この夫妻の出会いがなかったら、世界的建築家の評価や北欧デザインのあり方も違っていたかもしれない。そんなことを思わせる展覧会が、世田谷美術館で開催されている。

それが「アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランドー建築・デザインの神話」展だ。物語の主人公となる「二人のアアルト」とは、フィンランドの建築やプロダクトデザインの基軸を作った20世紀を代表するデザイナー、アルヴァ&アイノ・アアルト夫妻のこと。展覧会は、25年間を公私ともにパートナーとして過ごした二人の人生、とりわけこれまで注目される機会の少なかった妻、アイノの仕事や影響にもスポットをあて、アアルト建築とデザインの本質と魅力を再認識させてくれる。


フィンランドといえば、現代ではご存知の通りスウェーデンやデンマークなどと並び「北欧デザイン」の発信地として知られた国。家具の「アルテック」、テキスタイルの「マリメッコ」、ガラスの「イッタラ」、陶器の「アラビア」など人気のブランドがあり、建築の世界でも国際的に高く評価される。プロダクトはシンプルなのに温もりが感じられ、かつ機能的。自然の素材やモチーフがよく使われるなど、私たち日本人の感性にも合う。

展覧会は、こうした北欧デザインの源流のひとつを知るきっかけにもなりそうだ。


アイノ・アアルトとアルヴァ・アアルト ニューヨーク万国博覧会フィンランド館にて、1939年 Alvar Aalto Foundation


二人が出会ったのは1924年。4つ年上のアイノは、ヘルシンキ工科大学建築学科を卒業したあとしばらくして、同じ大学の出身者であるアルヴァが主宰する建築家事務所でアシスタントとして仕事を始める。すでに在学中に出会っていたという二人にいつ愛情が芽生えたのかはさておき、入所の半年後に早くも二人は結婚することになる。

その頃ヨーロッパでは、建築やデザインの世界で「モダニズム」のムーブメントが広がっていた。たとえばフランスで、建築家のル・コルビュジエが『レスプリ・ヌーヴォー』という雑誌を創刊し、「住宅は住むための機械である」という言葉を使ったのは1923年。機能に沿ったシンプルなデザインが主流になろうとする時代だった。

フランスに残るモダニズム建築の名作、ル・コルビュジエ設計の「サヴォワ邸」(筆者撮影)


アルヴァは当初、北欧古典主義と呼ばれる装飾的な手法を用いていた。それが、アイノと行ったウィーンやイタリアへの新婚旅行をひとつのきっかけに、モダニズムデザインに目を向けるようになる。同時に、二人が生活を共にするようになって生まれた「暮らしを大切にする」という視点は、アルヴァの仕事に使いやすさと心地よさ、そして優しさや柔らかさという要素を添えていくことになった。


この展覧会の前半には、1927年にアルヴァの建築家事務所がコンペを勝ち取り、設計した「南西フィンランド農業協同組合ビル」の中に二人が構えた自宅兼事務所の子ども部屋が再現されている。これは妻のアイノ・アアルトが、幼い子どもたちのために自らデザインしたもの。危なくないように角を丸くした2つのテーブル。子どもたちが自分でおもちゃを出し入れしやすいよう床におかれた扉のない大きな棚。触らせたくないものをしまえる、子どもの手に届かない吊り棚・・・。母親としての視点も活かされた「使う人本位」のデザインは、その後の二人の仕事の方向性を感じさせる象徴的な作品といえそうだ。


エイノ・カウリア/アルヴァ・アアルト、パイミオのサナトリウム1階天井色彩計画、1930年頃 Alvar Aalto Foundation


1928年に、やはりコンペで獲得したパイミオのサナトリウム(結核療養所)も彼らの代表作。ここにはモダニズムデザインの国際的な潮流からの影響と、フィンランドならではの自然から感受した要素をモチーフにしたデザイン、患者を意識した人間本位の優しさが織りまぜられている。

外観はル・コルビュジエの「近代建築五原則」を採り入れた水平連続窓の開放性によって光と新鮮な空気が満ち、屋上には太陽光を浴びることのできるテラスも設けられた。

そして内部には、このサナトリウムのためにデザインされた椅子「パイミオ チェア」が置かれる。アアルトはフィンランドで多く産出される白樺を使って家具を作ることを思いつき、その木材を加工して曲線を形成する「曲げ木」の開発に大きく貢献した。これによって見た目に優しく、身体にもなじむ、丸みを帯びたフォルムが生まれ、かつ素材調達のコストを下げることも可能になった。この「41 アームチェア パイミオ」は、その背もたれの角度に結核患者が呼吸をしやすいように、という配慮もされているという。

