パリのアートシーンといえば絵画や彫刻が話題になるが、さすがは芸術の国だけあってほかの身近なところでもそこかしこにアーティスティックな風景を見ることができる。そのひとつが「ステンドグラス」の文化だ。


金属酸化物を混ぜることでできる着色ガラスを使って模様や装飾を描くステンドグラス。フランスでも主にキリスト教の物語を民衆に伝えるために教会の窓がステンドグラスで彩られてきたが、その手法はスタイルを変え、あるいは飾られる場所を変えつつ、現代まで受け継がれている。今回はパリで見ることができるさまざまなステンドグラスのアートを訪れてみたい。


まずはパリを代表する教会建築のステンドグラスから見ていこう。



サント・シャペル教会を飾るステンドグラス


パリには今も数多くの教会が残り、礼拝に訪れる市民や観光客を迎えている。1789年のフランス革命のときには教会が閉鎖されたり、彫刻やステンドグラスが壊され、略奪されたりということもあったが、その多くが残された装飾とともに修復を経て後世に受け継がれている。その中でも美しいステンドグラスで知られるのが、パリの中心部シテ島にある「サント・シャペル教会」だ。




ゴシック建築の傑作とされるこの教会が完成したのは1248年。その様式の特徴を存分に活かした上層礼拝堂の大きく高い窓は、創建当時から色鮮やかなステンドグラスで埋めつくされていたという。一部は革命後の19世紀頃に元の図像と様式を変えることなく修復されたというが、今から800年近くも前の人々がこの同じ美しい風景を見て感動していたのだろうと思うと感慨深いものがある。


紫がかって見える独特のステンドグラスは旧約聖書の物語で始まり、キリストの生涯と受難を描いた新約聖書の物語へ。そして最後は細やかな「バラ窓」と呼ばれる円形の窓に描かれるこの世の終末と最後の審判を描いた「黙示録」の情景で終わる。




『黙示録』を描いたサント・シャペル教会のバラ窓


そして中心部から少し離れたパリ15区、隠れたステンドグラスの名所として知られるのが「サン・クリストフ・ド・ジャベル教会」。1863年に創設された最初の木造の礼拝堂を建て替えて1926年に再建築された比較的新しい教会は、装飾家でガラス・家具職人でもあったジャック・グルベールがステンドグラスを手がけた。



サン・クリストフ・ド・ジャベル教会のステンドグラス


彼はアール・ヌーヴォーの時代に新しいガラス装飾を求めて最初のステンドグラスを発表。フランス東部の都市ナンシーでアール・ヌーヴォー建築の遺産として知られる「マジョレル邸」の装飾を手がけるなど、この様式の第一人者として活躍していた。




「バラ窓」のモチーフを現代的にアレンジしたとされる、ほかにはない独特の形に注目したい。コンクリート素材で造られた教会の内部を温めるかのような暖色系のガラス色は、入り込む光を太陽のように見せる。


このジャック・グリュベールがステンドグラスを担当したのが、パリを代表する百貨店で1912年に完成した「ギャラリー・ラファイエット」のシンボルともいえるドーム天井「ラ・クーポール」。先述の「マジョレル邸」でも一緒に仕事をした装飾家のルイ・マジョレルも鉄細工のアーティストとして参画。建築家のフェルディナン・シャニューとともに、まるで宝石のような圧倒的な美しさと繊細さを誇る傑作を生みだした。



クリスマス仕様に彩られたギャラリー・ラファイエット「ラ・クーポール」





地上階からの高さ43mの天井の中心部はガラスと金属の繊細な造形が魅力


この「ラ・クーポール」は第二次世界大戦中に、空襲でドームが崩れたりガラスが壊れてしまわないよう解体され、保存されたという。2021年春には2年をかけて行われた修復も無事に終了し、壮麗な姿を取り戻した。


ギャラリー・ラファイエットに隣接した1865年創設の老舗百貨店「プランタン」も負けてはいない。1921年に起きた火災で屋根の構造とファサードのほとんどを焼失してしまった「プランタン」。その修復に合わせて1923年に完成したのが現在のレディス館の6階に設置されたドーム天井だった。



プランタンのドーム天井「ラ・クーポール」


ガラス職人のウジェーヌ・ブリエールが2年をかけて制作した作品は、やはり空襲を避けるため大戦中に解体され、3185枚のパネルに分割されてパリ郊外の地下に保管された。それが再発見されたのはなんと1973年。その後オリジナル図面をもとに改修・設置をしたのは、制作したウジェーヌ・ブリエールの孫だったという。




2015年にはオープン150周年の記念事業として、このプランタンの「ラ・クーポール」は現代のガラス職人によって完全修復が行われ、約3,400枚のパネルがリノベーションされた。まるで教会建築のような壮麗さに、百貨店にいながらにして厳かな気持ちになってくる。


最後はまた教会のステンドグラスに戻って、ほかには見られない斬新なスタイルをご紹介したい。最初に見たサント・シャペル教会からセーヌ川の左岸に渡ってサン・ミシェル地区へ。数多くのレストランが並ぶ界隈の賑わいに囲まれるように建つ「サン=セヴラン教会」が目的地だ。




パリのステンドグラスでも最も古いとされる伝統的なステンドグラスを見ながら身廊を進むと、いちばん奥にあるのがこの窓。1966年に教会がフランスの抽象画家ジャン・バゼーヌに制作を依頼。カトリックにおけるキリストの神秘を儀礼という形で目に見えるようにした「7つの秘跡」からインスピレーションを受けたとされるステンドグラス作品が1970年に設置された。




これまで見てきたどの作品とも違う、まさに抽象絵画のような表現。バゼーヌはガラスの制作にも精通していて、時代を超えたヒューマニズム、普遍的で純粋な精神性とも言えるような自分の表現世界をこうして形にすることができた。




入り込む光と影、鮮やかな色が織りなすステンドグラスの美しさ。スタイルが変わっても、私たちの社会や暮らしが変わっても、見る人の心に与える感動は変わることがないように思える。世界的には、ほかにも数々の現代美術家などがステンドグラスのアートを手がけているが、これからの時代にまたどんな表現が生まれていくのか楽しみだ。




(文)杉浦岳史/パリ在住ライター
コピーライターとして広告界で携わりながら新境地を求めて渡仏。パリでアートマネジメント、美術史を学ぶ高等専門学校IESA現代アート部門を修了。2013年よりArt Bridge Paris – Tokyo を主宰。広告、アートの分野におけるライター、アドバイザーなどとして活動中。パリ文化見聞録ポッドキャストラジオ「パリトレ」配信中です。



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