超高音域のメロディを華やかな歌声で彩るコロラトゥーラ・ソプラノ歌手、田中彩子さん。ウィーンを拠点に、各国でコンサートに出演し世界を魅了し続けています。寄稿コラム第3回目のテーマは、ウィーンならではの華やかな文化のひとつである舞踏会。田中さんならではの視点で、その魅力を綴っていただきました。

―過去の記事―

ウィーン、時を味わう美しき暮らし
短い夏、長い余韻-ウィーンの夏


オーストリアはカトリックの国。

そのため、クリスマスのイルミネーションは11月から始まり、教会や伝統的な家庭では、基本的にクリスマスツリーを聖三王の日(1月6日)まで飾ります。

ウィーン市内では、街の各所にクリスマスツリー回収ステーションが設けられ、1月中旬ごろまでの間に、ツリーは少しずつ片付けられていきます。

そして、それらがすべて姿を消すと、街は一気にグレーの世界へと変わります。

太陽はなかなか顔を出してくれず、人々は春の訪れを今か今かと待ちわびる日々。

ほんの少しでも晴れ間がのぞけば、寒さをものともせず、みんな一斉に外へ出て、太陽の光を浴びに行きます。

「太陽って、なんてありがたいんだ……」

毎年そう実感させられる、ウィーンの厳しい冬です。

この時期の暮らしは、とても静かです。

朝はまだ薄暗い中で一日が始まり、家の中では間接照明やキャンドルの灯りが活躍します。

外出を控え、家で過ごす時間が長くなるからこそ、住まいの居心地や、窓から見える街の表情が、いつも以上に大切に感じられます。

けれど、そんな冬の只中に、この街ならではの華やかな行事があります。

それが、舞踏会です。

「舞踏会⁉」と驚かれる方も多いかもしれませんが、ウィーンでは今もなお、舞踏会文化が息づいています。

そのルーツは19世紀のハプスブルク宮廷文化。
クラシック音楽、ワルツ、そして社交の作法が融合した、伝統ある行事です。

舞踏会は毎年1月から2月のカーニバル期間に集中して開催され、宮殿、市庁舎、楽友協会、国立歌劇場など、市内の名だたる建物が会場となります。

かつては貴族だけの特権でしたが、今では誰でも参加することができます。

最も有名なのは、ウィーン国立歌劇場舞踏会やフィルハーモニカー舞踏会でしょうか。

チケットは高額で入手も困難ですが、実はそれ以外にも、宮廷舞踏会、ウィーン警察舞踏会、医師舞踏会、民族衣装でも参加できる狩猟舞踏会など、個性豊かでユニークな舞踏会が数多く存在します。

たとえば、お菓子職人舞踏会(Zuckerbäckerball)。 

会場にはウィーンの老舗パティスリーによるお菓子の作品が並び、深夜にはケーキの発表会も行われます。
甘いもの好きにはたまらない舞踏会です。

また、カーニバル(謝肉祭)当日に開かれるルドルフィーナ仮面舞踏会では、参加者は深夜0時まで仮面を着けて過ごします。

カーニバルとは、カトリック圏において、イースター前の断食期間(四旬節)に入る直前の「最後のお祭り」。

語源はラテン語の Carnem levare (肉よ、さらば)。

贅沢や楽しみと一旦別れを告げる前に、思いきり祝う時間を意味します。

実はこの「カーニバル(謝肉祭)」という季節感は、クラシック音楽の世界にも色濃く刻まれています。

たとえば、《動物の謝肉祭》(サン=サーンス)や、ピアノ小品集《謝肉祭》(シューマン)。

ほかにも、ヴェルディの《仮面舞踏会》やドヴォルザークをはじめ、多くの作曲家たちが、人生の喜びと影が交差するこの時期からインスピレーションを得て、数々の作品を生み出してきました。

ウィーンで暮らしていると、こうした音楽が決して「特別なもの」ではなく、季節や街の行事と自然につながっていることに気づかされます。

ちなみに、舞踏会へ行っても、必ずしも踊らなければならないわけではありません。

あくまで社交の場。
会話を楽しみ、空間を味わうだけでも十分です。

音楽も、ワルツ一色というわけではなく、さまざまなジャンルが流れています。

最後に、もうひとつ。

舞踏会も終わりに近づくと、出口でお土産が手渡されます。
たいてい、ちょっとしたプレゼントとパンが入っています。

翌日、そのパンを舞踏会の余韻に浸りながら食べる、遅い朝ごはん。

ここまでが、ウィーンの舞踏会の楽しみ方です。

重たい冬のコートの下にドレスを着て、キラキラひかる冷たい石畳と静かな街並みを眺めながら会場へ向かうと、住み慣れた街が、ほんの数時間だけ特別な顔を見せてくれます。

背筋を伸ばして煌びやかな会場に入ると、ウィーンという街にダイレクトに触れているような気分になります。

そこにあるのは、ただ着飾った人々が踊る光景ではなく、街と住まいと人の暮らしの中で育まれてきた、ヨーロッパの長い歴史と文化の積み重ねです。

冬の厳しさの中でこそ、ウィーンはこんなにも美しく、静かに、そして華やかに輝くのです。

田中 彩子さん

18 歳で単身ウィーンに留学。 22 歳でスイスベルン州立歌劇場にて同劇場日本人初、且つ最年少でのソリスト·デビューを飾る。

その後ウィーンをはじめロンドン、パリ、ブエノス・アイレス等世界で活躍の場を広げている。

ソプラノの中でもさらに高い音域のコロラトゥーラは透き通るような歌声が特徴 で「天使の声」と称され、その歌声を操る数少ない一人。

2019 年 Newsweek 誌 「世界が尊敬する日本人 100」 に選出。アルゼンチン最優秀初演賞受賞。イギリス BBC ミュージック・マガジンにて 5 つ星を受賞。

ブエノス・アイレスのムジカ・クラシカマガジンの表紙を飾る。

《彼女の声は素晴らしいアジリティと本物の叙情的な美しさを持っている》

– イギリス ミュージックウェブ・インターナショナル

《田中は華麗なる鋭敏さと透明さを誇る声だ》

– アメリカン・レコードガイド

広島 AICJ 中学・高等学校理事長。

ウィーン・東京在住。

オフィシャル HP:https://www.ayakotanakaofficial.com/

【公演情報】

公演日:2026年5月22日(金)

開場 18:30 / 開演 19:00

会場:浜離宮朝日ホール(東京都)

公演タイトル:AYAKO TANAKA ≪MANIAC≫ Vol. 2

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