ルーヴル美術館のレオナルド・ダ・ヴィンチ作品が、52年ぶりに来日!
美術の歴史に燦然と輝く、巨匠レオナルド・ダ・ヴィンチの作品が日本にやってきた。彼の真筆とされる絵画作品は、世界に現存するものでわずか15点ほど。そのうちの5点を所蔵するパリのルーヴル美術館から《美しきフェロニエール》が初来日し、東京・六本木にある国立新美術館で開催中の「ルーヴル展 ルネサンス」に展示中だ。

ルーヴル美術館が所蔵するレオナルド・ダ・ヴィンチの作品が来日するのは、1974年の《モナ・リザ》以来、なんと52年ぶり。これに合わせて、ルネサンス期の作品約56点がこの展覧会に集まり、アートファンのあいだで注目を集めている。
今回は、この展覧会で注目される作品をいくつか紹介しながら、ただ「有名な画家、作品だから観る」のではなく、アートの見方に触れながら、この展覧会を10倍楽しく観る方法としてお伝えしていきたい。「ルネサンス」とは何だったのか。なぜこれらの作品が、価値あるものとして大切に受け継がれてきたのか・・・。今の私たちの歴史にもつながる視点で観ていくと、アートはもっと面白いものになるはずだ。
「ルネサンス」は、人間そのものが変化した時代だった。
「ルネサンス」と聞いて思い出す芸術家といえば、レオナルド・ダ・ヴィンチやミケランジェロ、ラファエロ。あるいはボッティチェリの《ヴィーナスの誕生》や《プリマヴェーラ》などの作品を思い浮かべる人もいるかもしれない。
けれど、ルネサンスは単に有名な画家たちが活躍し、絵画を変革した時代、というだけではない。それが起きた背景には、人間そのものの暮らしや活動が大きな変化を迎えていたという、時代の潮流があった。
ルネサンスの視点〈1〉~「旅」がもたらした、違う世界の発見。
ルネサンスと「旅」がなぜ関係あるの?と思うかもしれない。今でこそ世界を旅行するのは難しいことではないが、15世紀から16世紀にかけてのルネサンス期は、ヨーロッパの人々が「旅」を通じて異なる世界を発見し始めた時代。人と物が活発に行き来するようになって経済が発展し、異文化交流がさかんになり、結果的にルネサンス文化を大きく開花させるパワーになっていった。

芸術家たちも例外ではなく、彼らは技量を磨くため、あるいは新しい表現の探求のために故郷を離れた。たとえば、ヨーロッパ北部の芸術家たちは、アルプス山脈を越えてイタリアへ行き、古代遺跡や彫刻をデッサンするとともに、均整のとれた身体描写や、一点透視遠近法などの空間表現を学んだ。
一方でイタリアの画家たちは、北方の画家たちの油彩技法や緻密な写実描写を取り入れていく。同じような時期に、イタリアと北方で絵画の変革が起きていたことも、こうした行き来があったことを思えば納得がいく。

ドイツ・ルネサンスの巨匠アルブレヒト・デューラーの木版画《サイ》は、歴史上とても有名な作品だ。だが実のところ、彼は本物のサイを見たことがなかった。1515年、インドからポルトガル王のもとに運ばれたサイに関する文章やスケッチをもとに、デューラーはまるでSF映画のキャラクターかのような細密で装飾的な「サイ」を創りあげたのだった。18世紀に本物のサイがヨーロッパに伝わるまで、これが博物学の挿絵などに使われ、江戸時代の日本にさえも伝わっていたというのだから興味深い。