アルヴァ・アアルト、41 アームチェア パイミオ、1932年デザイン Photo: Tiina Ekosaari Alvar Aalto Foundation


病室の消音設計された洗面器の解説図/パイミオのサナトリウム、1933年 Alvar Aalto Foundation


さらにはこの解説図のイラストのように、静かな病室内で水音を抑え、かつ水が飛び散らないようデザインされた洗面器など、まさしく使いやすさと心地よさへのこだわりが美意識にまで高められた造りとなった。


他にも数々の作品が生みだされていくなか、彼らのこうした想いがひとつの集大成になったのが、家族の新たな自宅兼事務所であるヘルシンキの「アアルトハウス」だろう。夫妻にとって住宅とは、住む人間にとって快適な安息の場であり、プライバシーが守られ、かつ室内に光がたっぷりと、さらに自然をより身近に感じられる場所。「アアルトハウス」は、彼らが思い描いたモダンな住宅の理想をかなえるものだった。展覧会では当時の設計イラストや写真、映像に加えてリビングルームが再現されていて、その居心地のよさを肌で感じることができる。

アアルトハウス庭側立面スケッチ、1935年Alvar Aalto Foundation


本展展示室に再現されたアアルトハウスのリビングルーム(筆者撮影)


アアルト夫妻の業績を語るとき、しばしば建築をアルヴァ、インテリアや家具デザインを主にアイノが担当したと言われるが、実際には、彼らは互いの才能を認めあい、影響しあいながら作品を作り続けてきたという。今では珍しくない夫婦の関係だが、当時の社会でそれは先駆的なものだった。彼らが、高品質な製品を人々の暮らしに普及させ、モダニズム文化を促進するために友人と共同で設立した「アルテック」社の初代ディレクターにアイノが就任したことにもそれは現れている。


先述したパイミオのサナトリウムなど、1930年代初頭にアルヴァが手がけた建築はヨーロッパにおける彼の評価を高めるとともに、革新的な家具デザイナーとしての夫妻の名声も高めることになる。ミラノ・トリエンナーレでは、1933年には曲げ木の家具でアルヴァが金メダルを、1936年にはアイノがデザインしたガラス器「ボルゲブリック」シリーズが金メダルを獲得するなど、二人の仕事は世界的に評価された。


アイノ・アアルト、ボルゲブリック・シリーズ、1932年デザイン Alvar Aalto Foundation


アイノはヨーロッパを旅して集めたアイディアをもとに、アアルト家具を軸においたアルテックのスタイルをプロデュース。彼女が中心になって展開した子どものための家具が国内の幼稚園で長く定番化され、モダンデザインに親しむ新しい世代を生みだしていったこともあり、アルテックストアは現代につづくフィンランドにおけるインテリアデザインとアート、新たな文化の発信地となっていった。


この展覧会の終わりには、二人が設計した1939年のニューヨーク万国博覧会フィンランド館の模型が観客を迎えてくれる。このとき、フィンランドは独自のパビリオンを建設する予算がなく、既存の建物を利用。アイノとアルヴァは、平凡な四角い空間から直角の要素を消すため、アアルトならではの美しい曲線が前傾しながらうねる高い壁、対向にレストランが入ったバルコニーを対比させてドラマティックな空間を創りあげた。

アイノとアルヴァがデザインした家具、ガラスの花器「アーロン・クッカ」などがずらりと紹介されたパビリオンは、まるで二人の仕事の集大成のようだったろう。

しかしその10年後の1949年、妻のアイノはこの世を去ってしまう。まだ54歳の若さだった。

戦前の時代から、夫のアルヴァと対等な関係で自らも建築家・デザイナーとして活躍したアイノ・アアルト。夫と子どもたち、そして暮らしを愛し、その生活に根ざした視点を人間本位のデザインに活かした、彼女の存在なくして、アアルト建築の豊かさは生まれなかっただろう。この二人の物語を知ったあとには、北欧デザインの優しさにいっそうの親しみが感じられた。



アイノとアルヴァ 二人のアアルト フィンランド建築・デザインの神話

Aino and Alvar Aalto : Shared Visions

会期:2021年6月20日(日)まで ※5月31日(月)(予定)まで臨時休館

●休館中も展覧会が楽しめる「世田美チャンネル」が公開されています。

https://www.setagayaartmuseum.or.jp/digital/setabi_channel/

会場:世田谷美術館 1 階展示室

住所:東京都世田谷区砧公園1-2

開館時間:10:00~18:00(入場は17:30まで)

休館日:毎週月曜

観覧料:一般 ¥1200 ※日時指定予約制

問い合わせ先/tel. 050-5541-8600(ハローダイヤル)

※新型コロナウィルス感染症拡大抑制のため予定は変更されることがありますのでウェブサイトにてご確認ください。

美術館ウェブサイト:

https://www.setagayaartmuseum.or.jp/



(文・杉浦岳史)

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