映画ソムリエとして活躍する東 紗友美さんが、暮らしをより豊かにする映画をセレクトし、紹介するこの連載。今回は趣向を変えて、インスピレーションを得た体験を、映画でより深く味わう、新たな映画体験を提案します。


メズム東京で《最後の晩餐》をモチーフにしたアフタヌーンティーで名画に触れる

「ここって、海外ですか?!」

開口一番に私はおもわず言葉が漏れた。

吹き抜けの天井は見上げるように高く、頭上に煌めくアートは、東京湾の水面に揺らめく光のよう。広がる大きなウインドウ。東京のビル街と海辺の自然が融合して、日差しの中で溶け合い、唯一無二のバランスを保っている。16階からの景色は、美しい。

Lobbyに到着するなり、まだ腰かけてもいないのに自然と脳内のスイッチがオフモードに切りかわったのがわかる。仕事の重圧からきていた緊張感が静かに解けだしていく。こういうとき、頭よりからだの方がずっと正直だったりする。

ここは東京・浜松町に位置するメズム東京、オートグラフ コレクション。




JR東日本グループの日本ホテル株式会社と世界最大のホテルチェーン、米マリオット・インターナショナルとの初提携ホテル。自分が主人公に変身した気分になるほど心のこもったサービス、ダイナミックで躍動感あふれる景色。それはもちろんだけれど、アート、音楽、香りなど五感を満たす細部にわたる演出にも感覚が研ぎ澄まされる。メズム東京は、そんな空間だ。

そして、個人的に推したいのがこちらの”アフタヌーンティー”。

SNSが流行したことで、アフタヌーンティーは、あえてわかりやすい表現で言うと”キラキラした”女性のためのものになってしまった気がする。

今季の新作ワンピースを身に纏い、とびきり飾り立てて、でかける。それも悪くないのだけれど、気兼ねなく行ける場所ではなくなったと感じてしまうこともある。

でもここのアフタヌーンティーは違う。愛する人と来ることも、気心知れた仲間と来ることも、孤独を味わいたいときのための1人時間も肯定してくれる。

なぜなら、世界中で愛されてきたアートとコラボレーションしているからだ。

有名絵画をモチーフに、遊び心あるスイーツとペアリングモクテルをセットにした新感覚アフタヌーンティー「アフタヌーン・エキシビジョン」シリーズは、第1弾でダリの「記憶の固執」、第2弾ではフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」が登場し、唯一無二の芸術性と遊び心を両立させ、おひとり様や男性にも人気を博してきた。

美術館に足を運ぶような、図書館でホッと一息つくような、名画をいたずらに味わうような、アートとスイーツの接点から生まれる感情が面白い。

以前私が訪れた際、隣に座ったダニエル・クレイグを彷彿とさせる初老の素敵なおじさまが、ダリの「記憶の固執」を静かに眺めていたのが印象的だった。彼はどんな想い出を、懐かしんでいたんだろうか。

アフタヌーンティーと聞いて思い浮かべるような3段のお皿にカラフルなスイーツが並べられたタイプものではなく、アートとして空間に溶け込み、その人それぞれの楽しみ方を鏡のように映し出す。

そんなわけで私にとってここのアフタヌーンティーは、ちょっとしたイノベーションだと解釈している。

そして今回の第3弾はレオナルド・ダ・ヴィンチの代表作《最後の晩餐》がモチーフだ。




イタリア・ミラノのサンタ・マリア・デッレ・グラツィエ教会の食堂の壁に飾られているレオナルド・ダ・ヴィンチの最高傑作。イエス・キリストが12人の弟子と共に食卓を囲み、弟子の1人による裏切りを静かに予言するシーンが描かれた、その名画が木箱に収められ、目の前でスタッフの手によって開かれる。

ステージの幕が静かに開く瞬間は、シャッターチャンスだ。

『サパー(Supper)』という今回のアフタヌーンティー、事前にプレス資料などで写真は見ていたものの、目の前に広がる13種類のスイーツやセイボリー(甘くないミートパイやピザ等)は、胃袋もアート欲も同時に刺激していく。

