生活様式が大きく変化するなか、住居や職場の在り方もこれまでとは変わってきています。自分が暮らす場所、また働く場所について改めて見つめなおすことが増えた今、様々な分野で活躍する方に生活スタイルと結びつきの深い空間について今感じていることをお伺いしていきます。


今回ご登場いただくのは東京と広島を拠点に、複合ショッピング施設やホテルなど幅広い分野の建築、デザインを手掛ける建築事務所SUPPOSE DESIGN OFFICE(サポーズデザインオフィス)代表の吉田 愛さん。事務所であり、誰でも利用できるカフェでもある「社食堂」という空間について、また現状の吉田さんの生活や仕事への思いについてもお話しいただきました。



仕事と生活がグラデ―ショナルに交差する場所

―「社食堂」はどのように生まれたのでしょうか。

3年前(2017年4月)、これから仕事と生活がもっとボーダレスになっていくんじゃないかと考えて、それが交わったような場所を作りたいと思いました。普通の事務所だと社員食堂はここ、オフィスはここと分かれますよね。「社食堂」は、はっきりとラインをひかないことで、職場とカフェがグラデ―ショナルになって、仕事と生活が同時に体験できる場になっています。 本も置いてあるのでライブラリーという意味もあるし、壁面をギャラリーとして使うこともあります。たまにスナックになることもありますよ(笑)。ミラーボールをつけて、音楽を変えるだけでも雰囲気が変わるんです。

「社食堂」を作った頃は、ちょうど世間が働き方を見直し始めた時期で、オフィスの設計を頼まれることが増えていました。社員同士でもっとコミュニケーションを取りたいとか、居心地のいい職場にしたいとか様々な要望があるんですが内装だけ作ってもそうはなりません。でも、そこに食べ物があれば人が集まって話しやすい雰囲気になる、本を介在に話題を増やすことができるなどソフト面で要望を叶えられる部分があるんです。「社食堂」はそれを提案するリアルポートフォリオという意味合いもありますね。図面だけではなかなか伝わらないですが、来てみたら「意外と成立するんだ」と気づく方は多いです。

―仕事中に周囲の話し声が聞こえて気になりませんか?

声は聞こえます(笑)。でも、集中したいときは、ちょっと奥まった場所に移動して距離を取ることで意外と解決します。外にも席があるので、デスクトップごと移動して仕事をするスタッフもいますよ。職場と食堂を分けないと問題が起きるんじゃないか、という指摘もたくさんもありますが、新しい解決方法も一緒に提案することで新しい場所を生み出していくんです。

―“食堂”にしたのはなぜですか。

きちんと食べて、いいクリエイションを生んでいくという基本に立ち返りたいという思いがありました。そもそも、この「社食堂」を始めるまでは、本当に忙しくて。ものづくりって終わりがないから、設計事務所で働いていると長時間労働になって不規則な生活になりがちなんです。でもスタッフのためにも自分のためにも、食に向き合おう、と。食の循環って自然に近いものですし、本来みんなが考えるべき身近にアウトプットできるもので共感できるものだと思ったんです。食事をして「おいしい」というのは、国も言葉も関係ないコミュニケーションツールになるんですよね。

―この生活と仕事のボーダーがなくなって良い関係になるというのは、いまの世間の考え方にも合っていますね。

空間に限らず、今後もいろんなことがシームレスになっていくのではないでしょうか。仕事も一つにこだわらず、私自身も建築をやりながら飲食もやっていると、一方で得た体験がもう一方へフィードバックされるという相乗効果があります。建築もハードだけではなく、それ以外に価値が見出されてきているのは実感しているところです。



建築を通して新たな価値を生み出し続けたい

―「社食堂」をはじめ数多くの作品に携わられていますが、仕事をするうえで大切にされていることは何ですか。

価値創造・価値変換がしたいんです。建築とかデザインはその手段ですね。例えば、千駄ヶ谷駅前の公共トイレのデザインをしたのですが、公共トイレってちょっと怖いし汚いイメージがあって、本当に究極じゃないと行きたくないという場所ですよね。そうならないために、暗くて床が濡れていて汚そうとか、知らない人に見られそうとか、換気が悪そうとか、そういったネガティブな部分を発想で変えることができるんじゃないかと考えたんです。

