パリのオペラ座と聞けば、この風景を思い出す人も多いだろう。「ガルニエ宮」と呼ばれるこの建物が完成したのは1875年で、日本では明治時代が始まって間もない頃。正面からルーヴル美術館へ向けて伸びるオペラ大通りとセットで整備されたその姿は今でもパリのランドマークとしての存在感を誇り、夜は美しい光でさらに燦然と輝く。


東京・京橋のアーティゾン美術館で開催中の展覧会「パリ・オペラ座ー響き合う芸術の殿堂」は、まさにこの「ガルニエ宮」の誕生から物語が始まる。ここで開催されてきたオペラやバレエは、今につづく伝統的な「総合芸術」。時代ごとに権力者たちが情熱と資金をつぎ込み、演じる俳優やダンサーはもちろん、美術家、建築家、台本作家や作曲家など芸術の粋を集めて、人々を愉しませ、夢を与え、社交界を華々しく彩ってきた。


パリ・オペラ座ガルニエ宮内観 © Jean-Pierre Delagarde / Opéra national de Paris


展覧会は17世紀から現代までのオペラ座の歴史を、フランス国立図書館やオルセー美術館などから来日した約200点を含め、273点もの作品数で綴る。マネやドガ、ルノワールなどの絵画、彫刻、衣装や舞台装置など多彩な展示で、まさに「総合芸術」たる文化を当時の社会の状況も交え、旅するように見ていくことができる。


そんな芸術の殿堂としてのオペラ座だが、現在の「ガルニエ宮」は実は14代目にあたる。火災や建て替えで、歌劇場はいくつもの変遷を重ねてきた。「ガルニエ」の名称はこれを設計した建築家シャルル・ガルニエの名前が由来。1858年、当時のオペラ座だったル・ペルティエの劇場で暗殺されかかった皇帝ナポレオン三世たっての望みで建設が決定し、1861年に公募された設計コンペには171件の応募があったという。そして激戦のなか、名だたる建築家をもおさえて採択されたのが35歳の若きシャルル・ガルニエの案だった。


シャルル・ガルニエ《パリ・オペラ座(ガルニエ宮)のファサード立面図、1861 年8 月》1861 年、フランス国立図書館 ©Bibliothèque nationale de France


華麗な装飾が特徴的なネオ・バロック様式のファサード。この展覧会の序幕ではこのシャルル・ガルニエが描いた立面図や、建設当時に描かれ、今はシャガールの天井画が隠してしまっているジュール=ウジェーヌ・ルヌヴーの絵画《ミューズと昼と夜の時に囲まれ、音楽に魅せられた美の勝利(パリ・オペラ座円天井の最終案)》の最終案習作、さらには建物正面中央のファサード上部を飾る《竪琴を掲げるアポロン、妻壁のグループ》の彫刻習作などを見ることができる。


展示風景(ガルニエ宮天井画とファサードの正面上部を飾る彫刻の習作)


ガルニエ宮が完成した1875年、発案者のナポレオン三世はすでに死去し、フランスは帝政から第三共和政に移っていた。1月5日の落成式には各国の賓客が招かれ、プロイセンとの戦争で傷ついたフランスの復興と国の威信を象徴する存在として、盛大なセレモニーが開催されたという。下の絵画作品ではガルニエ宮を華やかに彩る落成式当日の「大階段室」の様子が見てとれる。


ジャン=バティスト=エドゥアール・ドゥタイユ《オペラ座の落成式、1875年1月5日》1878年、オルセー美術館(ヴェルサイユ宮殿に寄託)Photo ©RMN-Grand Palais (Château de Versailles) / Gérard Blot/ distributed by AMF


展覧会の第一幕以降は、ルイ14世によって1669年に最初に設立されたパリ・オペラ座の変遷を辿っていく。当初は詩人のピエール・ペランに国王の特権が与えられオペラ・アカデミーとして設立。しかし国王からの経済的援助はなく、ペランは1671年の初演オペラを成功させたものの、経済的に苦境に立たされ国王の宮廷音楽監督だったジャン=バティスト・リュリに特権を売却してしまう。


リュリはオペラ・アカデミーを「王立音楽アカデミー」として再編する許可を得るとともに、もともと舞踊を好んだルイ14世の理解も得て、さまざまな特典を与えられた。2000年の映画『王は踊る』は、このリュリの生涯を描いたもの。その中で俳優のブノワ・マジメルが演じたルイ14世の姿を彷彿とさせるような17世紀のドローイングも、展示室で見ることができる。


展示風景(左の2点がルイ14世を描いた1653年のドローイング)他


今でこそ、バレエダンサーといえば女性のイメージも強いが、実は宮廷で男性たちが踊っていたのが始まりだったという。時代の流れとともに少しずつ芸術の担い手が変化していくことも、このオペラ座の歴史が教えてくれる。


