コロナ禍で旅行もままならなくなった昨今、過去の旅のことを振り返る時間ができた。私の旅の記憶には、現地での食べ物の思い出が必ずついてくる。イタリアのナポリではモチモチのマルゲリータを、ボローニャでは何皿でも食べられそうなタリアテッレアラボロネーゼ、フランスのカルカッソンヌでは熱々のカスレ、ストラスブールではゲヴェルツトラミネールとタルトフランベに舌鼓を打った。


中でも、地域に関係なくフランスの地方都市のあちこちで食べた記憶があるのがガレットだ。ラングドック地方のモンペリエで生活していた時には、ファーブル美術館の帰り道によくCrêperie(クレープリ)に立ち寄った。クレープリとはクレープとガレットを扱う店のこと。クレープは小麦粉をベースに、砂糖やバターを乗せた甘い味付けのもので、ガレットは蕎麦粉をベースに主食として食べる塩味が主体のものである。お店によって、生地の厚さや味そのものに違いがあって面白く、幾つもの店を試した。クレープリはファーストフードではカジュアルすぎるが、レストランまではという気分の時に入りたくなる存在で、学校に通っていた頃は、テラス席でガレットを頬張りながら時間を気にせず単語の暗記をしていたこともある。

ガレットの歴史は驚くほど古く、紀元前7000年に遡る。ある女性が太陽で熱された平らな石の上に、蕎麦で作ったお粥をこぼしてしまい、固まったそれを食べてみたところ美味しかった、という話が知られている。タルトタタンはタルト生地を敷き忘れてしまうという大失態から生まれたというし、食べ物誕生の逸話は意外と失敗から始まるのかもしれない。

ガレットとはブルターニュのケルト系の人たちの言葉で言う「平たくて丸いもの」を指す。そもそもブルターニュ地方は土地が痩せて小麦が育たなかったので、蕎麦の栽培が盛んであった。庶民の主食は、この蕎麦粉を石の上で焼いたもので、パンの代わりとして食べられてきた。だからガレットといえばブルターニュのイメージがあるが、実際のところはフランス各地でも独自に作られており、例えば中部のリムーザン地方にはgaletous(ガレトゥー)やtourtous(トルトゥー)があり、オーベルニュ地方にはbourriol(ブリオル)がある。また原料をひよこ豆にすればニースのsocca(ソッカ)や、栗粉に代えればコルシカ島のnicci(ニチ)となる。さらに国を広げて見れば、アメリカのパンケーキや、ロシアのブリニ、イタリアのピアーダやメキシコのトルティーヤなど、同じような発想から出来た料理は数えきれないほどある。日本では…、お好み焼き?ちょっと違うような気もするが。(笑)

ということで今回はガレットをご紹介する。ガレットの生地の作り方さえ覚えれば、後は好きな具材を合わせるだけで、選択肢は無限にある。ツナトマト、ベーコンチーズ、ミートソースサラダなど。今回はサーモンとアボカドをメインの具材とした。サーモンは抗酸化作用が高く、アボカドは食べる美容液と言われるほど栄養価に優れた食材だ。食物繊維、葉酸、カリウム、ビタミンB1、B2、さらにB6も豊富に含まれる。美味しく、体にも良いものを意識して食べることができるのが自分で料理をするメリットではないか。

今回の器はヘレンドのもの。ヘレンドはハンガリーの陶器工房で、19世紀半ばにヴィクトリア女王がウィンザー城用にディナーセットを注文したことで世界的に名の知られるブランドとなった。今回のミルフルールは千の花を意味し、皿一面に花の絵が散りばめられている。全て手書きで1枚1枚に表情が異なるのが嬉しい。

【サーモンアボカドのガレット】

―材料(1人分)※生地は4枚分

  • そば粉 100g
  • 卵 2個(生地用と具材用)
  • バター 15g
  • 牛乳 250ml

  • サラダリーフ 適宜
  • 溶けるチーズ 適宜
  • アボカド 適宜
  • スモークサーモン 適宜
  • ホワイトバルサミコ 適宜

①バターは電子レンジにかけて溶かしておく。

②生地を作る。大きめのボウルに卵1個を割ってよく混ぜたら、牛乳加える。さらに蕎麦粉を少しずつ加えながら、泡立て器でしっかり撹拌する。混ざったら溶かしバターを加えてさらに混ぜる。ラップをして冷蔵庫で一晩休ませる。

③生地を焼く。フライパンに分量外のバターを、紙などを使って満遍なく広げる。ここへ全体にちょうど広がる程度の生地を流し入れる。表面が乾いてきたら卵を中央に割る。卵黄が中央に定着するように器の端で少し押さえておく。

④卵の白身が固まってきたら、チーズとサーモンを乗せる。

⑤生地を端から折って、しばらく押さえる。

⑥お皿に移して、バルサミコで合えたサラダリーフとアボカドを乗せる。好みでマヨネーズや胡椒、家にあるドレッシングなどをかけても良い。

前日に生地を作っておけば、後は焼くだけで気軽に作ることができる。自分のためだけでなく、家族や、友人をもてなすのにもおすすめだ。少し気が早いがクリスマスにも良いだろう。

料理家 千 麻子

学習院大学で美術史と経営学を専攻し、博物館に勤務。美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ランスのレストランL’assiette champenoise(ミシュラン三つ星)の厨房で研鑽を積む。
Instagram: https://www.instagram.com/asako_sen/

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