そこで、トイレのブースを真ん中によせて、周りは大きなコンクリートが浮いているようなデザインにしました。そうすると、足元が見えるので、中に人がいるとわかる安心感があり、風通しもよくなって、トイレの中に自然が入ってくるんです。また、コンクリートの間にスリットを入れて、教会のように光が差し込むようにしました。

風や太陽などの自然はいつもそばにあるものですが、当たり前のことで気がつかないですよね。閉じ込めた空間に一筋光が入ってくると、その光の変化ややわらかさ、時間や季節を感じることができるんです。影があることで光を感じることができて、みんなが重いと思うコンクリートの塊が浮いていることで浮遊感を感じさせる。そういう逆の発想で価値観とか常識を変えられるんじゃないかと思っています。

―ご自身もテレワークをされていましたが、そこで何か感じることはありましたか?

自粛期間中に「社食堂」を休業することになって、ゲストハウスを作ろうと思っていた鎌倉に住んで仕事をしてみました。庭があって裏山があるんですけど、テラスに椅子を置いていたら、数時間でツタが生えてきて、自然が生きて循環していることも感じられました。もともと建築を考えるときに、中と外を隔てる中間部分にここちよい空間があるんじゃないかと考えて、実際にそういった空間を創ってきましたが、さらに自然と共存していきたいと思うようになりました。

また、雑談など人と会わないとできないこともあるなと感じました。みんなで一緒にいることの大切さや意味に気づいた一方で、会わなくても移動しなくてもできることもたくさんあるんだと、その両方に気づいたので最適解も今後見つけていけるんじゃないかなと思います。生活を犠牲にせず、仕事も生活も両方あきらめない方法を作っていきたいなって。

―今、家でお仕事する方も増えていますが、空間を心地よくする工夫はありますか?

空間の快適さって、広さで測りがちですが、香りも重要なんじゃないかと思っています。実際、いまアロマキャンドルやお香も需要があるそうです。ラグジュアリーなホテルと汚い部屋でいるときと立ち居振る舞いってかわりますよね。それと同じことが香りでも起こるんじゃないかと。上質な香りだったら、リラックスして思考力も高まる、嫌な匂いの場所ではその逆に。香りで気分を変えるのはおすすめですね。

あと、私の場合は常にお風呂をわかしておいて、ちょっとした隙間時間にお風呂に入っています。会議の合間の10分でお風呂に入るって、なんとなく優越感もありますよ(笑)。都心ではなかなか難しいと思いますが、ベランダに七輪を置いてきのこなどを焼いて食べることもあります。そういう、気持ちいいことが家にいるほうが気軽にできるんじゃないかなと思います。

―最後に今後の展望や、やりたいことを教えてください。

換気の重要性が高まっていることで、今まで外と中で人が乖離していた部分がもっと近づいてくるんじゃないかと思って、“快適な外”はどうすれば創れるのかを考えているところです。暑い、寒いとか、虫がいるなどの問題がなくなれば外ってとても快適ですよね。中と外の境目のグレーゾーンってすごく魅力的なんですよ。白か黒かはっきりしない、グレーにもいろんなグレーがあるはずで、それを考えるのは楽しいですね。

また、広島にホテルを兼ねた事務所を計画していて、事務所をリノベーションしているのですが、当初の計画時から大幅に状況が変わってしまいました。自分たちの気持ちも、ホテルはもうダメかな、人が集まる場所っていらないのかな、でもやっぱり人とつながりがほしいよね…と日々変化して。だからこそ、最低限のものがあって、未完成な場所にしていくといのが今の時代にはあっているのかなと思います。木の幹だけあって、枝葉はあとからついてくるような。全部作りこまない、余白があるものを今は作りたいですね。

吉田 愛

1974年広島県生まれ。1994年穴吹デザイン専門学校卒業後、デザイン事務所などを経て、2001年専門学校の同級生であった谷尻 誠氏が立ち上げたSuppose design office に参加。2014年にSUPPOSE DESIGN OFFICE Co., Ltd. 設立し共同主宰となる。https://suppose.jp/


社食堂

だれもが気軽に訪れることのできる「社員+社会の食堂」。山椒が効いた人気のキーマカレーはレトルトカレー「どこでも社食堂」としても販売中。

DATA

東京都渋谷区大山町18-23 
TEL:03-5738-8480
営業時間:11時~21時 
(※2020年11月現在は時間短縮、不定休にて営業。くわしくは公式フェイスブックをご覧ください)
定休日:日曜日(祝日不定休)
https://www.facebook.com/shashokudo

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