さて十二使徒といえば、それぞれがキリストの教えを説くために布教をしてきた者たちだ。布教の旅。

ここで楽しむスイーツもセイボリーもそれぞれが布教したエリアや生い立ちなどゆかりのある土地にちなんだ逸品というのだからまるで口の中で聖地を巡礼しているような、特別な気持ちとなる。

例えば、十二使徒最長老の初代ローマ教皇ペテロであればイメージしたお菓子はローマ伝統菓子マリトッツォ、またヨハネであれば聖母マリアとともに移住したトルコに位置する古代都市にちなんだシロップ漬けトルコ風スポンジケーキ。

個人的に印象的だったスイーツは、最終的にイエスを裏切る張本人となるユダの”チョコサンド”。

銀貨30枚でイエスを売り渡した裏切り者の代名詞的存在のユダを象徴させるスイーツは、まあるい銀貨の形をしていた。チョコレートの艶めき、かぐわしく、美しい、なんてアンビバレントな罪な味!

チョコレート特有の快楽的な濃厚な甘さが脳にブーストする。

十二使徒の旅を想像しながらいただくことで、旅行にはまだなかなか行けないこの時期にこそ、もってこいの彩りある楽しみが広がる時間だった。




自己を探求する人々は、アートや映画から常に学び、好奇心旺盛なライフスタイルで人生を彩っている。

アフタヌーンティーとともに楽しめる濃厚な渋みの葡萄ジュースを堪能したあと、もう一度メズムから海を望む。

ダ・ヴィンチの名言として知られる言葉が聞こえた気がする。

「どこか遠くへ行きなさい。仕事が小さく見えてきて、もっと全体がよく眺められるようになります。

不調和やアンバランスがもっとよく見えてきます。」

才能の目が出ず、遅咲きで意外にも順風満帆なものではなかったとも言われるダ・ヴィンチの人生。

彼が画家として大成したのは、40歳の頃から。この最後の晩餐は、完成までに3年の歳月をかけた。

何か新しいことを始めるのも悪くないタイミングかも知れないと、帰り際には足取りが軽くなっていた。


映画『オリエント急行殺人事件』と<最後の晩餐>の数奇な偶然

『オリエント急行殺人事件』

ブルーレイ発売中/デジタル配信中
(C)2018 Twentieth Century Fox Home Entertainment LLC.
発売/ウォルト・ディズニー・ジャパン



至福の時間を過ごした夜は、やっぱり最後の晩餐が登場する名作映画に触れたい。

人間には三大欲求よりも、知的欲求のほうが強いタイプがいることに妙齢になってから気付き始めている。

誰にも邪魔できない、自分だけの世界。その心地良い味わいを私は知っている。

最後の晩餐を堪能するのであれば、定番の『ダ・ヴィンチ・コード』(2006)もいいけれど、ケネス・ブラナー版の『オリエント急行殺人事件』(2017)を奨めたい。

 原作は1934年に発表された長編小説。数多くのベストセラーを生み出し、著書の発行部数は世界で20億冊を越え、ギネスブックでも「世界でいちばん売れた作家」に認定されたアガサ・クリスティー。彼女の代表作のひとつであるこの物語は世界中の読者を魅了し続けてきた。そんな説明不要のミステリーの金字塔が2017年、ケネス・ブラナーを筆頭にジョニー・デップ、ミシェル・ファイファー、ペネロペ・クルス、ジュディ・デンチらといった最高に豪華なキャストたちと技術をもちいて、あらためて映画化された。

舞台は、トルコ発フランス行きの寝台列車オリエント急行。その列車内で富豪ラチェットが刺殺される。教授、執事、伯爵、伯爵夫人、秘書、家庭教師、宣教師、未亡人、セールスマン、メイド、医者、公爵夫人という目的地以外は共通点のない乗客たちと車掌をあわせた13人が、殺人事件の容疑者となってしまう。

