山代温泉の高台に位置し、昔ながらの伝統を誇る日本旅館「べにや無何有」は刻々と進化する日本旅館の未来を鑑み、2008年、ラグジュアリーなホテルやリゾートの集まる世界的な組織「ルレ・エ・シャトー」のメンバーに加盟しています。ルレ・エ・シャトーとは、1954年にフランスで発足した団体で、世界中の一流のホテル、レストランで構成され、厳しい審査をクリアして承認される非営利会員組織。「べにや無何有」では、メンバーとなったことも含め、今や海外との接点も多くなり外国人ゲストも増加中。世界に向けて日本文化や温泉宿の魅力を発信する基地ともなっています。

 「べにや無何有」では、名湯や極上の食事の他、現在はスパ「円庭施術院」(2006年オープン)の存在も定着しています。山代温泉を代表する日本旅館のひとつ、歴史ある宿の魅力を紐解いてみましょう。

新たにオープンした「フォレストライブラリー」。一面ガラス窓のお陰で庭園との一体感が感じられる空間。

山代温泉は約1300年前の神亀2年(725年)に開湯し、現在では町の中心に総湯と古総湯があります。文人墨客に愛され続けた豊かな温泉と共に歩んできたいで湯の町、金沢の奥座敷とも言われています。その温泉町の高級旅館としてある「べにや無何有」の歴史は「べにや旅館」に始まり、2023年で95周年を迎えました。さらに一歩先を行くモダンなデザインの旅館となり、早くも約20年以上が過ぎました。‘無何有’という名の由来について、現在のスタイリッシュな旅館をデザインした建築家竹山聖氏はコンセプトの冒頭にこう書き残しています。「荘子に「虚室生白」という言葉があります。部屋はからっぽなほど光が満ちる。何もないところにこそ自由な、とらわれない心がある…」と。旅館の屋号はこうして決まり、‘無何有’の真の意味はまさにそこにあるというのです。

敷地には印象的な日本庭園があり、ロビーや客室はその庭に面しています。樹齢300年以上もの赤松の巨木や広葉樹の木々など、貴重な高木が茂る庭に包まれるように茶室がしっとりと佇んでいます。現在は茶室の代わりに、メインライブラリーの立礼席で薄茶席が毎日開かれ、旅館の主(社長)と女将がご夫婦で薄茶を点てて振舞うという、なんとも優雅なひと時が体験できます。

客室は全部で和室4室、洋室2室、和洋室8室、特別室2室の計16室が揃い、すべてに源泉露天風呂が備わっています。すべての客室名には日本固有の色の名が使われていますが、読めない漢字さえあるひとつひとつの色の名前にも、日本旅館の情緒ばかりか、先人たちの感性の鋭さを感じます。2018年に新たに加わった特別室には「白緑」(びゃくろく)という名がつけられました。

2室用意されている露天風呂付和洋室のジュニアスイート(70㎡)。和室+月見台(テラス)+竹敷広縁+ソファ+ベッドルーム+檜の温泉露天風呂。
6室用意されている温泉露天風呂付和洋室のエグゼクティブスイート(95~100㎡)。畳敷きの本間と竹敷きや土間の広縁の他に、障子で仕切られた和の趣あるベッドルーム。
エグゼクティブスイートの‘檜のプライベート温泉露天風呂’。寒い冬にも檜の湯船でゆったりと温まる静謐な時間。

温泉と同様に圧倒的な支持を受けているのが、スパ「スパ円庭施術院」の存在です。独自に開発された薬師山トリートメントは、温泉入浴の効能と共に、地域の白山の薬草や体質別の生薬を加え、薬草マトリックス「補捨流調」を用いたカウンセリングにより、その人の体質や体調に合わせて施術を提供しているオリジナルのメソッド。薬師山トリートメントは、山代の薬王院温泉寺の建つ場所がその霊性の高さから薬師山と呼ばれていたこと。さらにそこでは僧侶が温泉と薬草を用いて人々を癒していたという歴史に発想を得て誕生したといいます。

スパ「円庭施術院」のトリートメントの様子。温泉入浴に始まり、一人一人に合う各種薬草を用いた「薬師山トリートメント」で心身のケア。

「べにや無何有」では、冬季になると冬の特別料理「加賀橋立港タグ付き活蟹懐石」や、「活蟹づくし」「ズワイガニ料理」などが並び、食事に一段と華やかさが増します。特に蟹は石川県のプライドともいわれ、日本海の蟹の中でも「加賀橋立港タグ付き活蟹」のように、漁港名が刻印された青タグ付きの加能蟹(石川県産、甲羅幅9cm以上の雄ズワイガニ)、香箱蟹(北陸産、雌ズワイガニ)など、厳選された旬の蟹を満喫できることで知られています。

去年から今年、それから来年と、未来を見据えた大掛かりなリノベーションが行われています。昨年はすでにメインライブラリーに加え、フォレストライブラリー(樹木と植物、苔のライブラリー)、ライブラリーゼロ(ゼロや無をテーマにした禅ライブラリー)がオープン、ライブラリーが三か所になりました。客室も新たに露天風呂付ジュニアスイートが完成、他の部屋タイプも全てリニューアル済です。さらに今年の11月1日、大浴場の改装が終わると言います。初めて訪れたのが2010年、以来、進化を続ける「べにや無何有」はどこまで進化するのかますます目が離せません。

「懐石方林」はテラスのあるダイニングスペース。季節に応じて旬の食材を独自にこだわる極上の出汁や料理法で宿の逸品を懐石で食す。

取材・文/せきねきょうこ

Photo: べにや無何有

せきねきょうこ/ホテルジャーナリスト

スイス山岳地での観光局勤務、その後の仏語通訳を経て1994年から現職。世界のホテルや旅館の「環境問題、癒し、もてなし」を主題に現場取材を貫く。スクープも多々、雑誌、新聞、ウェブを中心に連載多数。ホテルのアドバイザー、コンサルタントも。著書多数、21年4月、新刊出版。

http://www.kyokosekine.com

DATA

べにや無何有

石川県加賀市山代温泉55−1−3

📞:0120-07-1340

https://mukayu.com/

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