ヴェネチア・ビエンナーレをはじめ、世界的なアートシーンで展示され高い評価を得ている現代美術家マーク・マンダース。その日本国内美術館での初個展となる「マーク・マンダース ーマーク・マンダースの不在」が3月20日から東京都現代美術館で開催され、話題を呼んでいる。それもそのはず、アートファンの間では知る人ぞ知る存在でありながら、これほどの規模で個展が開かれるのはめずらしい。それがここ東京で開催されているのだ。

マーク・マンダースは1968年オランダのフォルケルに生まれ、現在はそのお隣の国・ベルギーのロンセにアトリエを構えて活動する。今回の展示では、最近の彼の重要な個展で必ず出品されてきた代表作が含まれ、ヴェネチア・ビエンナーレで展示された作品《マインド・スタディ》も日本で初めて公開されている。

マーク・マンダース《マインド・スタディ》2010-11年 ボンネファンテン美術館蔵(展示風景)

最初は少し複雑な感覚に包まれるかもしれない。古代ギリシャの彫刻を思わせる大きな顔の像が、時に大きく割れて破片が散らばっていたり、また時には大きな木材や金属がそれに暴力的に食い込んだり、断片化された頭像を窮屈そうに挟んだりしている。そこにはソファやテーブルなどの家具もおかれ、そこに掛けられた紐やワイヤーは、巧妙なバランスとテンションで引っ張られたりたわんでいたりする。そしてこれらの作品が置かれた空間はどこかミステリアスで、まるで時間が止まったかのような静かな緊張感に包まれている。

マーク・マンダース《4つの黄色い縦のコンポジション》2017-19年(部分)(展示風景)

筆者が2013年にフランス・パリのパレ・ド・トーキョーで、初めて彼の作品を見た時には、心に訴えかけるその作品の力に衝撃を覚えたものだ。過去か未来か、そこではないどこか違う場所に連れ去られてしまうような感覚。誰かが立ち去ったあとの痕跡のような空気。現実なのに空想でもあるような複雑な浮遊感・・・。映画『猿の惑星』で、別の惑星に辿りついたと思いながら海岸を歩いていたら、朽ち果てて砂に埋もれた「自由の女神」を発見してそれが未来の地球だったと知る。というシーンをちらりと思い出したが、それはおそらく作家の意図とは違うだろう。

マーク・マンダース《乾いた土の頭部》2015-16年(展示風景)

たとえば詩人や小説家は、言葉を紡いでいくことで、現実にない架空の情景や物語を創りだしたり、みずからの体験や自分自身を語ることがある。もしかしたら、マーク・マンダースの作品づくりのプロセスはそれに少し似ているかもしれない。

1986年、彼が18歳のときに自伝を書こうとしたときにひらめいたのは「建物としての自画像」という構想だった。それは「マーク・マンダース」という人物の自画像を「建物」の枠組みを用いて構築する、というもの。少しわかりづらいかもしれないが、「建物」といってもそれは必ずしも現実の空間ではない。彼は架空の物語を書く代わりに、架空の建物を思い描き、「マーク・マンダース」という架空の人物をそこに置かれる彫刻やオブジェなどその配置全体で表現するというのだ。開幕に先だって行われたオンライン記者会見で、マーク・マンダースはこう語ってくれた。

「最初に鉛筆や紙を使って間取図のようなものを作ります。それは想像上のフロアプランになるのですが、実際の建物を造ることもできます。『建物としての自画像』がどの部分を指すのかというと、実は全体を指しているのです。しかしそれはあくまで想像のものなので、その建物の一部を私は好みの場所に配置することができるのです。美術館はもちろん、小さなショップやスーパーマーケットにも。今回はそれを東京で、しかも個展という形で複数の作品を置くことができました。そしてこれは全体で大きな作品と考えています。(展示が完成してみると)それぞれの作品は互いに対話していて、美術館の中でひとつの長い文章のようになっていると感じました」

マーク・マンダース《椅子の上の乾いた像》2011-15年 東京都現代美術館蔵(展示風景)

個々の作品は、過去の複数の時代の美術史や、私的な記憶や生活から生まれたイメージ、彫像や言葉、家具、新聞などさまざまなオブジェからなる。そこには彼自身と架空のマーク・マンダースの自画像が混ざり合いながら、現実と虚構を行ったり来たりする。今回の展覧会のタイトルには「マーク・マンダースの不在」とあるが、それはこうした現れては変わり、そして消える作家の存在のことだろうか。あるいは本人はここにいないのに、展示を観る私たちがその存在や痕跡を感じたりすることだろうか。いずれにしても「不在」はこのインスタレーションに見られる「時間が凍結」したような感覚として私たちを包み込む。

マーク・マンダース《短く悲しい思考》1990年(展示風景)

本人の「不在」を意識させる作品に、先ほどの《マインド・スタディ》の後ろに見えていた小さな作品《短く悲しい思考》(1990)がある。壁の中ほどに掛けられた2つの金属を吊す釘は、マーク・マンダースの目の高さに合わせて打たれ、その間隔は本人の目の間の距離と同じなのだという。そう知ったあとでは、本人の不在はむしろ強い存在感として感じられて、まるで私たちを見つめているような気持ちにさせられるから不思議だ。

「不在」は、「欠落」とも言えるかもしれない。彼の彫像のように、とても完成度が高いのに何かが欠けている状態。マンダース特有のこの「欠落」の感覚について彼はやはりオンライン会見の中でこう語っていた。

「私は何かが完成していない状態というのが好きです。なぜ未完成にしておくのかというと、そうすることによって何かが次に起きるような感覚になる、それが私は好きなのです。私の作品を一ヶ所に集めてくると、(その欠落や不在がゆえに)ひとつの大きな静けさを感じていただけると思います」

マーク・マンダース《ドローイングの廊下》1990年-2021年(展示風景)作家直筆の膨大なスケッチが長い廊下に並ぶ。

東京都現代美術館の1フロア全体(約1,000㎡)を一つの作品として、全体で「建物としての自画像」を構築するマーク・マンダース。その場に立って初めて得られる感覚や感情、そこから沸き起こる空想を体験するためにも、ぜひ足を運んでインスタレーションを見てほしい。彼がその「建物」を作り上げるために描いた多数のドローイングも、それを想像する手がかりになるはずだ。

そして最後は、美術館エントランスの外にふと置かれたブロンズ像を見ることをお忘れなく。それもおそらく彼の「自画像」の一部なのだから。

マーク・マンダース《2つの動かない頭部》2015-16年(美術館エントランス・展示風景)


展覧会「マーク・マンダース ーマーク・マンダースの不在」

会期:2021年6月20日(日)まで

会場:東京都現代美術館 企画展示室3F

   東京都江東区三好4-1-1

休館日:月曜日(5月3日は開館)、5月6日 

開館時間:10:00~18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)

観覧料:一般1,500円ほか

※新型コロナウィルス感染拡大防止のため事前に予約優先チケットの購入をお勧めします。

美術館ウェブサイト:https://www.mot-art-museum.jp

マーク・マンダース Photo : Cedric Verhelst

(文・写真)杉浦岳史

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