世界中から愛される「誰でもない少女」が日本に。
闇のような背景に、スポットライトを浴びるように浮かぶ一人の女性。そのまなざしは私たちを射止め、さらに遠く、永遠を見つめるような透徹さで何かを語りかける。それが誰なのか、画家とどんな関係かなどは謎に包まれたままだ。「誰でもない少女」に、なぜ私たちはここまで惹きつけられるのだろう。
2026年8月、大阪中之島美術館にやってきたヨハネス・フェルメールの傑作《真珠の耳飾りの少女》。日本で公開されるのは4回目で、2012年以来、実に14年ぶりのことだ。
この絵を所蔵するのはオランダ、ハーグにあるマウリッツハイス美術館だが、この作品は館を代表するものだけに、通常はほとんど外国に貸し出されることがない。今回の来日は、同館が約1ヶ月間の改修のために一時休館するという特別な事情によって実現したという、まさに貴重な機会となった。

まずは少しだけ、フェルメールの人となりと、この作品が生まれた時代の背景をおさらいしてみたい。
ヨハネス・フェルメール、本名ヤン・ファン・デル・メール・ファン・デルフトは、1632年にオランダのデルフトという街に生まれる。日本では江戸時代が始まり、鎖国政策をとりながらオランダとだけ長崎の出島を通した貿易をするようになる頃。ヨーロッパで早々と市民階級が力を得たオランダは、経済、そして絵画の歴史でも空前の繁栄期を迎えていた。
フェルメールは、イタリアのカラヴァッジョ、あるいは同じオランダのレンブラントのように、「バロック絵画」の代表的な画家と位置づけられる。絵画におけるバロックは、主に光と影の強いコントラスト、劇的なシーンの描き方が特徴的だが、レンブラントより25年ほど年下のフェルメールは、オランダで流行し始めた「風俗画」の要素も加わった、新たなスタイルを生み出していくことになる。
織物職人だった彼の父親は宿屋業や美術商などの商売も手がけた人で、フェルメールもたくさんの絵画に囲まれて育ったらしい。15歳くらいで自ら画家を志すが、20歳の時に父が逝去。宿屋業、美術商を受け継ぎ、画家と併せて3つの仕事をこなしながら、21歳で妻のカタリーナと結婚し、やがて15人の子どもが生まれた(そのうち4人は幼くして亡くなった)。

マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague
今回の展覧会のために来日した、もう一つのフェルメール作品、《ディアナとニンフたち》は、ちょうど彼がこの20代前半の頃に描いたものとされる。ほかの歴代の画家たちが描いてきた「ディアナの水浴」のように、女神であるディアナは裸体で表現されるのが通例だったが、フェルメールはあえてそれをしなかったようだ。登場人物の衣装のスタイルは当時のオランダのもので、当時の家の中のシーンと言われても信じてしまいそうだ。神話の物語も、まるで日常の出来事であるかのように描く・・・。宗教や神話を描くことがまだまだ当たり前だった時代だが、この作品を最後に、彼は早くも「神話画」の形式を手放し、室内の風俗画へと路線変更していくことになる。
時代を映す、17世紀オランダ絵画の名品も一堂に。
フェルメールが生きた、17世紀オランダの絵画スタイルがわかる、マウリッツハイス美術館厳選の10点が同時に展示されるのも、この展覧会の見どころだ。

マウリッツハイス美術館 © Mauritshuis, The Hague
バロックに特徴的な明暗のコントラストといえば、このレンブラント。若き日の彼が描いたこの《笑う男》は、誰か特定の肖像画ではなく、顔や頭部で人物の表情や装飾を主役に描く「トローニー」というスタイルの傑作とされる。キャンバスや板の代わりに金箔を貼った銅版を支持体にし、不特定の豪快な男の笑いを表情豊かに表現する大胆さは、レンブラントが新しい絵画の可能性を模索していたことをうかがわせる。

