まもなく今年も折り返し。季節外れの台風に振り回されながらも、なんとか立ち上がって自分の機嫌は自分で取らねばと気合いを入れ直す今日この頃。今月は楽の百合形向付と、帆立と初夏の野菜の和えものをご紹介したい。


楽焼といえば、桃山時代に千利休の理想の茶碗の製作を陶工・長次郎が手がけたことをきっかけに京都で生まれたもので、その特徴は手捻りで作られ、そして柔らかく焼き上がっていて、色は黒と赤の2色…、ざっとこんなイメージではないか。




今回の器は楽焼なのに緑色で、しかも茶碗ではなく食器である。もとをただせば楽焼のルーツは中国明時代の焼き物である素三彩だ。素三彩とは今の中国福建省で焼成され中世から桃山時代にかけて日本にもたらされた焼きもので、緑釉を基調として黄や紫などの釉薬を使ったカラフルなものである。しかし楽焼のイメージは色鮮やかさとは対極にある。これは長次郎の利休との出会いによって色彩を廃したことが理由だろう。そう考えてみれば緑色に発色したこの器は楽焼のルーツにより近いのかもしれない。

手に取ってみるとすっぽりと収まりがよく、温もりが感じられる。自然光に当てた時に時折見せる釉薬の虹のような輝きと、暗い場所で眺めた時の深淵で重厚感のある表情が魅力だ。




かつて私は楽焼に対して最初に書いたような漠然としたイメージしか持たなかったが、はじめて楽焼とはどんなものなのかを目の当たりにしたのは2017年に東京国立近代美術館で開催された「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術展」だった。歴代の作品が一堂に会した会場で、同じ作り手の作品でも静謐なものから動きのあるものもあり、李朝や唐物とは異なり、そこに現れる個性を知り、楽焼というたった二文字でその焼き物の概要を大まかにでも知った気になっていたことを恥ずかしく思った。

それから楽焼でお茶をいただくときは、一体誰が作ったものなのかが気になるようになり、さらに時代がわかる方が楽しいだろうと

♪なつのいそ〜さちどり〜たけこ〜せっかち〜

などと学生時代さながらの暗誦フレーズを作り、樂家の歴代を覚えたことも記憶に新しい。




緑釉の食器はすでに長次郎から存在し3代目の道入により多様化する。この向付は印が押されていないため断定はできないが、4代目一入から5代目宗入によって作られたのではないかと推察される。伸びやかで美しい百合の形をしているが、見比べてみると、型で作ったものとは違う画一的ではない姿が印象的だ。


盛り付けたのは帆立に白アスパラとスナップエンドウの和え物だ。トマトのエキスと、タイム塩を合わせて夏に向けて爽やかな味付けとした。豆が成長しても鞘が固くならない、グリーンピースの改良形とされるスナップエンドウだが、おやつのようにパリパリと食べられることからスナックエンドウとも呼ばれている。栄養価も高いので、この季節たくさんいただきたい。


帆立と初夏の野菜の和えもの




-材料(2人分)

  • ホワイトアスパラ 2本
  • スナップエンドウ 5個
  • 帆立(刺身用) 3個
  • 油 適宜


  • 出汁 400ml
  • 薄口醤油 6g
  • 塩 2.5g +適宜


  • タイム 1パック
  • トマト 3個
  • ゼラチン 2.5g
  • 砂糖 適宜
  • 花穂紫蘇 適宜




1、タイム塩を作る。タイムを100度のオーブンで10分焼き、葉の部分だけを手で取って、塩と一緒にすりこぎで細かく粉状にすりつぶす。塩の量はタイムの量で変わるが、味見をした時にしっかりと塩味を感じる程度。4〜5つまみくらい。




2、トマトエキスのジュレを作る。トマト3個をそれぞれ16等分にして耐熱皿に入れ、分量外の塩と砂糖を1つずつに丁寧にパラパラとかけ、ホイルで覆って100度で1時間。この時オーブン内に、水を一緒に入れておくようにする。




3、リードペーパーを敷いたざるにトマトを移して置いておくと下にトマトのエキスができる。これを100g分取り出して、温めながらゼラチンを溶かし、冷蔵庫で冷やす。


4、出汁に薄口醤油6gと塩2.5gで調味し、冷蔵庫で冷やしておく。




5、ホワイトアスパラとスナップエンドウを茹で、茹で上がったら、そのまま4の冷えた出汁につけて冷蔵庫で一晩休ませる。




6、油を熱し、帆立をさっと揚げる。表面だけ軽く火が入っているイメージで。揚がったら、1つを6等分に切って、側面に1のタイム塩をつける。




7、スナップエンドウとアスパラを斜めに切る。スナップエンドウはこのように持つと筋が一気に取れるので楽。




8、器にスナップエンドウ、アスパラ、帆立を交互に並べ、上から3のジュレをかけ、さらに花穂紫蘇を散らす。




料理家 千 麻子

学習院大学で美術史と経営学を専攻し、博物館に勤務。美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、フランスのレストランL’assiette champenoise(ミシュラン三つ星)の厨房で研鑽を積む。

Instagram:https://www.instagram.com/asako_sen/

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