彫り出された人物の凜とした姿、木彫の温もり、遠くを見つめ人間の存在を問いかけるようなまなざし・・・。ひとめ見てそれとわかる作風で、日本はもちろん世界にも知られる彫刻家の舟越桂(ふなこしかつら)。ニューヨークのメトロポリタン美術館、パリのポンピドゥー・センターなど世界有数の美術館でコレクションされるなど、国境を越えて高い評価を得てきたが、今年2024年3月に肺がんのため72歳で逝去。いまあらためて、その作品のほかにない素晴らしさに注目が集まっている。

舟越桂

こうしたなか、箱根の彫刻の森美術館では展覧会「舟越桂 森へ行く日」が始まった。これは1969年に美術館が開館して55周年を迎えるのを記念する展覧会として、2023年3月に生前の舟越桂に依頼したことから始まったプロジェクト。作家本人は残念ながら展覧会を見ることなく帰らぬ人となったが、最期まで実現を望み、力を注いできたという。その想いを感じながらもう一度、彼の独創的な彫刻の試みとその創作の源泉となる彼のまなざしを見てみたい。

《DR1002》2008年 紙にアクリル J. Suzuki蔵 © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery

1951年、戦後を代表する彫刻家である舟越保武の次男として岩手県盛岡市に生まれた舟越桂は、東京藝術大学大学院の美術研究科彫刻専攻を修了。そのあと1986年に文化庁芸術家在外研修員としてロンドンに滞在した。1988年にはイタリアの「ヴェネチア・ビエンナーレ」で日本代表作家の一人に選出。1992年にはドイツ・カッセルで5年おきに開催される国際美術展「ドクメンタ」に展示され、評価を高めていくことになる。

木彫を中心にした彫刻家を目指すきっかけとなったのは、大学院在学中に北海道のトラピスト修道院から依頼されて制作した「聖母子像」だったという。木彫りでしかも2メートル以上もある作品。そこで初めて使ったクスノキを素材にして、削った大理石で仏像の玉眼のように瞳をはめこんだ半身像という舟越桂独自のスタイルが生まれていく。

《樹の⽔の⾳》2019年 楠に彩⾊、⼤理⽯ 西村画廊蔵 Photo: 岡野 圭 © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery

~森へ行く日~

「遠い目の人がいる。

自分の中を見つめているような遠い⽬をしている⼈がときどきいる。

もっとも遠いものとは、⾃分⾃⾝なのかもしれない。

世界を知ることとは、⾃分⾃⾝を知ることという⼀節を思い出す。

私が感じている⼈間の姿を代表し、象徴してくれるような個⼈に出会った時、

私はその⼈の像を作ってみたいと思う。」(創作メモより)

この舟越桂本人の言葉に、彼の作品を見るひとつのヒントがあるように感じる。遠い目をしているとき、確かに私たちは自分の中を見つめ、心の中の自分と対話しているのかもしれない。つねに一緒にいて、つねに存在を感じているのに、この「自分を知る」ということは時に世界を知ろうとするのと同じくらいに茫漠として奥深く、謎に満ちている。喜びや悲しみなど一瞬の喜怒哀楽を表現した彫刻よりも、舟越桂の作品が私たちをはっとさせるのは、人間に共通するその奥深い永遠の謎に心が惹きつけられるように感じるからではないだろうか。

《「私は街を飛ぶ」のためのドローイング》2022年 紙に鉛筆、オイルスティック、オイルパステル Photo: 後藤 渉

展覧会はまず舟越桂の人となりを知るところから始まる。展示室1には「僕が気に入っている」をテーマに、日々の創作活動を垣間見るデッサンやメモ、舟越が実際の制作に使っていた手製の作業台などを展示。彼は、代表作のひとつである《妻の肖像》(1979-1980年)をはじめ、いつもお気に入りのものに囲まれていたという。創作の傍らにずっと手をかけ大切にしていたものが置かれてきたことが、作品の表情の豊かさにもつながっているように思える。

さらに「人間とは何か」を考え、人々が抱える孤独や矛盾、二面性に目を向けながらも、人間の存在を肯定していきたいと語っていた彼の作品が並ぶ。2004年頃から彼は、古代の神話に登場する怪物「スフィンクス」をモチーフにした作品の制作を開始。これは性別を感じさせない両性具有の身体と長い耳をもち、人間を見続けている存在として描かれる。広告や書籍の装丁などでそれまでの舟越桂の作品を見てきた人は、この表現に少し驚きを感じるかもしれない。

《遠い手のスフィンクス》2006年 楠に彩色、大理石、革、鉄 高橋龍太郎コレクション蔵 Photo: 内田芳孝  © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery

展示作品の《遠い手のスフィンクス》(2006年)はまさにその代表作だ。同じく展示作品の《戦争を見るスフィンクスII》など、このスフィンクスシリーズに描かれたさまざまな視線と表情は、人間社会を見つめるとともに、私たち人間それぞれの心にある多様で複雑な感情を表しているようにも見える。

東日本大震災がきっかけになって制作された《海にとどく手》(2016年)も印象的な作品だ。舟越桂が作り続けてきたクスノキの彫刻に、まるで海から流れついたような雑木の手足。頼りなげでありながら、それでもしっかりと立つ人間の強さを表現しているかのようで勇気づけられる。

《海にとどく手》2016年 楠に彩色、大理石、雑木 個人蔵 Photo: 齊藤さだむ © Katsura Funakoshi Courtesy of Nishimura Gallery

「⼿と⽬と頭を使って⼈間の像を作ることで、思考だけでの理解を越えて、⼈間を把握することに変わっていかないだろうか。

その時間のつみかさねで、私も⼈間について考えていると思いたい。」

ーー『⾔葉の降る森』⾓川書店

そう語った舟越桂はその作品制作を通じ、一貫して人間の存在について問いかけつづけてきた。まっすぐな目で世界を見つめ、自分の心の奥を見つめ、強くたくましく、けれどどこかに弱さや怒りや言葉にならない気持ち、壊れやすい自分を抱えながら生きていく存在・・・。

これから力強い緑の濃さに映える夏、そして紅葉に色づいていく秋という美しい季節を迎える箱根の彫刻の森美術館。ここで開催される舟越桂の展覧会は、慌ただしい日常のなかで忘れがちな、自分の心のありかを見つめるという貴重な機会を提供してくれるはずだ。

彫刻の森美術館

彫刻の森美術館 開館55周年記念

「舟越桂 森へ行く日」

会場:彫刻の森美術館(神奈川・箱根)

会期:2024年7月26日(金)〜11月4日(月・振)

開館時間:9:00〜17:00(入館は閉館の30分前まで)

展示室:彫刻の森美術館 本館ギャラリー

休館日:年中無休

詳しくは美術館公式サイトへ

https://www.hakone-oam.or.jp/specials/2024/katsurafunakoshi/

※記載情報は変更される場合があります。

最新情報は展覧会公式サイトをご覧ください。

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