東京画廊の代表取締役社長でありアートフェア東京のシニアアドバイザーを務めている山本豊津さん、アートやファッション関係の法律に詳しい弁護士でありアートコレクターでもある小松隼也さん。旧知の仲というお二人にアートの資産性についてお話をうかがいました。


アートを購入することで

人とのつながりが広がる

—まずは日本のアートマーケットの現況について教えてください。

山本「実際に購入される人は増えていると思いますね。特に若い世代と女性。今まではアートというと男性が中心でしたが、最近は女性がアートを購入することが多くなってきていますね」

小松「僕がアートを購入するようになってから9年ほど経ちますが、当初よく会うコレクターの方は50代、60代の男性が中心でした。同世代はほとんどいなかったんですけど、ここ3年ほどで20代、30代の方が増えた印象です。年末にコレクター仲間で忘年会をしたのですが、女性の方もかなり多かったですね」

—なぜアートを購入する若い世代や女性が増えているのでしょうか。

山本「ひとつは、自分の所得を自由に使える女性が増えたということがあると思います。家庭に縛られず、仕事をする女性が増えてきていますよね。女性は意外と高額なものをポン!と買う度胸がある。極端なことをいうとマンションまで買っちゃいますから(笑)。男性にしても、僕たちの代は独身時代にある程度お金ができたら購入するのは自動車でした。でも、今の時代は自動車に価値をあまり置いていない。車を持つよりはアートを持とうと趣味・嗜好が変わってきています。そして、みんなアートがそれほど高くないということを知るようになっていると思います」

小松「確かにそれはありますね。コレクター仲間と話していたのは、SNSの影響も大きいんじゃないかと。展覧会に行った人が写真を撮ってSNSに投稿することも多いですし、それがきっかけで来ましたっていう人も結構いるんですよね。作家本人も投稿していますし。これまでは、ギャラリーに所属していない学生や20代の作家の作品に触れ合う機会はほぼなかったんですが、そういう人の作品を知る機会が一気に増えました。直接連絡を取ることもできるし、作品も比較的購入しやすい値段だったりするので、SNSから入って興味を持つ人が増えたという印象がありますね」

—アートを所有することの価値はどういった部分にあると思いますか?

山本「日本の現代美術の歴史を振り返ると、購入する人たちの多くは製造業のトップでした。製造業は新しい商品を作らないといけないから常にアイディアが欲しい。そのアイディアを得るためにアートが重要な役割を担っていたんです。アートそのものからもらうアイディアもあれば、アートを通して価値観の違う他者と出会うことで、次の時代の製造業に活かすヒントを得ていました」 小松「分かります。作品を購入するとアーティストとのつながりが生まれたり、そのアーティストの個展でコレクターの知り合いができたり。趣味・嗜好が似ている人と出会うことで仕事になることもあるし、飲みに行ったり、人を紹介したりして、アートを通じてたくさんの人と関係性を築くことができるのはすごく楽しいですね。あとは、海外だと完全に投資目的で購入する人も多いですね。インサイダーもないし、信頼で購入できるし、物としては大きくない。なによりも世界市場です。こんなに規制がない投資対象はない、という訳です」

山本「経済を成長させようと世界中が貨幣を刷ってきたけれど、世界的には今、貨幣が余り過ぎている状態。僕はそれがアートに落ち着くのが、平和で一番いいと思っています。例えば軍事費に充てることもできるけれど、戦闘機を5機、500億で購入しても、何年後かには役割を終えて価値がなくなります。一方、同じ金額でレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画を購入して、資産として残す。どちらを選びますか? そういう考え方もあるのではないでしょうか。ほかの投資にしても、株券は見ていても豊かな気持ちにならないですよね。10億や100億のダイヤモンドや宝石を買っても、実際に身に着けることは難しいでしょう。実際に楽しめて、心も資産も豊かになるという意味ではアートの右にでるものはありません」

—海外では投資目的でアートを購入する方が多いとのことですが、そもそもアートの資産価値はどのように決まるのでしょうか。

山本「美術史の中でその絵がどういう位置にあるか、どれだけの人が知っているかという客観的な評価が資産価値にすごく影響します。例えば5万円だったものが美術館にコレクションされると50万円になる。それから10年経てば500万円になる。海外からも認められるようになるとまた価値は上がります。例えばピカソ。世界中の美術館にあって誰もが知っているので資産性は高く、買うのは安全です。日本で言えば浮世絵が一番有名で大きな値崩れはしません。現代アートを購入するということは、評価される前で将来すごく大きな資産価値をもつ可能性を秘めたものを購入するということ。僕の画廊で扱ったことがある白髪一雄の絵は500万円だったものが40年後には6億円になりました。大事なのは最初に500万円で買うかどうか。それを見抜く目力ですね。今5億円の絵を買っても500億にはなりにくいでしょう」

小松「コレクターとしては、そこにどれだけ早く気付けるかを競い合っている感じですね。それが面白いです。たまに美術館と取り合いになることもありますしね」

山本「ありますね」

小松「ギャラリーとしては美術館にコレクションして欲しいという思いがあるので、そこをどう説得して自分への信頼を高めて売ってもらうか。他のコレクターとの勝負という側面もあって競争原理的な面白さがありますよね。そういう絵を持っている人は、『早くから目をつけていてすごい』『いい目を持っているな』と、すごくリスペクトされるんです。最終的に美術館に寄贈するとさらにリスペクトされるようになります。『自分でお金を出して買ったものをみんなが観られるようにしてくれた!ありがとう!』って。主観的に絵が魅力的だとかコンセプトに共感できるとか作家が好きというのが現代アートの楽しさの半分だとしたら、もう半分はこういう競争や社会的な信頼、リスペクトを得ることにあると思っています」