ギリシアのクレタ島に生まれた画家のエル・グレコは、人生と「旅」が密接に結びついた人だった。まず故郷を離れて、ヴェネツィアで油彩技法と肖像画を学び、ローマに移住し、30代半ばでスペインの宮廷画家になることを目指してマドリードへ。最後は、かつてスペイン王国の首都でもあったトレドに居を定め、宗教画と肖像画の世界で成功をおさめた。その彼が親交を結んだ人文学者がここに描かれたアントニオ・デ・コバルビアス・イ・レイバ。ルネサンス絵画の継承者にして、マニエリスムの画家としても知られるエル・グレコ独特の表現と筆致を、ぜひご自分の目でしっかり見てほしい。
ルネサンスの視点〈2〉~ 技術が芸術を変えた。
この時代に発明された技術や技法もまた、ルネサンス期のアートの変革や広がりに大きな影響を与えていく。ヨーロッパ北部の画家ヤン・ファン・エイクなどが発展させ、イタリアにも伝わった油彩技法。あるいは、ぜんまいの開発で小型化が可能になった時計。そして15世紀の半ばにドイツで確立された活版印刷術に刺激された、木版画の新たな流行もそうだ。

一枚の原版から何枚も刷ることができる版画は、芸術家たちの構想を伝え、広めるためのメディアとなり、絵画表現はもちろん、陶器やエマイユ画など、ほかの技法にも影響を及ぼすことになっていく。
16世紀イタリアの版画家マルカントニオ・ライモンディは、古代彫刻に基づく銅版画を制作。特に上記の《パリスの審判》など、ラファエロの絵画や素描を多く版画化した。のちにラファエロの原作が失われると、こうした版画だけがラファエロの構想を伝える作品として、多くの芸術家たちに参照されていくことになる。
ルネサンスの視点〈3〉~ 古代へのあこがれを形に。
「ルネサンス」の言葉はフランス語の「renaissance(新たに生まれる=再生、復興)」から来ている。「古代復興」「文芸復興」などと学校で習った人も多いだろう。15世紀後半頃に遺跡の発掘が盛んになると、古代ギリシア・ローマ文化の再発見に沸き立ち、それを自分たちの表現に活かそうという芸術家が登場してきた。まさに「ルネサンス」の象徴的な運動だ。
人文主義者たちは、古代の文学や哲学を読み直し、芸術家たちは古代彫刻や建築を研究する。とりわけ古代ギリシアの人間中心主義や写実的な表現などは、絵画や彫刻の世界で大きな影響を与えた。
展覧会では「作品のどういったところに、古代のスタイルが息づいているのか」を意識してみると面白いだろう。

Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Gabriel De Carvalho / distributed by AMF-DNPartcom
たとえば、ボッティチェリの《5人の天使に囲まれる聖母子》。一見すると、ルネサンス前の中世の時代にも描かれたキリスト教の聖母子像だ。だが顔はより人間らしく、そして聖母や天使たちの衣服の立体的なドレープが巧みに描写され、身体のフォルムがより正確に描かれているところは、古代彫刻からの学びが見てとれる。

Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Mathieu Rabeau / distributed by AMF-DNPartcom
ドイツ・ルネサンスの代表画家ルカス・クラーナハ(父)。彼はザクセン選帝侯によってドイツ北部のヴィッテンベルクの宮廷に招聘され、大きな工房を構えて、数多くの作品を生み出した。ここでも古代の文化に通じた学者や詩人が集まり、クラーナハとその工房は神話画を多く手がけたが、この作品はギリシア神話の三美神を描いたものだ。
同時代の他の画家たちが描く三美神とはまったく異なる、女性たちのなまめかしい容姿、そして16世紀当時の流行を反映した帽子やネックレスなど。神話のテーマを装いながら、現実的な女性のエロティックな雰囲気を漂わせる・・・。このルネサンスの時代から近代までつづく、裸体表現の典型がここにある。
ルネサンスの視点〈4〉~ 確立する「個人」の概念、そして肖像芸術。
現代の私たちから見ると、「肖像画」はそれほど特別なものではない。しかし、中世の時代には絵画に描かれる人物の顔は、主にキリストや聖母マリア、あるいは王家の人々。それがルネサンス期になると「個人」という存在そのものに関心が高まっていく。そして外見だけではなく、その人がどんな人物なのか、どんな感情を抱いているのか、そうしたものも絵に閉じ込めようとするような、大きな変化が始まっていた。
その代表的な画家がレオナルド・ダ・ヴィンチであり、今回来日した《美しきフェロニエール》は、まさにその個性や感情を絵に描く試行錯誤から生まれた作品だった。

