「ムーミン」と聞いて、あなたはどんなイメージを持つだろうか?
「かわいい」「懐かしい」「愛らしい」・・・そう思ったとき、頭の中に浮かんでいる「ムーミン」像は人それぞれで違うかもしれない。絵本、漫画、いくつかのTVアニメ、そして今年4月から日本で放映がはじまったCGによる最新の映像まで。「ムーミン」のバージョンは日本だけでなく海外にもたくさん存在し、それぞれで少しずつ顔立ちやストーリーが違っていたりする。
世界に広がるこの「ムーミン」に、オリジナルがあることはご存じだろうか。「北欧フィンランドの物語」だということを知っている人は多いかもしれない。しかしその原作や原画まで見たことがある、という方は少ないはずだ。
六本木の森アーツセンターギャラリーで開催中の展覧会「ムーミン展 THE ART AND THE STORY」は、フィンランドの芸術家、トーベ・ヤンソンが生みだした元祖「ムーミン」の世界を紹介。いま、幅広い世代の人々の話題を集めている。
「ムーミン」の生みの親、トーベ・ヤンソンは1914年にフィンランドの首都ヘルシンキで生まれた。彫刻家の父とグラフィックアーティストの母というアーティスト一家の娘として自然に絵を描くことを覚え、15歳からは早くも雑誌やポストカードのイラストレーターとして仕事を始める。10代後半から20代にかけては母国フィンランドやフランス、イタリアで芸術を学び、画家としての地位を確立していったという。
「ムーミン」の誕生には、興味深い逸話がある。
フィンランドの中でも数少ないスウェーデン語系の家系に生まれた彼女が、スウェーデンの首都ストックホルムの工芸専門学校に通っていた頃、寄宿先の叔父につまみ食いをとがめられた。そのとき叔父は「レンジ台のうしろにはムーミントロールといういきものがいて、首筋に息を吹きかけられるぞ」と姪であるトーベに言ったという。それは多感な少女に鮮烈な印象を与えたらしく、日記に彼女が想像した「ムーミントロール」の絵を残している。
また上の弟のペル・ウロフと議論をし、言い負かされた悔しさに、その弟を「鼻の長いいきもの」として別荘のトイレに落書きしたという話もある。
「トロール」というのは、北欧の伝承などに登場する妖精のようなもの。こうした「人間とは違う架空の存在」としての姿かたちが育まれ、やがてそれは彼女が風刺雑誌「GARM ガルム」に挿絵を描くときに、署名のすぐ横に鼻の長いいきものが現れるようになって、ムーミンの誕生へとつながることになった。
物語としてのムーミンは、戦争が終わる1945年に第一作『小さなトロールと大きな洪水』というタイトルでフィンランドにて出版された。それは、ムーミントロールの母子が、失踪してしまったパパを探す旅を描いた物語。最初こそ評判を得られないうちに絶版になったが、お話を作るのが好きだったトーベは画業のかたわら執筆を続け、1948年には第三作『たのしいムーミン一家』を発表。フィンランド、そして隣国スウェーデンでの評価を得て、これが英訳されて、児童文学王国といわれるイギリスで大ヒットを得たのだった。さらには当時世界最大の発行部数を誇ったロンドンの夕刊紙「イブニングニュース」にも漫画の連載が始まり、ムーミン人気に火をつける。
言葉の壁を超える愛らしい姿とユーモアあふれる物語で、そののち日本をはじめ世界を魅了することになる「ムーミン」。しかし過熱したブームは、画家であるトーベから絵画制作の時間を奪い、彼女は疲れ、最後にはムーミンを憎んでしまうようにさえなったという。
そんな彼女を救ったのが後半生のパートナーとなるグラフィックアーティストのトゥーリッキ・ピエティラだった。このトゥーリッキとの交際から、トーベは見知らぬ世界や彼女の知らない何百万人もの読者、時には有名になった彼女に厳しい仕打ちを与える世間とどう向き合うかについて、大きな示唆を受けた。
彼女はこの頃の思いを、冬眠するムーミントロールがまったく知らない「冬」と初めて向き合うという物語に託す。こうして作風を一新して生まれた1957年の第6作「ムーミン谷の冬」は、フィンランドとスウェーデンで多くの文学賞、挿絵に対する美術賞を受賞。文学、美術、哲学、精神医学などさまざまな分野の注目を集める存在になった。
その後トーベは、2001年に86歳で亡くなるまで筆を置くことなく制作をつづける。画家、絵本作家として、あるいは作詞家、舞台美術家、商業デザイナー、映像作家、そして小説家として。その創作活動は、彼女が経験した出来事や、家族や友人への愛など、さまざまな想いを映したトーベの人生の軌跡といってもいい。
今回は、フィンランド・タンペレ市にある世界唯一の「ムーミン美術館」そしてムーミンキャラクターズ社が所蔵するコレクションから選ばれた作品を中心に、約500点が東京の展覧会に集まった。
そのなかには、9つすべての小説からの代表的なシーンの数々や、絵本「ムーミン谷へのふしぎな旅」の原画。あるいは“まぼろしのムーミン人形”ともいわれるアトリエ・ファウニのムーミンフィギュアやイースターカード、アドベントカレンダーの原画、銀行や新聞の広告。さらにトーベ・ヤンソンが最後まで手元に残しておいたというコレクションまで、貴重な作品がならぶ。ムーミンのはじまりになった風刺雑誌「ガルム」の挿絵も見ることができる。
そこにあるのは、トーベ・ヤンソン自身の内面や人生が見て取れるような、やさしく、素朴で、ユーモアと示唆にあふれた温かな表現の数々。私たちがいままで知らなかった、芸術家トーベの筆づかいや息づかいが感じられる「ムーミン」がそこにいる。
『ムーミン展 THE ART AND THE STORY』
会期:2019年6月16日(日)まで
森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)
所在地:東京都港区六本木6-10-1
開館時間:10:00〜20:00
※会期中無休 火曜は17:00まで ※入館は閉館の30分前まで
観覧料:一般1,800円、中学生・高校生1400円、4歳〜小学生800円
※3歳以下は入館無料 ※詳細はウェブサイトをご確認ください。
展覧会公式ウェブサイト: https://moomin-art.jp/