりたいとの思いが強くなり、ふたたびラ・シェライユの花農家の門を叩くことになった。

りんごの枝を切り取るクリストフ・ゴドフロワさん

花の知識は豊富でも、自然の中で育つ樹木や花をどう扱うかとなると話は別だ。変化する気候と毎日の植物の状態を見ながら、いいタイミングを判断して切り出す。顧客の手に届く時に最良の状態であるためには、つぼみから開花までの時間や花の持ち具合などそれぞれの花や植物の特性も知っていないといけないし、切る枝、切り方を間違えれば、木そのものにダメージを与えかねない。何十年も自然と対話してきたクリストフに尋ね、自分でも身をもって試行錯誤を繰り返しながら、経験を積み重ねてきた。

「たとえば、りんごの花って枝を切って水につけると一気に咲くんですよ。つぼみが固い状態で切らないとダメで、咲いてからだとお客様のところで一日二日しか持たない。逆に八重桜などはつぼみのうちに持っていってしまうと咲かなかったり。花によってまったく違うんです」

花や枝の状態、切るべきポイントなどを吟味しながら慎重に枝を切る。

こうしてラ・シェライユに移って約5年。今は、ここから花や枝や葉を切り出し、ブーケや花材としてパリの家庭やレストランなどに届ける仕事を続ける。昨年からのコロナ禍で人々が移動できなかったこともあって、自然が住まいに届くかのような彼女のブーケは日増しに人気を集めている。

「ラ・シェライユの植物をお届けするときは『花』という概念があまりないんです。自然の風景をそのまま束ねて家に届けて、それを受け取る皆さんが『薫りがいいなぁ』とか『風景が見えるようだ』と感じてもらえることが大事だと。だからできるだけ自然のままに、というのがまずベースにあって、そこに私の場合は長年やってきたフローリストとして『花を扱う』ための知識と、切り前、つまり切るタイミングを判断して自然を切り取る『生産者としての』ノウハウという、二つを合わせてブーケにします」

(photo: Yu Yoshida)

「自然の風景をそのまま」と話す彼女だが、仕上がったブーケにはやはりフローリストの美意識を感じる。これについては最初にパリに来たときに受けたフローリスト、ヴァンサン・レサールの指導が印象に残っているという。

「彼は『自分が綺麗と思うなら、それが綺麗なもの。必要なのはテクニックじゃない』と言うんです。日本では『こういう位置でこういう高さでこういう風に組み合わせると良い』という教わり方をしたり、何か『答え』を求める感じがあるのですが、まったくそういうことがない。最初は『レッスン料払ってるのに!』と思いましたね(笑)。彼のようなブーケを作りたいと思って見た目で入ったけれど、学んだことは見た目ではないこと、でした。とにかく自分が満足するもの、心からいいと思えるものを作ればいい、という教え方なんです。そこで初めて『じゃ、自分のスタイルって何だろう?』と問い始めて、固定概念にとらわれていた自分に気づいた。自分がいいと思えるもの・・・それを探すのが実は大変でした」

何回も何回も組み直して、「作為的」にならないやり方を追究しながらも、つい過去に作ったものと照らし合わせてしまったり。片やフランス人は、たとえば花を習いに来ても誰も教えた通りにせず、好きなように組んで満足げに「すごくいい!これすごく好き!」と言ってのける。謙遜したり、「これで合っているかな?」と悩む人も誰一人いない。

「それにはすごく衝撃を受けましたね。『正解はない』という考え方。そう思って組むようになってから、自分が綺麗と思うかどうかという基準だけで組むようになってきました」

とはいえ、その「自分基準」が人に評価されるのは、彼女がフローリストとしての経験を長年積んで、その美意識を常に向上してきたからに他ならない。そこに、フランスで学んだ花と人との関係、そして自然との絶え間ない対話、こうしたすべての体験が加わって、いまの吉田さんがいる。

少し前まで、花がない季節にはランジスの市場で仕入れた花を添えて届けていたが、これからはここラ・シェライユの自然から切り取ったものを包んで届けていきたいという。

「ランジスには素材として惹かれるものはたくさんあるんですが、私の提供するものは『花農家』であることに意味があるものだし、どっちつかずになってしまってはいけない、と。一度日本に帰った時に、花屋の起源などをいろいろ調べて京都に『切り出し屋』という仕事があることを知ったんです。自分の山、土地から季節の樹木や花を切って顧客に卸すという。茶花が必要な街なのでそれが今も成り立っていて、自分もそういう仕事がしたいと思いました。フランスでも美術館で絵画を見ると、パリの花売りたちは自分のまわりに自然に咲く花や緑を切り取って籠に積んで街に持ってきていたことがわかります」

自然の中で自由に育ち、一瞬一瞬に変化していく植物たちを目の前で見ているからこそわかる機微。フローリスト、フイヤジストとしての感覚を研ぎ澄ませて、最高と思う瞬間を切り取り、美しく束ねて、街に届ける。「自然の目利き」のような存在といえるだろうか。

「職人の仕事に憧れますね。まだまだ勉強しなければならないことがありますし、フローリストとして自分の名前でやりたいことの終着点はここではないと感じていますが、まずはこのラ・シェライユにいるうちに学べることはすべて学びたいと思っています」


そう語る吉田悠さんはいま、料理界のシェフやペイザジスト(造園家)など別の分野のプロフェッショナルとのコラボレーションにも関心があるという。自然と人をつなぐ、その特別な仕事に可能性は尽きない。

吉田悠さん Instagram

https://www.instagram.com/yuysd/



(文・写真)杉浦岳史

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