今回紹介するのは少し暑くなってきたこの季節にぴったりのミステリー映画『ウーマン・イン・ザ・ウィンドウ』。サスペンスの巨匠アルフレッド・ヒッチコックの代表作『裏窓』への愛を込めて制作された作品です。他人がどんな生活をしているのか気になって、時に頭の中で勝手な想像が膨らんでしまう…そんな思考を持つ人におすすめしたい、交わるはずのなかった人生がガラス窓1枚を隔てて交差していく、見ごたえのある人間ドラマです。



あらすじと概要

広場恐怖症というパニック障害を抱え、ニューヨークの高級住宅街の家から一歩も外に出られない主人公アナ(エイミー・アダムス)は、いつしか隣家の様子を覗き見するのが習慣になっていました。

ある日、向かいの家に越してきたジェーン(ジュリアン・ムーア)が夫(ゲイリー・オールドマン)から暴力を受けている場面を目撃します。不審に思ったアナはそれ以降、より注意して隣家を覗くようになり、ある時、ジェーンが包丁で刺された瞬間を窓越しに目撃してしまうのです。

アナの通報によりすぐに警察の調査が始まりますが、その家の住人たちは何も起きていないと主張し、更にジェーンを名乗る別の女性も登場する展開に…。

もともと心の病を患い、薬を酒で流し込んでいたアナは、段々と自分自身のことが信じられなくなっていきます。それでも、なんとか隣家で起きた事件を証明しようと自分を疑いながらも行動に出るのです。



原作はA・J・フィン著のハヤカワ文庫発売のベストセラー。

超豪華実力派キャストが出演し、監督はジョー・ライト(『つぐない』『プライドと偏見』)という鉄壁の布陣です。

言うまでもなく窓から隣人をのぞくという設定はサスペンス・スリラーの巨匠アルフレッド・ヒッチコックの代表作の1本『裏窓』(1954)をオマージュした内容。『裏窓』の主人公はカメラマンでしたが、本作でもカメラのレンズを通して向かいの家を覗くなど、映画の随所にヒッチコックへの70年越しの恋文のような要素が垣間見えて映画好きには堪らない構造となっています。



作品の魅力と、アナの住む家

本音で作品を批評すると、物語の展開はある程度のミステリー映画や本に触れている人ならば、先が読めてしまうかもしれません。それでも、面白みが欠けることはありません。

トリックがわかっていてもその綿密な美しさに触れると、心がはっとする仕掛け絵本のようであり、またタネに触れても楽しめる、わかりやすく言うと古畑任三郎的作品でもあります。



この作品の主人公は、お酒と一緒に薬を飲んでいるために本当のことを言っているのかがわかりません。

家からなかなか出られないというコロナ禍の状況にも寄り添った心理的状況が並行する興味深さ。そして事実と虚構が混ざり合う演出で観るものを振り回す”信頼できない語り手モノ”としての面白さ。それらのシチュエーションに説得力をもたせる徹底した世界観作りが物語を彩っています。

監督のジョー・ライトといえば、どのシーンを切り取っても絵画のような美しい構図の映像美。ゴールデングローブ賞(ドラマ部門)を受賞した『つぐない』では、広いお屋敷とエメラルドのごとく緑が輝く庭など、世界観作りを徹底した映像で、感動の大河ロマンスに仕立て上げた名監督です。

色彩のバランス感覚が絶妙なジョー・ライトは本作でも広いお屋敷に、強い印象の赤と黒、そこに黄色や青の明るい色を散りばめ、アナの抱く孤独を恐ろしく、同時に美しくアートのように見せます。



舞台となる豪華なお屋敷を家という巨大な生き物とするならば、その弱々しい心臓部がアナ自身のようです。不気味に広々とし、住人が少しずつ体液を吸い取られていくかのごとく狂いだします。

精神を患った主人公の心理状態をうまく捉え、主人公の心と空間の広さを映像で巧みに表現し、外よりも家のほうが無限に広がる空間と思わせる演出は見事なものでした。

例えば殺されそうになったジェーンをアナがどうにか救い出そうと家からとっさに飛び出したシーン、広場恐怖症であるアナにとって、家の中よりも外の方が閉塞的な空間になるわけですが、それを真っ赤な傘やカメラワークを利用してまるで外界こそが狭い場所のように感じさせます。

月並みな表現ですが100分間が、そういった緻密に計算された映像によって、あっという間の時間に感じるのです。


自分が正常であること、異常ではないこと。
見えにくいこの時代にこの物語を汲み取る。

この映画のヒロインは、心の病のせいで薬に頼り、日常の苦しみから逃れるため酒をとめどなく飲んでいます。はっきり言ってしまうと、人間として最悪な状態です。

そのため事件を目撃したと発言しても警察からは信用されないまま話は進んでいきます。

このくらい「自分がわからない」状態になると、ある種のキャッチ―ささえ感じさせるヒロインですが、この物語の真の面白さは実はそこにあります。それこそが、だれもが抱える内面の問題にひそかに通じているのです。


「-私は、普通か。普通じゃないのか。」

今の時代は誰だって自分を見失ってもおかしくないと想う瞬間に出くわします。

そのくらい流れが早く、ときにそれは息苦しいほどで、自分を見つけることがもっとも困難な時代です。

SNSを介せば喜びも悲しみもいとも簡単に自分だけのものではなくなってしまいます。

特別なプレゼントも空間も花束も、何であっても、フィルターをかけた瞬間に最初にあった感動とは別の生き物に形を変えている気がしてなりません。

第三者の目に触れ、天秤にかけられたその時点で、何かが霞み、一番宝物にしたかった感情は消失していく。

それは、悲しみだって同じで。辛かった経験は本来なら濁さずに、自分の中で精算されるべきなのに、嵐のような時間の流れの片隅に、ちゃんと向き合うことなく置いてけぼりにされてしまう。

わかっているのに私達は、やめられない。

こんなにも自分自身と対峙することができなくなった世界を生きていると、自分が正常な状態であるか、そうでないか、誰しも自身を見失う可能性がないとは言えないだろうか。

この映画はひとつ、答えを示してくれる。

アナは他人の生活を覗きみるという行為をきっかけに、どんどん自分が信じられなくなっていく。

ベクトルを外側に向けてばかりいると、自分がいつしか薄まっていく。

いつだって答えは自分の中にあることを、改めて忘れないでおきたい。

気を抜いたら外側にばかり目を向けがちな現代を生きる人々におくる暗喩のような作品としてもまた、興味深い作品ではないでしょうか。

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映画ソムリエ 紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
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