2020年に入り、世界的に流行している新型コロナウイルスの影響で世間が、世界が、大きく揺れています。
こういった世情の中、元に戻ることを願うのではなく、新しい道を切り開いていく姿勢がいよいよ重要となってきました。
「また元通りの日常がやってくるかもしれない」
そう思う日もあるけれど、新しい時代を前向きに捉えるほうが賢明かもしれません。
そして、そんな未来に向けて“ポジティブな覚悟”を決めさせてくれる映画と出逢いました。
ミシェル・オバマ元大統領夫人の著書「マイ・ストーリー」は全世界で45の言語に翻訳され1000万部以上の売り上げを記録し、世界中の女性たちの心を魅了しました。
今回ご紹介するその本と同タイトルの映画「マイ・ストーリー」は、出版ツアーに密着したドキュメンタリー。
読者との交流の様子や握手会の様子を追いかけ、飾らないありのままの夫人の姿を映し出したこの作品は家族や友人へのインタビュー、貴重な舞台裏映像などを織り交ぜながらも、弁護士からファーストレディーへと転進していく生き様に迫ります。
ミシェル・オバマは1964年、シカゴに生まれました。先祖には奴隷もいたという労働者階級の家庭に生まれ育った聡明な少女は、プリンストン大学とハーバード大学で学び、法律事務所で知り合ったバラク・オバマと結婚。2009年から2017年まで初のアフリカ系アメリカ人のファーストレディーとして、非営利団体などに勤務しながら夫の政治活動を支えました。
圧倒的な努力で勉学に励み、トップクラスの大学に入学し、いつの日か世界中から注目される人物となっていくその姿は、まさしくアメリカンドリームの体現者。
映画に登場する出版記念ツアーはロックスターのライブのようなスケールの会場で行われ、彼女の人気が伝わってきます。
学歴もキャリアもパーフェクト、そして何と言ってもファーストレディーをつとめた女性。自分とは全く縁のない遠い存在のような気がしませんか?
でも、このドキュメンタリーを観るうちにその気持が変わっていくので不思議です。
母として、妻として、誰かの娘として、信念を持って働く女性として…。
ミシェルの持つ“いくつもの姿”に迫っていくからこそ、彼女との共通点を見つけることができ、いつしか彼女が身近な友人のように思えてきます。
ミシェルの“神対応”から学ぶコミュニケーション術
彼女の行動からビジネスでのお手本にしたい部分もたくさんあります。
出版記念の握手会のシーンでは、誰とでもすぐ打ち解けるためのヒントが、たった数秒間に垣間見えます。
「大切なのはひとりひとりを受け入れること」と語るミシェルは、一瞬のうちに多くの人と感情を通い合わせます。数秒程度の握手会に思いのたけを詰め込んでくる来場客。
お腹の大きな妊婦とのやりとりでは
女性「あと4週間で出産するの」
ミシェル「性別は?」
女性「女の子よ」
ミシェル「強い子になるわ」
と笑顔で励ます。
また、とびっきりのオシャレをしてきた女性には、
ミシェル「私のためにその服を?」
と何も言われなくても察知して、深く感謝する。
そしてグラフィックデザイナーを目指す男性には、
ミシェル「すごいわ、夢を追い続けてね!誇りよ!」
と勇気付ける。
さらにはミシェルに会えたことで大号泣のあまり言葉をなくしてしまった女性には、
ミシェル「私まで泣いちゃう!きれいにメイクしてもらったんだから」
女性「泣くなんて予想外。ごめんなさい!」
ミシェル「じゃあ一体、何しにきたの?(笑顔)」
と周りを笑わせて、会場を沸かせる。
優雅でウィットに富んだコミュニケーションの宝庫ですが、その秘訣は、相手に興味を持つ姿勢だと伝わってきます。 相手に寄り添い、包み込むような視線で興味の矢印を相手に向けるミシェル。
SNSで発信する人が増えた現代、セルフ・プロデュースを重視しすぎるあまり、知る努力よりも知ってもらう努力ばかり大事にしている人が増えていると感じます。
だからこそ、ミシェルのどこか懐かしいコミュニケーションは心に染み、彼女が支持される理由が見えてきます。聞く力という言葉は使い古されていているけれど、それよりもさらに踏み込んだ「寄り添って、包み込む力」があるのです。
リーダーになるべき存在って、実は「話を聞きたい人」以上に「話を聞いて欲しくなる人」なのかもしれないと気付かされた瞬間でした。
自分が周囲をまとめる立場になった際に、ヒントとなるエッセンスにも触れられます。
ミシェルを魅了する人物像とは…
3日間で3都市開催される予定の出版記念ツアーにおいて、もっとも重要になる司会者を選出する場面も印象的でした。
このシーンには今後、社会で求められるパーソナリティーが見え隠れしているから興味深いんです。
MCを選出するシーンではセス・マイヤーズ、コナン・オブ・ライエン、そして意外にもジャスティン・ビーバーの名前まで並ぶ中、ミシェルはこう述べます。
「好奇心旺盛でエネルギーに満ちた人がいいわ」と。
影が濃いほど、明るい部分の光は輝きを増すもの。だからこそ、これからの時代はさらにエネルギッシュで情熱を持った人のパーソナリティーというのは重宝されていくと確信します。
例えば、映画ソムリエの私が割と出会うのは「洋画派」「邦画派」と自身で観るジャンルを決めつけている人。好みはあっても自分で自分を決めつけてしまっていることはもったいないと思いますが、こんなふうに何気ない日々の選択肢でも自身で勝手に枠を作っていることが意外にもあったりするものです。
好奇心と人間のエネルギーというのは、比例していきます。だからこそ、知らず知らずのうちに興味の蓋をしてしまっていることを改め直そうと、価値観が喚起されました。
好奇心旺盛でいることなら、本来誰にだってできるのだから。
目まぐるしく変化する環境下でも、普通と変わらないように過ごすことを努めたミシェルのエピソードも心に響きます。
例えば、タキシード姿の人がお手伝いしてくれる生活に、娘たちが慣れてしまってはいけないと思い、ホワイトハウスでの服装規定を変え、さらには清掃員にベッドメイキングを毎日やらないように頼むのです。
しかし、尊敬に値する人格を持ったミシェルですらホワイトハウスに入った後も一部では、不当な差別にあい続けたといいます。
他人に中傷された時はどうあるべきか、彼女の答えは、
「いつも通り仕事をこなすだけ。仕事と人生が証になるから」。
相手を変えようとせず、淡々と歩みを止めず、生き方で人生の証明をしようとする力強いその姿。焦らず、止まらず、まっすぐなその生き方に触れると、私の頭の中の凝り固まっていた何かがほぐれていきました。慣れ親しんだ古い友人から、私の人生までも肯定してもらえた気分です。
Netflix映画『マイ・ストーリー』独占配信中
映画ソムリエ 東 紗友美(ひがし・さゆみ)
1986年6月1日生まれ。2013年3月に4年間在籍した広告代理店を退職し、映画ソムリエとして活動。レギュラー番組にラジオ日本『モーニングクリップ』メインMC、映画専門チャンネル ザ・シネマ『プラチナシネマトーク』MC解説者など。
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