これぞ17世紀のオランダの「風俗画」。ヤン・ステーンは、このスタイルを代表する画家で、にぎやかな家庭の風景を多く描いている。多才、かつ博識のある人物でもあって、画中に描かれているものにさまざまな意味や教訓をほのめかす、いわゆる「寓意」が込められているのは、多くのフェルメールの作品にも通じるところだ。
この《老いが歌えば若きが笛吹く》は、複数の世代の家族が音楽や飲酒、喫煙に興じ、悪い習慣が子どもや孫に伝えられる様子がユーモアたっぷりに描かれている。放蕩や怠惰を象徴するとされるバグパイプなど、描かれたオブジェが何を意味するのか想像してみるのも面白い。

これを、ただ「美しい花の絵」だけで、終わらせてはいけない。この作品を描いたマリア・ファン・オーステルウェルクは、当時としては珍しい女性の画家。牧師の家に育ち、花の静物画で知られた彼女の絵には、信仰や現世のはかなさが込められているとされる。神の存在を表すひまわり、闇や死に結びつけられるケシ、欲望や神への服従を表すかたわらの小さなヴィーナス像・・・。やがて朽ちる花は、当時よく描かれた頭蓋骨などと同じように「ヴァニタス」(人生のはかなさや虚栄)を表すものでもあるのだ。

パウルス・ポッテルは、動物画家として知られたが、28年という短い生涯に、極めて精緻な約100点の多彩な作品を残した。オランダらしい低地の農村生活が鮮やかに描かれた作品には、それまでの時代にはあくまで「背景」であった自然の景色が、絵の主役になっていく「風景画」の流れがうかがえる。彼は、フェルメールが画家になる直前にデルフトの画家組合に在籍していた人。のちに《デルフトの眺望》でフェルメールが見せた緻密な空間構成やタッチ、静寂な佇まいに、どこか共通点も感じさせる。
フェルメールは、やっぱりすごい。
あらためて、この《真珠の耳飾りの少女》を見てみたい。時は1665年頃、ヨハネス・フェルメールが33歳頃の作品。ここまで見た、同じ時代、同じオランダの絵画シーンと比べても、この絵が、より強く私たちの心を惹きつけることに異論はないだろう。その理由については、これまでたくさんの説明がされてきた。

透明感のある瞳に宿る小さな光、ほのかに開いた唇のつややかさ、それらに施された巧みなハイライト。そしてどこか個人的に向けられたかのような静かな笑み・・・。フェルメールは、少女が振り向く動作の途中にある、かけがえのない一瞬を鋭敏な感性で切り取った。だからこそ、私たちは絵を観たときに「いま、彼女がこちらを見た」と感じるのだろう。そして同時に、時を超えた、どこか親密な「一対一」の関係を意識し、目を離せなくなるのかもしれない。
当時は貴重だったラピスラズリを使ったターバンの青の美しさと黄色の調和も、魅力の一つに挙げられる。静寂や清純さ、ノスタルジーなどを感じさせる青と、生命感や喜びを感じる黄の対比は、あえて色数を抑えたと思われるフェルメールの作品の中で、静かなテンションを生み出している。
計算され尽くした構図。まるで美しい映画を観るような空間性と物語性。そしてなによりも、描かれた少女が特定の人でないがゆえの普遍性とミステリアスな感覚。おそらく、そうした要素のすべてがフェルメールの特別な感性によってひとつになって、時代や文化を超えて心に響く煌めきを生み出した。まさに芸術の素晴らしさを再認識する「一枚の絵」がそこにある。
フェルメール《真珠の耳飾りの少女》展
17世紀オランダ絵画の名品、奇跡の再来日
会場:大阪中之島美術館 5階展示室
会期:2026年9月27日(日)まで (会期中無休)※全日程日時指定制
開場時間:9:30–17:00(最終入場は16:30まで)
※金曜日、9月6日、9月8日、9月12日~9月16日、9月19日~9月27日は午後8時まで(入場は午後7時30分まで)
詳しくは展覧会ウェブサイトへ
https://vermeer2026.exhibit.jp/
※記載情報は変更される場合があります。
※最新情報は公式サイトをご覧ください。
(文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター
広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「Curiozika」の運営に携わる。
Instagram : @paritore_podcast















