「アリス」と聞けば、世界中の多くの人がまず思い出すのが物語『不思議の国のアリス』。あなたもきっとその一人ではないだろうか?子どもの頃に見た絵本、英語の教科書や映画など、人生のどこかで出会ったそれぞれの「アリス」。ただこの物語に影響を受けた映画や演劇、アートなどもたくさん存在するなか、どれがほんとうのアリスで、原作のストーリーはどういったものか、と聞かれたら、とまどってしまう人もいるかもしれない。

そんな「アリス」の原点と、世界の人々を夢中にした文化現象をたどった初めての大規模展『特別展アリスーへんてこりん、へんてこりんな世界』が、この物語のふるさとである英国から東京・六本木にやってきた。作者はどんな人?モデルはいるの?ほんとのアリスはどれ?どうして人気なの?などなど、たくさんの「知らなかった!」がつまったこの展覧会が話題を呼んでいる。

ルイス・キャロル チャールズ・ラトウィッジ・ドジソン、ドジソン家のアルバムより、19世紀 © Victoria and Albert Museum, London

『不思議の国のアリス(Alice’s Aventures in Wonderland)』の作者の名がルイス・キャロルであることを知っている人は多いだろう。けれど彼が数学者だったことはご存知だろうか。ルイス・キャロル、本名チャールズ・ラトウィッジ・ドジソンは19世紀英国のオックスフォード大学で教鞭をとっていた博識の数学者。アリスの冒険は、ドジソンが隣りに住む知人ヘンリー・リドゥルの娘たちに語った即興の物語から始まった。「アリス」の名は、その姉妹の次女アリス・リドゥルに由来するのだが、彼女自身も好奇心と知識欲にあふれた少女だったという。

聖アグネスの姿をしたアリス・リドゥル、ジュリア・マーガレット・キャメロン撮影、鶏卵紙写真、1872年9月、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵 © Victoria and Albert Museum, London


ドジソン、リドゥル両家は、オックスフォード大学のクライスト・チャーチ学寮の学寮長館に住んでいた。クライスト・チャーチは16世紀に創設された伝統的なカレッジで、「ハリー・ポッター」の舞台になったことでも知られる。ドジソンは自分を取り巻くこうした環境をインスピレーションの源泉にして、さまざまな文化、政治、科学的知識などを盛り込んで、おとぎ話を創作。そこに論理学や言葉遊び、パズルといった個人的な好みを添えながら独自のストーリーと世界観を構築していった。

アリスとトウィードルダム、『鏡の国のアリス』より、ジョン・テニエル画、ダルジール兄弟彫版、木版画、1872年 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵© Victoria and Albert Museum, London

物語が生まれた19世紀。それは産業革命で技術の革新が進み、世界が文化と経済でつながるグローバル化も進行して、人間社会が大きく変わっていた時代。ドジソンはそんな背景も反映しつつ、挿絵画家として知られたジョン・テニエルと話し合いを重ねながら作品を仕上げていく。そして1865年に『不思議の国のアリス』を刊行。「ルイス・キャロル」のペンネームは、このときにつけられたものだ。自分の本名をラテン語にした上で前後を入れ替え、もう一度英語に戻してつくったものだというから、言葉遊びの好きな彼の趣味が感じられる。


展覧会の第一章<アリスの誕生>では、ドジソンによる手書きの構想、テニエルの原画、そして物語を生みだしたヴィクトリア朝という時代を紹介することで、原作の背景を浮き彫りにしていく。

トランプに襲われるアリス、『不思議の国のアリス』より、ジョン・テニエル画、1898~1900年、幻灯機用スライド、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵 © Victoria and Albert Museum, London

たとえばこれは、アリスがトランプに襲われる有名なシーン。フィルムが登場する以前に、静止画に命を吹き込む技法として使われていたスライドを用いる幻灯機のスライドのうちの一枚で、これによって観客は挿絵を臨場感あふれるスタイルで楽しむことができたという。展覧会ではほかにも物語の名場面を描いた数々のオリジナル画が紹介され、ルイス・キャロルとジョン・テニエルが創りあげようとした世界観を感じることができる。



