友人が訪ねて来たら連れて行きたいお気に入りの飲食店が誰にでもひとつはあります。街の人々に愛され、みんなが通い続けるレストランこそ、胸をはって紹介したい“わが街の味”。この連載では、そんな街で人気のレストランを紹介します。今月は歴史ある住宅街・大田区山王にある人気中華。街の巨匠のダイナミックな料理に心が躍ります。

紹介する街●大田区山王

【中華】 中国料理 くろさわ東京菜

歴史ある住宅街で愛される

実力派シェフの食材ありきのメニュー

賑やかな大森駅を抜けて、古くからの住宅街である大田区山王方面へ歩くと、一軒家の中華レストラン『くろさわ東京菜』がある。ミシュランガイドでビブグルマンに選ばれた、このエリアで愛される人気店だ。店の前の通りは、かつて独逸学園があったことからジャーマン通りと呼ばれている。

その頃は周辺にドイツ人を始め、外国人が多く住んでいたという。その名残か、今でもどこかハイカラな匂いが漂っている。大森駅の奥に広がる大田区山王は郊外の別荘地として開けた。政治家や実業家が邸宅を構えた由緒ある高級住宅街として知られている。

こぢんまりした温かな雰囲気も街のレストランらしい。

店主の黒澤篤也さんがこの場所に店を構えたのは10年前。ターミナル駅のような場所ではなく、静かな住宅街に店を持ちたいと考え、探して出会ったのが今の立地だったという。その時に思い描いた通り、地元の人々から親しまれ、愛される店に育っている。

東京には、季節の上質な食材が集まってくる。店名の“東京菜”というネーミングには、それを美味しく食べさせる料理を作りたいという思いをこめた。だからメニューには産地から直接届く季節の食材がズラリと並んでいる。春のホワイトアスパラ、山菜、秋には茸、冬には中華料理では珍しいジビエまで。

黒澤シェフと奥様の二人で迎えてくれる。

「メニューは食材ありきですので、ほぼ日替わりです。

常連のお客様はメニューを見ないでおまかせコースを食べる方も多いのですよ。

お付き合いの長い常連さんなら、こちらも好みを知っていますので、

それぞれにお好きなものを出すようにしています」と黒澤さんは穏やかに話す。

通ってくる常連のほとんどが頼むというスペシャリテは、今回紹介するフカヒレ。フカヒレというと黄金のスープで煮込んだものを想像するが、凄みのある黒いソースをまとって登場したのには驚いた。これは、戦前にあった古い上海の煮込み料理からインスパイアされたものだとか。

毛鹿鮫尾びれの煮込み(80g) 10000円
気仙沼さんのフカヒレを、たまり醤油と鶏ガラなどから出汁をとった白湯(パイタン)をベースにしたソースが特徴的。

黒澤さんはフカヒレだけでも5~6種類の味付けを使い分けているという。そう聞けば、ここに通ってそのすべてを味わってみたくなる。もうひとつの皿は、佐賀産のホワイトアスパラが主役だ。ヨーロッパ産のように立派なサイズはインパクト絶大。ソースには塩漬け卵の鹹蛋(シェンダン)とピータンを使っている。卵とホワイトアスパラというコンビはフレンチなどでも定番だが、そのエッセンスを中華風にアレンジしているのだ。

極太ホワイトアスパラガス 3000円
大きなアスパラガスを豪快に使った春の定番メニュー。黒澤さんの料理は脂を控えているので、中華といっても脂っこくなくさっぱりしている。

実は黒澤さん、元はイタリアンのシェフだったとか。ある時食べた中華料理の美味しさに感動したことがきっかけで、中華の厨房へ飛び込んだという。そこからしっかりと修行を重ねて独立を果たしたが、そんな背景を聞くと、食材をシンプルに食べさせるイタリアンのDNAが料理の根底に流れているようにも思えてくる。

黒澤さんのメニューには、埼玉県東村山と静岡県富士宮の農家から届く有機栽培無農薬の野菜がたっぷり使われている。

全国の生産者から届く上質な食材を、その日のメニューに仕立てる、それも中華料理で。楽しいけれど難しいこのスタイルは、何度も足を運ぶ常連が多い住宅街のレストランでこそ強みを発揮する。いい店は街が育て、街はレストランによって活気を取り戻す。レストランと街は繋がっているのだ。この連載のテーマでもある、街とレストランのいい関係がまさにここにある。

中国料理 くろさわ 東京菜

ちゅうごくりょうり くろさわ とうきょうさい

住所:東京都大田区山王2-36-10 石毛第2ビル

電話:03-5743-7443

営業時間:11:30~14:00(13:30LO、土曜・日曜・祝日~15:00(14:30LO)) 

     18:00~23:00(22:00LO)

定休日:月曜(祝日の場合は翌火曜)


※掲載価格は税別価格です(2021年3月現在)

(取材&文・岡本ジュン 撮影・マツナガナオコ)


Share

LINK