日本とヨーロッパ、それぞれのアートの歴史を語るのに欠かすことのできない2つの潮流を、比較して楽しむことのできる展覧会がやってきた。場所は東京・京橋のブリヂストン美術館を受け継いで2020年に開館したアーティゾン美術館。展示される日本側の代表は「琳派(りんぱ)」、そしてフランスを中心にしたヨーロッパ側の代表は「印象派」だ。

2020年に開館したアーティゾン美術館 3層吹き抜け

「琳派」と「印象派」どちらも名前は聞いたことがある、という人が多いのではないだろうか。もしかしたら「印象派」のほうが少し有名かもしれない。

まず「琳派」は、主に江戸時代の京都と江戸を中心に広がった美術の潮流だ。「琳」とは「琳派」を象徴する画家・尾形光琳(おがたこうりん)の名前からつけられたのだが、その源流はといえば、光琳より約1世紀ほど前の画家で、同じ京都の俵屋宗達(たわらやそうたつ)や本阿弥光悦(ほんあみこうえつ)にさかのぼる。

江戸時代の美術界には、茶道のように師匠から弟子に伝えられる「家系」のような流派が多かった。しかし「琳派」は、尾形光琳が時代を超えて宗達や光悦に学んだように、先人の業績へのリスペクトによって受け継がれたところが独特だ。尾形光琳の仕事は、今度は場所をさらに半世紀後の江戸に移し、酒井抱一(さかいほういつ)や鈴木其一(すずききいつ)によって引き継がれる。創始者としての俵屋宗達と本阿弥光悦、それを見いだし発展させた尾形光琳、さらにそれを江戸に広めた酒井抱一と鈴木其一。この大きな流れを知っておくと「琳派」が理解しやすくなりそうだ。


見逃せない、俵屋宗達ふたつの大作。

アーティゾン美術館で開催の『琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術』。その最大の見どころは、俵屋宗達の代表作であり、「琳派」はもとより日本美術史上でも傑作といえる2つの作品《風神雷神図屛風》と《舞楽図屛風》だろう。どちらも有名な作品で、特に風神雷神図は誰もがどこかでそのイメージを目にしたことがあるに違いない。なにしろこの宗達の作品の素晴らしさに感化され、後世の尾形光琳、そして酒井抱一も、ほぼ同じ構図で風神雷神図を描いていて、3点ともが「琳派」を代表する名作なのだ。

俵屋宗達《風神雷神図屛風》江戸時代 17世紀 建仁寺蔵(国宝) (後期のみ展示:2020年12月22日[火]ー2021年1月24日[日])

今回展示される宗達の《風神雷神図屛風》は、わが国の国宝に指定されている。金箔を使った背景、両脇に雷神を置いて対峙させ、中央に大きな余白をおいた大胆な構図、そしてまとわりつく雲には墨に銀泥を混ぜる「たらし込み」と呼ばれる技法で柔らかな雰囲気を出すなど、宗達本人や「琳派」に特徴的な表現が見られる。筆者は、2018年にこの作品がフランスに渡った際にパリで見る機会を得たが、実物のリアルな迫力と繊細さは何ものにも代えがたい。

俵屋宗達《舞楽図屛風》江戸時代 17 世紀 醍醐寺蔵(重要文化財)(前期のみ展示:2020 年11 月14 日[土]ー12 月20 日[日])

《舞楽図屛風》(重要文化財)は、同じく金箔を背景にしながら、そこに平安時代に栄えたという「舞楽」の舞人たちを絶妙なバランスで配置した静かな緊張感のある作品だ。衣装のあざやかな極彩色が美しく、それぞれ舞の一瞬をとらえた表現は風神にも似た臨場感を与えている。

この二作品は、展覧会の前期(《舞楽図屛風》)と後期(《風神雷神図屛風》)に分かれて展示される。ほかにも多数の作品が入れ替わることもあり、それぞれに訪れることをおすすめしたい。

尾形光琳《孔雀立葵図屛風》江戸時代 18世紀 石橋財団アーティゾン美術館蔵(重要文化財)

このほかにも、アーティゾン美術館の新収蔵作品となった尾形光琳の《孔雀立葵図屛風》、俵屋宗達が下絵を描き、その上に本阿弥光悦が和歌を記したコラボレーション作品など、「琳派」を代表する作品が出展されている。


都市の日常、暮らしの歓びを表現した「印象派」。

日本の「琳派」の特徴は、その絵画のスタイルばかりでなく、それが京都や江戸の「町人文化」として生まれ、育まれたことにある。俵屋宗達や尾形光琳も、大名などのお抱え絵師ではなく、主に町衆と呼ばれる京都の富裕層や公卿を顧客にしていたという。

