大都会で生きるということ


東京で消耗しはじめて、何年経つだろうか?

白状すると、私は東京をどこよりも愛し、何よりも憎んできた。

魅力的な人たち、海外ドラマのセットのような煌びやかな場所…刺激に溢れつつも、そこにいるだけで他者と自分を嫌でも比較してしまう、時に自分のモブ感に辟易してしまう街だ。

自分が何者かを常に求められ、誰でもないことが許されない街。

そして他者を見るとき、家柄、出身の学校、職業…そうしたくないのに自分自身すらも相手にラベルを貼ってしまう街。

それが、東京。

でも本当は、ここに暮らしているのは皆が同じ気持ちを抱えた同士なのだ。

その事実を抱きしめることができた時からいつの間にか私自身、呼吸が楽になった。

今回紹介する映画「あのこは貴族」は、東京で戦うあなたを肯定し、そして背中を押してくれ、自己肯定感を取り戻すことを手伝ってくれる、そんなお守りのような作品だ。



主人公は、2人の女性。

「あのこは貴族」、このタイトルを聞いた時、最初に浮かんだのは女子のマウンティングが露わになるような、どこか突き放したニュアンスを含んだ、差別的な冷たさ。でも、この物語は決してそういうカーストの違いを意地悪に切り取ってはいない。

お互いの違いをそれぞれが認め、環境は違えど共に前進しようとする仲間が増えたような気持ちになるからこそ、想像していた以上に清々しい気持ちをもたらしてくれる。


-あらすじ-

 東京に生まれ、箱入り娘として何不自由なく成長し、「結婚=幸せ」と信じて疑わない華子(門脇麦)。20代後半になり、結婚を考えていた恋人に振られ、初めて人生の岐路に立たされる。あらゆる手立てを使い、お相手探しに奔走した結果、ハンサムで良家の生まれである弁護士・幸一郎(高良健吾)と出会う。幸一郎との結婚が決まり、順風満帆に思えたのだが…。

 一方、東京で働く美紀(水原希子)は富山生まれ。猛勉強の末に名門大学に入学し上京したが、学費が続かず、夜の世界で働くも中退。仕事にやりがいを感じているわけでもなく、都会にしがみつく意味を見いだせずにいた。幸一郎と大学の同期生であったことから、同じ東京で暮らしながらも別世界に生きる華子と出会うことになる。

2人の人生が交錯した時、それぞれに思いもよらない世界が拓けていく―。

監督は初のオリジナル長編『グッド・ストライプス』(2015 年)で新藤兼人賞金賞を受賞し話題となった岨手由貴子。 そして原作は『アズミ・ハルコは行方不明』(2016 年)、『ここは退屈迎えに来て』(2018 年)などが次々と映像化され、女性の生きづらさを切り取ることに長けている作家・山内マリコの同名小説(集英社文庫)。

この物語が秀逸なのは、東京という街に内在するカーストから決して目をそらさずに、ぼやかしたりしなかったこと。外的要因による階級が確実に存在する「東京」をごまかさずに映し出しながら、そこで懸命に暮らす女性たちの心情を繊細に切り取り対比させた点にある。


女同士の強い絆を描いた“女子映画”というジャンルの作品が世の中には幾多もあるけれど、どう足掻いても生まれながら決まった変えられないものがあるというビターな真実や、確かに存在している格差を曖昧にしてきた物語がこれまで多かった。

