20年近く使い続けている鞄を横に置いて、今この文章を書いている。その鞄のことを少し振り返ってみたい。大学時代のことだが、毎日10冊近くの教科書やノートを鞄に詰め込んで、家から学校までを片道1時間ほどかけて通っていた。入学に際して、荷物の重さに耐えうるような丈夫そうな鞄をいくつか用意した。その中の1つがエルメスのガーデンパーティという鞄だった。ベージュのキャンバス地に茶色の細い持ち手のついた、落ち着いた雰囲気のもの。当時の自分は、キラキラしたものが好きだったので、この鞄を地味であまり使う機会はないと考えていたのだが、次第に他の鞄は取っ手が取れたり、教科書が折れ曲がるような形状がしっくりこなかったり、またデザインに飽きたりして卒業する頃にはシンプルで軽いこの鞄だけが残ったのだった。

使っていくにつれて当然新品のような雰囲気はなくなっていくのだけれど、色が剥げたりやつれてきたらお直しに出して使い続けられるエルメスの製品の魅力に気がつき、次第にブランドに対して信頼感を抱くようになった。それ以来細く長く集め続けている。例えば、買ったばかりの靴は、靴擦れするのは当然!おしゃれのための涙は仕方ない!なんて思っていたのに、エルメスの靴(もちろん型が自分に合うものを見つけたら、だが)は買ったその日に履いて帰っても、靴ずれを起こすことはない。それからカシミヤとシルクで作られた大判のショールは、肌寒い時にさっと羽織ることができ、そのままぐしゃっと鞄にしまってもシワが気にならない。ガサツなところのある自分にはピッタリなのだ。エルメスの製品は日常を心地よく過ごすことができる実用的なアイテムが多く、手に入れたものは全て重宝している。

エルメスは1837年にティエリ・エルメスによってパリで高級馬具屋としてスタートした。時代の流れに合わせて徐々に扱う品物が増えると同時に、高度な職人の技術とデザイン性が話題となり、目の肥えた王侯貴族からも愛されることとなる。そして1984年には「食は文化であり芸術である」を理念として5代目会長のジャン・ルイ・デュマによってテーブルウエア部門に進出することとなる。

今回ご紹介するのは鮮やかな黄色が目を引くソレイユ・ドゥ・エルメスのパスタプレートだ。このシリーズは、太陽からインスピレーションを受けてアリエル・ド・ブリシャンボーによってデザインされたものだ。はじめてこの器を見た時、灼熱の太陽の下で眺めた南仏の海岸や、夏生まれの私が誕生日に友人たちからもらった向日葵の花束が思い出された。どれも大切にしている記憶ばかり。この食器を使って生活しているイメージがすぐに膨らんだ。

アリエルは2022年に登場したこのシリーズに先駆けて2005年にはアイコニックな朱色のガダルキヴィール、2011年にはブルー ダイユールというロイヤルブルーと白の組み合わせが印象的な食器をデザインしている。彼女の父親は有名な鳥類学者であり、父親と共に絵の具を片手に自然に対する観察眼を養ってきたことや、芸術への造詣が深くルーヴル美術館で模写家としても活動していた時期もあり、そういった背景から幾何学的でありながら、血の通った生き生きとしたモチーフが生み出されたのではないだろうか。

エルメスの食器を手に入れたら、ぜひ裏返してみてほしい。下の方に本当に小さく職人の印が入っている。写真はパンダ、ほかにもスケートボードにゲームのコントローラ、さらにはおにぎりまであった。こういった細部にまで届く遊び心は、まさにエルメスの世界観を表しているように思う。

今回は夏らしく冷製パスタ、雲丹とバジルのフェデリーニをご紹介する。フェデリーニとは、スパゲッティよりも細く、カッペリーニよりも太いパスタ。冷製には細めのパスタが合うのだが、カッペリーニよりも食べ応えが欲しかったので、このパスタを選んだ。もちろん好みに応じて使ってみて欲しい。近年は暑すぎるので、塩気をしっかり効かせて塩分の補給も意識したいところ。バジルはビタミンやミネラルが豊富で胃腸を整えてくれ、暑さで失せがちな食欲を増進してくれるような作用があるので、これからの季節にぴったりだ。そう、それから先日知ったのだが、アメリカオオムラサキウニという種類の雲丹の寿命ってなんと200歳に至ることもあるようで(⁉)雲丹にあやかって元気に長寿を目指したいものだ。

雲丹とバジルの冷製フェデリーニ

材料(2人分)

  • バジル 30g
  • オリーブオイル 100ml
  • ニンニク 3g
  • フェデリーニ 100g
  • 雲丹 適宜
  • 塩 適宜

①バジルペーストを作る。分量のバジル、オリーブオイル、ニンニク、塩2つまみをフードプロセッサーに入れて、まわす。すぐに冷蔵庫で冷やしておく。

②フェデリーニを茹でる。2リットルのお湯に対して、32gの塩を加えて沸かす。フェデリーニを所定時間+2分でゆがく。今回使っているディチェコの場合は袋に6分とあるので、茹で時間は8分。

③冷水1リットルに10gの塩を入れて準備しておく。

④茹で上がったら、流水で冷やし、③で準備した塩水にさっとつけて、水気をしっかり絞っておく。

⑤ボウルに④とバジルソース60g程度を合わせてよく混ぜる。

⑥セルクルなどを使って器にフェデリーニを盛り、上から雲丹をのせる。雲丹の上には塩をのせ、軽くオリーブオイルを垂らす。お好みで花穂紫蘇を散らすと、さらに爽やかにいただける。

料理家 千 麻子

学習院大学文学部哲学科および経済学部経営学科を卒業し、史料館に勤めた。また美味しいもの好きが高じて美食の街、リヨンのポールボキューズ料理学校をはじめ、国内外問わず料理を学び、フランスではミシュラン3つ星のレストランの厨房でも研鑽を積む。

Instagram:@asako_sen

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