一方フランスでも、革命が終わったあとの19世紀頃には経済的に自立した市民階級が増え、それまで王室や貴族、あるいは教会などに支えられてきた美術の世界が、都市の文化の中で育まれていくことになる。絵画のモチーフも、画壇で主流だった神話や歴史物の世界から、新しい顧客や画家たちにとって身近な、都市の日常や風景画や静物画、自分たちの肖像画などが好まれ、描かれるようになっていった。さらにここに、1830年代に誕生した写真の影響や、パリ万国博覧会で遠い東洋からやってきた日本美術、いわゆる「ジャポニスム」の衝撃、そして近代化で変化する人々の暮らしや風景の変化などが重なって、絵画の世界が多様化していく。

エドゥアール・マネ《白菊の図》1881年頃 茨城県近代美術館蔵

1800年代を通したこうした変化が、やがて「印象派」を生みだすことになる。「印象派」の絵画は日本でも早くから知られ、見慣れてしまったせいか、なかなかイメージできないが、当時はこうした「日常」をアートのモチーフにすること自体が新しいことだったのだ。

マネ、モネ、ドガ、ピサロ、ルノワール、セザンヌといった印象派の画家たちは、変わりゆくパリを描き、大衆文化を描き、生活や自然の中で目にした一瞬のきらめきを「絵画」というメディアにおさめようとした。この展覧会では、印象派の有力なコレクションで知られるアーティゾン美術館の所蔵品を中心にした数々の展示を通じて、この時代の空気、美術家たちの「まなざし」を感じることができる。

カミーユ・ピサロ《ポン=ヌフ》 1902年 公益財団法人ひろしま美術館蔵

下の《バルコニーの女と子ども》を描いたベルト・モリゾは、印象派を代表する女性画家。マネの絵画のモデルとしても知られる。彼女はとりわけ、母子や幼児など、都市に生きる人々を明るく奔放なタッチで繊細に描いた。この作品は1872年のもの。ちょうど「パリ大改造」によって街が近代都市に生まれ変わっていた頃で、その風景をバルコニーから見つめる母子の姿が描かれる。

ベルト・モリゾ《バルコニーの女と子ども》 1872年 石橋財団アーティゾン美術館蔵

クロード・モネ《睡蓮の池》 1907年 石橋財団アーティゾン美術館蔵

こちらは、見てすぐにわかる通り、クロード・モネの作品《睡蓮の池》。1840年に生まれた彼はパリで画家としての道を歩み始め、変化し続ける都市の風景を描いていたが、やがてその郊外へと居を移し、1883年にはパリからセーヌ川を北西に80kmほど下った村・ジヴェルニーに終の棲家を見つける。水と緑が美しい農村の土地で、画家は庭づくりに熱中。1899年頃からは自ら造営した「水の庭」にある睡蓮を本格的に描き始め、1926年に86歳で亡くなるまで目の病気を患いながらもそれを描き続けた。

ちょうど上の作品を描いた頃に美術評論家に宛てた書簡に彼が書いた言葉が象徴的だ。

「水と反映の風景に取りつかれてしまいました。年老いた私の手には負えないものですが、感じているものを何とか描き出したいと思っています」。

まさしく、常にその姿を変える景色の美しい一瞬、それを感じた自分の「印象」を残したいという思いがたどりついた境地ということがいえるだろう。

日本とヨーロッパ美術との関わりといえば、これまで「ジャポニスム」の影響から語られることが多かった。それをこの展覧会では、京都、江戸(東京)、パリを中心に、東西の都市における文化が生みだした、大都市ならではの美意識の到達点を比較し、見渡そうとする。表現方法はそれぞれ違っても、人と文化が集まった都市の中で美術家たちは何を思い、何を描いたのか。時代背景やそこに生きた人々を想像しながら作品を見ていくと、楽しさも変わってくるはずだ。


琳派と印象派 東西都市文化が生んだ美術

会場:アーティゾン美術館

会期:2020年11月14日(土)〜2021年1月24日(日)

   前期:11月14日(土)〜12月20日(日)

   後期:12月22日(火)〜1月24日(日)

   ※本展では展示替えがあります。展示期間をご確認のうえ、ご来館ください。

開館時間:10:00〜18:00 ※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日(11月23日、1月11日は開館)、11月24日、年末年始(12月28日〜1月4日)、1月12日

チケット購入へのリンク・詳細はウェブサイトへ

https://www.artizon.museum

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