レオナルド・ダ・ヴィンチは1482年、30歳のときに当時ミラノ公国を事実上支配していたルドヴィコ・スフォルツァに仕えるためにミラノに移り住み、1499年までこの街で活動。作品はこの間、1490ー1497年頃に描かれたとされている。
この作品をめぐっては、モデルが誰なのかという謎が長くつきまとってきた。
現在、多くの研究者が支持しているのは、このルドヴィコ・スフォルツァの愛人とされるルクレツィア・クリヴェッリだ。しかし、モデルがわかれば謎は一件落着・・・ではなく、そのタイトルの《美しきフェロニエール》にも疑問符がついている。
17〜18世紀、フランス王家の絵画コレクションの中で「美しきフェロニエール」と呼ばれていたのは、別の女性の肖像だった。当時はこちらの絵がレオナルドの作品と考えられていたのだ。

Photo © GrandPalaisRmn (musée du Louvre) / Franck Raux / distributed by AMF-DNPartcom
その後、19世紀になって呼び名が混同され、次第にミラノで描かれた作品が「美しきフェロニエール」と通称されるようになった。つまり、私たちが今《美しきフェロニエール》と呼んでいる女性は、モデルが誰なのか完全にはわからず、しかもタイトルまでもが後世に誤ってつけられたという、謎だらけの作品なのだ。
それでも、この女性の存在感は揺らぐことはない。
レオナルドが生きた頃のイタリアでは、横顔の肖像形式が主流だったが、レオナルドは北ヨーロッパ、フランドルの画家たちが発展させた四分の三正面観を取り入れた。その結果、人物は柔らかく立体的に描かれ、顔が身体に対してほんのわずかに逆方向へとひねられている。

この微細なひねりによって、女性がふとこちらにまなざしを向け始めたかのような動きが生まれる。そしてこの瞬間にも呼吸をしているかのような生命感を与えているのだ。
この作品には、言ってみれば、ここまで語ってきた4つの視点が重なっている。北方とイタリアを行き来する「旅」の視点。異なる地域からもたらされた油彩という「技法」。古代から受け継がれた「人間の身体へのまなざし」。そして目の前にいる一人の人間、「個人」の生き生きとした表情までも描こうとする肖像芸術。これらの要素を凝縮し、レオナルドの探究心と熱意を合わせたその高みで、この作品は誕生したのだと言っていいかもしれない。
この作品が置かれた最後の展示室や、その手前の映像ルームでは、こうした《美しきフェロニエール》にひそむさまざまな謎について詳細に語られている。女性の髪型や当時のファッションにも触れられていて、絵の前に立っているだけでは気づかなかったことが次々と見えてくる。
ぜひこの展覧会では、眺めるだけではない、作品の奥深く、レオナルド・ダ・ヴィンチが仕組んだ謎、そしてルネサンスの時代の世界や人間の変化をたどる旅を楽しんでみたい。
ルーヴル美術館展 ルネサンス
会場:国立新美術館 企画展示室1E
会期:2026年12月13日(日)まで
休館日:毎週火曜日 ※ただし9月22日(火・祝)、11月3日(火・祝)、12月8日(火)は開館、11月4日(水)は休館
開館時間:10:00–18:00(毎週金・土曜日は20:00まで)※入場は閉館の30分前まで
詳しくは展覧会ウェブサイトへ
https://www.ntv.co.jp/louvre2026/
※記載情報は変更される場合があります。
※最新情報は公式サイトをご覧ください。
(文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター
広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「Curiozika」の運営に携わる。
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