—日本でアートが投資対象になりにくいのは理由があるのでしょうか。

山本「製造業の勢いが落ち着いて、日本は、今あるものを資産として活用していく時代になりました。例えば自然。放っておいても資産にはなりませんが観光という活用を入れることで資産になります。それと同じでアートにも活用となる制度・インフラが必要なのですがまだ整っていない。今、小松さんも含めて文化庁と一緒に考えているところです」

小松「海外の場合は若い人でもアート作品を購入して、何年か楽しんだ後に美術館に寄贈したりしています。それは美術館に寄贈すると税制優遇が大きいから。結果的には購入した自分も得して、作品も多くの人に見てもらえて、たくさんの人が美術館に来て、三方良しになるんですね。そういった出口があれば投資対象になりやすくなりますよね。アートをマーケットとしてみる人が増えることで、これまであまり目にすることがなかった若い作家や巨匠を感じさせる中堅の作家の作品が世に出る機会も増えるだろうし、そうなると純粋に絵を楽しんでいた人のマインドも変わってくると思います。そういう意味では、アートマーケットはとても成長性があると思いますね。日本のアートはクオリティが高いですから。気づいていない人たちが気づいたら……」

山本「ものすごく伸びる可能性はあると思います」

まずは1点、
少額で買えるものから


—これからアートを楽しみたいという人も多いと思います。そういう方々へのアドバイスをお願いします。

小松「3万円でも、5万円でもいいから1つ気に入ったものを見つけて購入して、それを家に飾ってみてください。そうしたら転がり落ちるようにはまっていきますから(笑)。あそこにも何かかけたいなとか、この人の次の作品を観てみたいなとか、欲がでてくるんですよね。1つ決まれば、世界が広がっていくので楽しいと思います」

山本「最初の1点を買うことは入会金だと思えばいいんですよ。買ったことがある人とない人とではコミュニケーションの仕方が変わりますから。1点買うと自信がついて、ギャラリーなどに行っても、いろいろな人とコミュニケーションしやすくなると思います」

小松「最初のきっかけをどれだけ探し出せるかですよね。そういう意味では、ギャラリーのハードルが高いようなら、世界からたくさんの作品が集まるアートフェアはおすすめですね」

—お二人ともアートフェアには馴染みが深いと思うのですが、お二人ならではの楽しみ方があればこっそり教えてください。

小松「本質的な楽しみ方ではないかもしれないですけど、アートフェアに行くと毎晩パーティがあるんですね。ギャラリー主催だったり、コレクター同士で集まったり。ギャラリストの方と飲みに行くこともあって、みんな酔っ払っているから、面白い情報がバンバン飛び出すんですよ(笑)。『小松くん、アレ買った?絶対上がるから買っといた方がいいよ』って。それは楽しみの1つですね」

山本「これね、もっとも正しいアートの買い方ですよ。僕たち画商の仕事は情報産業だからね。昔はね、コレクターは画商が何を話しているのか耳をそばだてて聞いていたんです。やっぱり僕たちはプロだから」

小松「それはもう、画商の方の目は全然違いますよね。パーティに行くには招待状が必要な時もあるのでコレクターの友達に誘ってもらうとか、ギャラリーの人と信頼関係を築いた上で誘ってもらうのがいいと思います。あと、僕が初めて行く人におすすめしているのが、実際に買えなくても自分が100万円を持っていたら…と具体的な予算を決めて買うのを想像しながら1日会場をまわってみることです。買う目線で観るのとただ観ているだけでは見方が断然変わるので、面白かったって言われることが多いですね。で、結局買っちゃうんですよね(笑)」

山本「僕の場合は、あえて誰も買えないなって思うものを探すんです。これはピカソから学んだことなのですが、青の時代の絵を観て、自分がもし当時の画商だったら扱ったかどうか考えると、暗い雰囲気があってお客様にすすめられる絵じゃないと思ったんです。でも青の時代の絵はピカソの代表作になっていますよね。だから、あえて買えないなって思うものを買う。こんな買い方している人は他にいないと思います」

小松「いないでしょうね(笑)」

山本「また、これからはヨーロッパの資本主義が拡大していく先、ルーマニアとかチェコ、スロバキア、チュニジアもいいと思います。有名だから買うというのは僕には意味がないこと。今これを買っておかないと若い人たちと会話ができないんじゃないか、と思わせてくれる作品を買うようにしています。絵を理解するという以前にね。理解するのは過去の自分でしかないから、僕自身は新しくならないでしょ。これが現代美術ならではの楽しみ方でしょうか」

プロフィール

山本 豊津

東京画廊 代表取締役社長 。1971年、武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業。2014年より4年連続でアート・バーゼル(香港)、2015年にアート・バーゼル(スイス)へ出展。全国美術商連合会常務理事を務め、多くのプロジェクトを手がける。

小松 隼也
三村小松法律事務所 代表弁護士、アートコレクター。2015年Fordham University School of Lawにてアートローとファッションローを専攻し卒業。帰国後は現代美術商協会の顧問や文化産業振興協会の理事などを歴任。

取材&文・森國美代

撮影・古本麻由未

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