ジャン=アントワーヌ・ヴァトー《見晴らし(ピエール・クロザ公園の林越しの眺望)》1715年頃、ボストン美術館


18世紀に入ると美術界は「ロココ」の時代に入り、貴族たちが着飾って宴を催し、会話や踊りを楽しむ様子を描いた「フェート・ギャラント(雅宴画)」と呼ばれる絵画のジャンルが生まれる。代表的なのが画家のジャン=アントワーヌ・ヴァトーやフランソワ・ブーシェ。彼らはオペラ座の舞台装飾や衣装のスタイルに影響を受けているとされ、こうした美術の潮流とオペラ座との関わりも浮き彫りになっていく。


展示風景(左がジュール・ロール《ファニー・チェリートの肖像》)他


さらに時代を下って「ロマン主義」が文学や絵画の潮流となっていった19世紀。それにあわせて「ロマンティック・バレエ」というスタイルが生まれ、身分違いの恋、遠い異国、あの世や妖精など異界の存在との恋など、それまではあり得なかった題材がテーマになった。「異界」の存在を表現するために地面との接点を最小限にしたトゥ(つま先)で立つ技術、この世のものでない雰囲気を表す鐘型のスカート、つまりチュチュの誕生もこの頃のこと。この流れはやがて女性ダンサーの黄金期をリードし、イタリア出身のバレエ・ダンサー、ファニー・チェリートなどのスターを生みだすことになる。


アルフレッド・エドワード・シャロン《『パ・ド・カトル』を踊るカルロッタ・グリジ、マリー・タリオーニ、ルシル・グラーン、ファニー・チェリート》1845年、兵庫県立芸術文化センター 薄井憲二バレエ・コレクション


こうした女性ダンサーの活躍の頂点といえるバレエ作品が、4人のスターダンサーを集めたこの『パ・ド・カトル』だった。当時オペラ座が私企業であったこともあって、高額なチケットを売るための「特典」としてバックステージパスをつけると、多くの裕福な男性たちが定期会員(アボネ)に。バレエは「美しい女性を見に行くもの」というイメージが作られていく。


この頃のオペラ座は「ル・ペルティエ劇場」だった。ここは当初、新劇場が完成するまでの仮設劇場として約1年間という短い工期で建てられ、1821年に誕生。しかし結局は1873年に火災で焼失するまで約50年にわたって使用され、この間さまざまな物語を生み、画家たちのモチーフとなった。


その一人が、エドゥアール・マネだ。


エドゥアール・マネ《オペラ座の仮装舞踏会》1873年 石橋財団アーティゾン美術館


上の《オペラ座の仮装舞踏会》は展覧会を開催するアーティゾン美術館が所蔵するマネの作品で、オペラ座をテーマにした展覧会を企画するきっかけとなったという。美術館は幸運にも、このマネが同じ年にル・ペルティエ劇場という同じ題材を描いたワシントンのナショナル・ギャラリー所蔵の作品の貸し出しにこぎつけ、2作品が世界で初めて同じ壁に並ぶこととなった。近代の絵画を革新したマネによる、ふたつのスタイルの違いに注目したい。


エドゥアール・マネ《オペラ座の仮面舞踏会》1873年、ワシントン、ナショナル・ギャラリー


そしてオペラ座を描いた画家といえば、エドガー・ドガを忘れるわけにはいかないだろう。その代表作というべき《バレエの授業》は、オペラ座の稽古場でレッスンする踊り子たちを描いた一連の作品のひとつだ。


エドガー・ドガ《バレエの授業》1873-76年、オルセー美術館 Photo © RMN-Grand Palais (musée d’Orsay) / Adrien Didierjean / distributed by AMF


ドガは、1867年頃からオペラ座のバレエを取材して作品を描き始めているが、72年頃からこうした踊り子の多様なポーズや日常的な身ぶりをモチーフにした作品を手がけるようになって注目を集めた。彼は1873年に焼失したル・ペルティエ劇場と1875年に開場したガルニエ宮の二つの「オペラ座」にまたがって制作を継続。こうした舞台の変遷を意識しながら作品を見るのも興味深い。


展覧会では、ほかにも20世紀初頭に名バレリーナとして活躍したイダ・ルビンシュタインが実際に使用した髪飾り、作曲家ヴァーグナーのファンだったというルノワールが本人の前で緊張しながら描いたという絵画、18世紀バロック時代の作曲家ジャン=フィリップ・ラモーによる手書きの楽譜など、オペラ文化にまつわる数々の展示品と逸話が散りばめられている。会場に一歩足を踏み入れれば、そこは時空を超えたパリ・オペラ座の世界。パリでさえ体験できない貴重な歴史の旅を、ぜひ東京で味わってほしい。




パリ・オペラ座ー響き合う芸術の殿堂


会場:アーティゾン美術館(東京都中央区京橋1-7-2)6・5階展示室

会期:2023年2月5日(日)まで

開館時間:10:00〜18:00(毎週金曜日は20:00まで)

※入館は閉館の30分前まで

休館日:月曜日(1月9日は開館)、12月28日ー1月3日、1月10日


同時開催:石橋財団コレクション選 特集コーナー展示 Art in Box ーマルセル・デュシャンの《トランクの箱》とその後(4階 展示室)


入館料その他の情報は展覧会公式HPへ

https://www.artizon.museum/exhibition_sp/opera/

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