この作品は、キラキラした女性たちが恋話やファッションや友情に一喜一憂するタイプの映画とは対極にある、女子たちの現実と向き合っている。

追求されたリアリティによる説得力

私は“お嬢様学校”と呼ばれることも多い私立学校に猛勉強の末、高校からの外部生として入学した経験がある。

あるとき、その私立学校時代の友人と、私と彼女の荷物を1つのロッカーに入れるシチュエーションがあった。ロッカーが1箇所しか空いていなかったためだ。

すると彼女はバーキンをぐしゃりとロッカーにつっこみ「この上にさゆみちゃんのカバン載せて良いよ」と私に向かって柔らかく微笑んだのが、今も忘れられない。

SNSでは南国の太陽を思わせる眩しいオレンジ色の箱が大事そうにアップされ、自分の存在価値すらも高めてくれる、ファッションアイテムの域を超えた存在となっている。

でも、由緒正しい“本物のお金持ち”にとっては、それはあくまで「生活するために必要なもの」なのだ。

劇中、東京の一等地で育ち“家柄の良い”家庭のお嬢さんである華子は雨の日に、少しクタっとしたバーキンを持ってレストランに向かう。

その際の鞄は、言われなければ気付かないほどに目立たない。

年季が入っているようにも使い込まれているようにも感じられ、嫌味なく彼女のからだの一部として溶け込んでいたのだ。

他にも、女子たちのお茶会にどこまでもシンプルな服装にヴァンクリのアクセサリーをさらりと合わせ、人によってはアイテムそのものを“主役”にしてしまいがちなコーディネートをあくまで日常的に着こなしている。

持ち物に細やかな神経が回る女性のストーリーだからこそ、セリフにださない部分までも徹底されていて、絶妙なリアリティが見え隠れする興味深い演出ばかりだった。

ちなみに劇中のアイテムはすべて本物とのことなので、嫌味のない上品なファッションにも注目してほしい。

このように、この作品には二者の置かれた環境の違いがセリフはないながらも雄弁に物語っているシーンが多い。

特に私が心に残ったのは東京の街を移動するシーン。タクシーの車窓からぼんやりと外を眺めて車に揺られ移動している華子と、その横を颯爽と自転車をこぎながら駆けるように進んでいく美紀。

何気ない移動手段かもしれないが、このシーンは秀逸だった。

決して交差することはないけれど、2人とも今いる「それぞれ」の場所からちゃんと前進しようとしている“同志”に見えること他ならないから。

「あのこ」はあの子の人生を、「わたし」は私の人生を。

華子を演じる門脇麦さんはこう語っている。

「私達は無意識のうちに世間から、そして自ら自分の人生に線引きをし、それを全うすべく日々を過ごしている部分が少なからずあるのではないかと思います。この物語は、そんな窮屈さを感じながら生きる 2 人の女の子が、少しずつ、自分を解き放っていくお話です。」

あたらしい世界。怯えずに、抱きしめる


詳細を書くことは省くが、映画終盤では華子も美紀も新たな場所に足を踏み入れることで、また異なる自分を見つけていくこととなる。

年齢を重ねるほど、新しい場所に飛び込むのが億劫になるし、できるだけ不安なく傷つく可能性のない安全圏で生きていたいと願うようになるけれど。

けれども新しい自分と出逢うには、まだ見ぬ世界に対して柔軟でいることが大事なこと。

そんなメッセージが新たな春がすぐそこまでやってきている季節に、どこまでも心地良く、胸に残る。

手に取るように伝わる東京のリアルさが随所に散りばめられたこの物語は、私もこの街の一員であることを突きつけられ、決してただの傍観者にはさせてくれない。だからこそ、自分の人生と対峙せずにいられなくなる秀作だ。

あのこは貴族

2021年2月26日(金)全国公開

監督・脚本:岨手由貴子

出演:門脇麦 水原希子 高良健吾 石橋静河 山下リオ 佐戸井けん太 篠原ゆき子 石橋けい 山中崇 高橋ひとみ 津嘉山正種  銀粉蝶

原作:山内マリコ「あのこは貴族」(集英社文庫刊)

配給:東京テアトル/バンダイナムコアーツ

©山内マリコ/集英社・『あのこは貴族』製作委員会

公式サイト: anokohakizoku-movie.com

公式Twitter:@aristocrats0226

公式Instagram:@aristocrats0226

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映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)

1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。

HP:http://higashisayumi.net/
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