世界中にインスピレーションを与え続けたアリス。

1871年には続編として『鏡の国のアリス』を発表したルイス・キャロル。その後、ふたつの著作は世界170以上の言語に翻訳され、アート、映画、音楽、ファッション、演劇、写真などさまざまなジャンルの創作活動にインスピレーションを与えていくことになる。その影響は約160年後の現代でも健在だ。

第2章はその代表的なものとして、映画になったアリスにふれる。初期のサイレント映画から、ハリウッド映画、そして文化的な大きな影響力でムーブメントを生みだした1951年公開のディズニー映画『ふしぎの国のアリス』。さらにティム・バートン監督による2010年と16年の新作『アリス・イン・ワンダーランド』『アリス・イン・ワンダーランド/時間の旅』までを紹介している。


サイケデリックなチェシャー猫のポスター、米イースト・トーテム・ウエスト社発行、1967年、 ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館 © Victoria and Albert Museum, London


地図やはっきりした定義もなく、超現実的な物語と個性豊かな人物たちが登場する「不思議の国」。後世のクリエイターたちは、さまざまな解釈で物語を発展させ、いろいろな場所や文化、社会を反映した独自の「不思議の国」を誕生させていく。特に20世紀の急進的なアーティストたちの想像力をかき立て、サルバドール・ダリなどシュルレアリストたちは、原作の根底にある概念やイメージを創作のヒントに。そしてアリスがもっていた強い意思そして批判精神は、のちに反権威的精神のシンボルにもなっていった。上の赤いポスターは、1960年代にアメリカ人アーティスト、ジョゼフ・マクヒューが、物語に登場する「チェシャー猫」をサイケデリックにデザインしたもの。万華鏡のようなスタイルはアートとして受け入れられ、この時代のヒッピーたちに支持されたといわれる。

ほかにもアリスに影響を受けた草間彌生の作品、バレエなどでの舞台衣装、あるいは英国のファッションデザイナー、ヴィヴィアン・ウエストウッドらによるファッションなど、約300点もの作品や資料が一堂に会する。そのビジュアリスティックな表現はそれぞれ違っても、どれもがルイス・キャロルが生みだした「アリス」への愛着やオマージュから生まれている点では共通している。

ハートのクイーンを演じるゼナイダ・ヤノウスキー、ロンドンのロイヤル・オペラ・ハウスでの英国ロイヤル・バレエ団公演『不思議の国のアリス』より、2011年 ©ROH, Johan Persson, 2011 . Sets and costumes by Bob Crowley

ヴィヴィアン・ウエストウッド ゴールド・レーベルのアンサンブル、2015年春夏コレクションで発表 ©UGO Camera

そして今回は、展覧会の演出にも注目したい。日本展のもととなっているロンドン、ヴィクトリア&アルバート美術館での展示演出は、著名な舞台デザイナーのトム・パイパーが担当。原作の世界観に没入できるような遊び心あふれる演出で、「不思議の国のアリス」の世界を心ゆくまで楽しむことができる。

ヴィクトリア&アルバート美術館での展示の様子 Alice Curiouser and Curiouser, May 2021, Victoria and Albert Museum Installation Image, Cheshire Cat created by Victoria and Albert Museum, Alan Farlie, Tom Piper, Luke Halls Studio ©Victoria and Albert Museum, London



これほど有名で、誰もが名前を知っているのに、あまり知らなかったアリスの世界。シーンそのものが「ワンダーランド」のようなこの展覧会で、その深みと広がりを探検してみてはいかがだろう。



特別展アリスーへんてこりん、へんてこりんな世界


会場:森アーツセンターギャラリー(六本木ヒルズ森タワー52階)

会期:2022年10月10日(月・祝)まで

開館時間:10:00〜20:00(月・火・水曜は18:00まで)

※9/19、10/10は20:00まで 

※最終入館は閉館30分前まで 

※会期・開館時間は変更の可能性があります。ご来館前に公式サイトをご確認ください。※事前予約制

料金など詳しくは展覧会公式HPへ

https://alice.exhibit.jp

ヴィクトリア&アルバート美術館での展示の様子 Alice Curiouser and Curiouser, May 2021, Victoria and Albert Museum Installation Image, Tea Party created by Victoria and Albert Museum, Alan Farlie, Tom Piper, Luke Halls Studio ©Victoria and Albert Museum, London

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