フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の19回目は、画家たちが愛したフォンテーヌブロー近くのグレ=シュル=ロワン村で、シャンブル・ドット(民宿)「アーリー・グレ」を営むソフィ・バトシスさんをご紹介します。


パリから南へ約1時間、豊かな森とロワン川に囲まれたグレ=シュル=ロワン村。19世紀後半、多くの外国人アーティストや画家たちが移り住み、作品を生み出した歴史ある村だ。この村の川沿いに佇むシャンブル・ドット「アーリー・グレ」を営むソフィ・バトシスさん。延べ2000㎡の敷地はロワン川に面する、なんとも素晴らしい物件だ。
「最初は同じ村の別の場所でシャンブル・ドットを経営していたのですが、今のような庭はない物件でした。それで、今の夫と再婚をした後、海のある場所に引っ越そうと考えて売ってしまったのです。そうしたら、友人のパトリシアがショックを受けて、どんな家を探しているか聞いてくれたのです。それで『川沿いの家を探している』と答えました。この近辺で川沿いの家を見つけるのは本当に難しくて、物件がとても少ないのです。それで彼女が中庭側に立っている家を見つけてくれた。そしてその数週間後、庭沿いに建っている家も売りに出されたのですよ」とソフィさん。

購入当時、家は現代的に改修されていたが、ソフィさんは1870〜80年代の時代背景にそぐわないものをすべて取り除き、外壁だけを残す大改装を行った。
「一から作り直したと言ってもいいくらいです。この家は道路沿いにある門から入ると細長い中庭があり、その先に母屋、母屋の向こうに庭、その先に川辺があります。門から川までは約100mあります。もともと母屋は中庭向きの造りでしたが、部屋やリビングから美しい庭が望める間取りに変えました」(ソフィさん)
工事には約2年の歳月を費やし、細部にまでソフィさんの美意識を行き渡らせた。広さ約160㎡の母屋と離れからなる空間は、古民家の魅力とモダンな快適さが心地よく調和している。

インテリアのテーマは「忘れられた時代」。インテリアアドバイザーとしても活動するソフィさんは、独学でそのセンスを培ってきた。今でもパリの見本市「メゾン・エ・オブジェ」へ毎回足を運び、最新トレンドのチェックを欠かさない。
「インテリアが大好きで、空間を美しくすることに情熱をかけています。この宿も、同じインテリアのままでいることはありません。『こうしたらもっと素敵になるかしら』と、常にアップデートしています」。室内にはイギリスやスウェーデンのアンティーク家具とともに、改装時に屋根裏部屋で見つけた19世紀の油彩画や地域ゆかりのアートが大切に飾られている。

ソフィさんが家づくりの中心に据えたのが、キッチンに佇む重量500kgものイギリス製鋳物クッキングレンジ「ESSE(エッセ)」だ。「ロンドン留学時代、友人の家で薪を使った温もりのあるレンジを見てからずっと憧れていました。このレンジを入れるために壁や窓の工事計画を立てたほどです。冬は家全体をポカポカに暖めてくれる、我が家の『心臓』のような存在ですね」


ソフィさんの住まいづくりの原点は20代に遡る。前の夫と暮らしていた当時、家賃を払い続ける生活に疑問を持ち「ボロボロの家を買って自分たちでリノベーションしよう」と提案した。
エンジニアの夫が家や配線の構造を見極め、ソフィさんがインテリアを担当。安く買った廃屋を美しく蘇らせては売却し、次のステップへと繋げていく。子育てをしながら「リノベーションと転売」を繰り返し、自力で豊かな資産とキャリアを築いた。



客室は全2室。5人用のスイート「ベル」と2人用の「スザンヌ」は、どこか懐かしい雰囲気が流れる。「ともに村に滞在した画家からインスピレーションを得たデコレーションをしています。『ベル』はデンマークの画家、カール・ランソンをテーマに北欧スタイルのインテリア。「スザンヌ」はアイルランド人画家のフランク・オーメラがインスピレーション源で、英国のアンティークを用いた空間。また、季節によりインテリアを変化させています」とソフィさん。



宿泊は朝食つきで、地元産のオーガニック食材を取り入れたヘルシーなメニューを提供している。庭の花を飾る素敵なテーブルセッティングもゲストに好評だという。
「若い頃は資金に余裕がなく、家具を買い替えたり部屋全体のリフォームをしたりといった大がかりな模様替えはできませんでした。そこで、『お金をかけずに部屋の雰囲気を変えよう』と考え、食器の組み合わせやランチョンマット、クロスの選び方を工夫するテーブルコーディネートを楽しむようになりました。その時に培った「食卓をセンスよく彩る技術やアイデア」が、現在の「シャンブル・ドット(フランス風の温かい民宿)」の経営において、お客様をもてなす大きな強みとして役立っています」


これまで何軒もの家を再生させては手放してきたソフィさんだが、この「アーリー・グレ」は別格だ。「こんなに長く同じ場所に留まっているのは人生で初めてです(笑)。でも、この家とこの村には特別な魔法があるのですね」
現在は、元エンジニアでDIYや料理を担当してくれる夫のイアンさんとともに、穏やかな日々を送る。


実はこの地域は、印象派やバルビゾン派をはじめ、多くの異国の芸術家たちが魅せられ集った文化・歴史の息づく場所である。けれど、その奥深い魅力はまだ広く知られてはいない。だからこそソフィさんは、夫のイアンさんとともに地元の文化協会(アソシエーション)に加わり、作品や歴史を未来へ継ぐための企画展や文化活動に情熱を傾けている。
「今後はこの地にゆかりある画家たちの作品を収集したり、使われていない離れを改装してギャラリーを開くなど、地域の豊かなアートをもっと身近に感じていただける場を作りたい」とソフィさんは目を輝かせる。
手入れの行き届いた美しい庭の傾斜をくだると、その先には静かにたゆたうロワン川。川岸に置かれたデッキチェアに腰かけ、水のせせらぎや鳥のさえずりをBGMに過ごす時間は、何よりの贅沢だ。豊かな自然と芸術の記憶に優しく抱かれた「アーリー・グレ」。ソフィさんの温かなもてなしと、アートの風を感じに訪れたくなる場所だ。
Early Grez
Tel: +33 7 87 95 62 45
住所: 132 Rue Wilson 77880, Grez-sur-Loing France
全2室。ダブル「スザンヌ」(2人まで)、スイート「ベル」(5人まで)。
撮影/井田純代(Sumiyo Ida)
(文)木戸 美由紀/Miyuki Kido 文筆家
女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。
Instagram:@kidoppifr