そして、この列車に乗り合わせていた世界一の探偵エルキュール・ポアロは、列車内という動く密室で起こった事件の解決に挑むことになる―。あらすじはそんなところだ。

「二度とこんな傑作には出会えない」と誰しもが口を揃えるであろう、衝撃の結末。

この物語は、その点ばかりが注目されがちだが、真の面白さは、エルキュール・ポアロのシリーズとしては異質なほど彼が人間として飛躍を遂げる点にある。

「誰がどう言おうと この世には善と悪しかない その中間はない」

映画冒頭で彼はそうはっきりと口にする。エルキュール・ポアロの人物像といえば、どんな理由があれ、正義と悪の白と黒をつける人間だ。

そんな彼が、審判をくだすシーンは明らかに「最後の晩餐」を模倣している。

これまで映像化されてきたオリエント急行殺人事件では事件の解明は、列車の中だった。

しかし今回は、容疑者12名は雪で立ち往生した列車の外、避難先のトンネルの入口に用意された長いテーブルに一列に腰掛ける。閉ざされた空間で、容疑者たちは裁きを静かに待つのである。

映像をお見せできないのが残念だが、鳥肌が立つほどに”あの絵”でしかない名シーンだ。

とある犯罪に巻き込まれ、壊れた心のかけらが一同に集まった様子…だと思いきや、

世界一の探偵から語られる真実を聞いても、容疑者たちには強い意思があり、ポアロに対して一向にひるまなかった。

<最後の晩餐>という絵画を模倣したこのワンシーン。ユダを描くことで人間の弱さを認めたイエスであったけれど、同時に人は強い意思と決意を守り通せる崇高で気高い精神を持つ生き物だとも痛感する名シーンだ。

テーブルに並ぶ顔は、不安な表情ではない。覚悟を決めた人間たちの”迷いなき心の強さ”に、圧倒される。

正直、ここだけでも観てほしい。

ポアロは、この世には善悪二元論という名の天秤では釣り合いのとれないことがあることを、これ以降、受け入れていく。特別な物語だ。


名作と呼ばれるアートや映画には、数奇な出逢いが生まれる美しい瞬間がある。

私はこんな名画と映画の交差点を何度だって往復していたい。

メズム東京の世界観である東京湾をイメージした濃紺と、英国王室を象徴する濃い紫みのロイヤルブルーの色をした機関車。そんなところにもなにげない繋がりを感じさせる。

映画のラスト、列車の車輪が轟音とともに動き出す。朝焼けに向かってまっすぐに。

機関車の発射音とともに、私の中の何かが動いた気がした。

(映画ソムリエ 東紗友美)




メズム東京アフタヌーンティー概要

【詳細】

アフタヌーン・エキシビジョン

提供期間:2021年7月1日(木)~10月29日(金) 平日15食限定(※) 

提供時間:14:00~ / 15:00~

提供場所:メズム東京16階 バー&ラウンジ「ウィスク」

住所:東京都港区海岸1丁目10-30

料金:4,950円 ※15%のサービス料込み

キャンセル料:7日前 ~ 3日前50% / 前日・当日100%

予約:https://www.mesm.jp/restaurant/whisk.html

※2日前の22:00までの予約要

※ご好評につき、8月中は土・日・祝日も提供。

土・日・祝日料金:5,350円(※15%のサービス料込み)


<13種のメニュー詳細>

ハマンの耳/バルトロマイ、シチリア産レモンのシャーベット/小ヤコブ(アルファイの子ヤコブ)、魚の形のミートパイ/アンデレ、チョコサンド/ユダ(イスカリオテのユダ)、マリトッツォ/ペテロ、レバニ/ヨハネ、パン・ド・カンパーニュ(チーズ入り)/イエス・キリスト、クルフィ/トマス、タルタ・デ・サンティアゴ/大ヤコブ(ゼベダイの子ヤコブ)、キュネフェ/フィリポ、ピッザ・マルゲリータ/マタイ、ティラミス/タダイ(聖ユダ)、マハラベイヤ/シモン(熱心党のシモン)

<ペアリングモクテル>

赤ワインのモクテル:グレープジュース、アールグレイ茶葉、イングリッシュブレックファスト茶葉、ラズベリージュース、ジンジャーコーディアル 白ワインのモクテル:マスカットジュース、カモミール、カカオニブ


映画ソムリエ東紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
Instagram:@higashisayumi
Blog:http://ameblo.jp/higashi-sayumi/

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