「エルメス銀座店」が入った「銀座メゾンエルメス」の上層階に、アートギャラリー「フォーラム」があることをご存知だろうか。数寄屋橋交差点のシンボルとなったガラスブロックの設計は、「行灯(ランタン)」をイメージした世界的建築家レンゾ・ピアノによる名作。そこに差し込む光を存分に活かしたこの建物の8・9階空間が絶好のアート・スポットになっているのだ。

エルメスというメゾンは、そのロゴからもわかるように馬具職人をルーツとしていて、その技術と品質は時代を超えてさまざまな努力と研鑽のもとに今に受け継がれてきた。こうした経緯から職人技術の保護と伝承をはじめ、芸術、環境、教育などの支援を行う「エルメス財団」が2008年に創設され、日本ではこの「フォーラム」でフランスをはじめとする国内外のさまざまなアーティストを招聘したユニークな展覧会を随時開催している。


反射ブレード(刃板)|1966-2005 | スチール、49刃板、カンヴァスにアクリル | 277 x 252 x 80 cm


現在開催中の展覧会は「Les Couleurs en Jeu ル・パルクの色 遊びと企て」。1928年にアルゼンチン、アンデス山脈のふもとに生まれ、1958年から移り住んだフランスで92歳になる今も精力的な活動をつづける美術家、ジュリオ・ル・パルクの日本初の個展だ。

彼はモンドリアンやロシア構成主義に大きな影響を受け、幾何学的な抽象画の制作を開始し、1960年代にはパリで発足した視覚芸術探求グループ(GRAV)に参画。1966年にはヴェネチア・ビエンナーレ国際美術展の絵画部門でグランプリを受賞して世界の注目を集めた。今回の展覧会は、70年以上の長い制作活動の中で彼が追求してきた「色」「光」「動き」そして作品と鑑賞者の関係性といったテーマの中でも、もっとも鮮明な印象をもたらしてきた「色」にフォーカスしている。


《ロング・ウォーク》ファサード展示風景 | 1974-2021 | 1421枚の着色したポリ塩化ビニールシート | 約287㎡ ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès


数寄屋橋交差点から「メゾンエルメス」を眺めたら、そこからすでに展示が始まっていると言っていいだろう。ガラスブロックのファサードを貫く色彩の帯。この鮮やかな色そのものが、まさにジュリオ・ル・パルクの表現。この作品《ロング・ウォーク》は1974年の発表以来、数多くのバリエーションが制作されてきた。2015年にはエルメスとのコラボレーションで、メゾンのアイコンともいえるシルクスカーフを制作するプロジェクトに彼のこの作品が起用され、話題を呼んだ。

建物正面のウィンドウでも「視覚遊び」と題されたジュリオ・ル・パルクの作品と融合したディスプレイを展開中。ミラーパネルの効果により、動かないマネキンが動く私たちの目からは幾通りにも変化する。さらにファサードに面してガラスブロックにはめ込まれた16個のショーケースでも、彼が70・80年代に制作した作品群を部分的に立体にしたモチーフとエルメスの商品が一体になった小さな世界が展開されていて見逃せない。


Photo: Satoshi ASAKAWA


展示会場の「フォーラム」へは、このファサードに向かって右手側にあるソニー通り沿いの専用エレベーターから向かう。エレベーターに乗ったら、すぐに扉と反対側の壁に注目してほしい。昇り始めると、シャフトに描かれたジュリオ・ル・パルクの色彩豊かな作品がまるで映像のように流れていく。「色」と「動き」と「光」そして昇っていく私たちと作品の関係の変化、そこに遊び心が加わったまさに彼らしい作品といえそうだ。


展示風景(エレベーター)(筆者撮影)


実は、これらの色はジュリオ・ル・パルクが作品ごと思いのままに色をつけているわけではない。使われているのは14色。1959年に色の研究に取り組みはじめた彼は、あらゆる色から14色のみを基調として選び、それ以外の色を使わないというルールを自分に課して作品を展開していった。彼はこの14色から、まずは横方向に移動する1色または2色の単純な組み合わせを作り、そこから縦、横、斜めに4色、さらにその上に新しい4色を重ね・・・とその可能性を拓いていったという。シリーズごとに色の配列を設定し、回転や反復、分割などのヴァリエーションを探究。その過程は本展に展示されたドローイングなどからもうかがえる。


カラープロジェクト no.4 | 1959 | 紙とロドイドにグワッシュ | 22 x17 cm ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès


展示風景 ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès


そして展示のクライマックスは、光、動きをとりこんだモビールと呼ばれる彼の代表作品だ。「フォーラム」の2つの吹き抜け空間に、ひとつは1456枚のプレキシガラスを使った14色カラーのモビール、そしてもうひとつは3360枚ものステンレス板から生まれたモビール。色の違うふたつのインスタレーションが、ギャラリーを席巻する。


モビール 14色| 2021| 1456枚のプレキシガラス、塗装スチールワイヤー、金属 | 578 x 173 x 151 cm(各15 x 15cm)  ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès


展示風景 モビール | 2021| 3360枚のステンレススチール、スチールワイヤー、金属 | 532 x 375 x 375 cm(各15 x 15cm)(筆者撮影)


とりわけステンレスのモビールは、光を映し、空間を映し、私たち鑑賞者も映し、つねにゆらゆらと動いてその姿を変える。それが空間そのものの感覚を変化させていくようで、ずっと見ていても飽きない。そこには彼が芸術活動を通して実践してきた、観客参加を促すという思いに通じるものがあるように感じられる。

彼は芸術が限られた人々だけのものになることに疑問を投げかけ、視覚的な遊び、時にはゲームの要素を用いることで、誰もが芸術に参加してほしいという願望を形にしてきた。彼が1960年代に他のアーティストとともに結成した視覚芸術探求グループ(GRAV)でも、パリの街角に繰り出し、大衆の参加をうながす「街の一日」という活動を行った。これは人々の日常をちょっとずらすことで、繰り返す習慣の網の目にくさびを打ち込むことを狙ったものだった。


GRAV、街の一日、パリ|1966


現代の私たちも、ここメゾンエルメスに足を運び、非日常的な「フォーラム」のギャラリー空間で少しでも作品に心を動かされ、いつもと違う感覚を得たとしたら、ジュリオ・ル・パルクの芸術に参加したことになる。今年20周年を迎えるというメゾンエルメスのビル全体を使いながらル・パルクとこの展覧会が目指すのは、鑑賞者との開かれた出会い。「ル・パルクの色 遊びと企て」というタイトルにあるような芸術家の探求心と遊び心満載の試みの中に、ぜひ飛び込んでみてほしい。


展示風景 ©Nacása & Partners Inc. / Courtesy of Fondation d’entreprise Hermès


Les Couleurs en Jeu ル・パルクの色 遊びと企て

ジュリオ・ル・パルク展

会期:2021年11月30日まで 

[ファサード展示]2021年10月中旬までの予定

開館時間:11:00〜19:00(最終入場18:30)

※エルメス銀座店の営業時間に準じ、当面の間、開館時間を短縮させていただきます。

不定休(エルメス銀座店の営業に準ずる)

入場料:無料

会場:銀座メゾンエルメス フォーラム 8階・9階

   中央区銀座5-4-1

銀座メゾンエルメス ウェブサイト: https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/

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