東京オリンピックが開催されている今年は、例年に劣らず厳しい猛暑が続いている。

あまりの暑さに食欲がわかないこともあるが、そんな時こそしっかり食べて元気をつけなければ!とよく作るのが今回ご紹介するすだち冷麦。あっさり、つるっといただけるすだち冷麦は、程よい酸味が刺激となって、食事を楽しむ意欲が戻ってくる。そのことがわかっているので、我が家では必ず天ぷらと組み合わせて出すようにしている。食べ終わる頃には、食欲がなかったことが嘘のようになってしまうのだ(笑)。

一般的にはすだち蕎麦が多いが、蕎麦の香りに合わせて醤油の味を強める必要があるし、逆に細いそうめんではあまりにそっけなくなってしまうので、喉越しの良い冷麦を合わせるのが私の好みだ。丁寧に取った出汁を全て飲み干せるように、まろやかでさっぱりとした味付けにしている。

冷麦を含めた麺類の起源である唐菓子(からくだもの)は、奈良時代に大陸から伝わった。小麦粉や米粉、もち粉などをベースに、揚げたり焼いたり様々な製法で作られ、当時貴族の間で人気を博した。その一つの索餅(さくべい)は麦を編んだような形状で、茹でて食されていた。これがそうめんやうどんの原型だと言われている。が、実際にどのような経緯で現在のような姿にたどり着いたのかはわからない。

室町時代に書かれた「山科家礼記」に初めて切麦という言葉が登場するが、これはうどんを細く切ったもので、温かくして食べるものは熱麦、冷やしていただくものを冷麦と呼んだ。ここにようやく冷麦の登場を見ることができる。

さて、今回の器は春海バカラの金縁霰切子丸鉢。昨年、春海バカラ誕生から100年を記念してバカラ社から復刻版が販売されたことは記憶に新しい。春海バカラは骨董業界では高額で取引されているもので、料理人の憧れの器と言っても過言ではない。春海バカラとは大阪の古美術商、春海商店の3代目当主がヨーロッパ土産として、バカラのクリスタルの器を手にしたことに始まる。それまで陶器や漆器が主流であった茶事の懐石器に代わり、涼味を旨とする盛夏の茶事を演出するためによりふさわしい透明感あふれるクリスタルガラスの懐石家具をフランスのバカラ社に注文した。中でも珍重されている金色の細い線を等間隔にひいた繊細な装飾は、日本の漆の千筋が手本となっており、日本の美意識とフランスの技術が高度に融合したものである。

この鉢は金彩とガラスの光沢の交差が見どころで、ぱっと見ではわかりにくいのだが、近くで見ると深く線が彫られており、手にすると刺激がある。涼しく軽やかな見かけとは異なり、手取りはかなりずっしりとしているのが印象的だ。

<すだち冷麦>

―材料(1人分)

・手延べ冷麦 100g

・すだち 3個

・出汁 適宜

<出汁つゆ> 作りやすい分量 (4杯分)

・水 1.5ℓ

・いりこ 頭と内臓を取った状態で15g

・昆布 10g

・鰹節 15g

・塩 10g

・砂糖 10g

・薄口醤油 35g

・みりん 20g

1、いりこの下処理をする。頭と内臓の部分を手で外す。

2、鍋に分量の水と昆布、いりこを入れて冷蔵庫で一晩休ませる。

3、一晩経つと昆布が広がり、水の色が変化している。この鍋を弱火でゆっくり時間をかけながら火にかけてゆき、70度を越えたあたりで昆布を取り出す。沸騰前にいりこを取り出す。

4、一度この状態で沸騰させて、アクが出るようなら取る。沸騰後、鰹節を加えてすぐに火を止める。そのまま10分ほど置いておく。

5、漉す。初めに1.5ℓあった水が、およそ1ℓ程度になっている。ここに分量の塩、砂糖、みりん、薄口醤油を加えて冷やしておく。

6、すだちはできるだけ薄く切り、種を取る。

7、冷麦を時々ほぐすようにしながら沸騰した湯で茹でる。所定の時間茹でたら、ざるに上げて冷水でもみ洗いをする。

8、冷麦の上に、すだちを外側から並べ入れ、最後に出汁を注ぐ。

カットガラスのことを日本ではギヤマン(義山)と呼ぶ。これはオランダ語のディアマント、つまりダイアモンドが語源である。宝石のような輝きの器でいただくすだち冷麦は、最高の涼を楽しむ馳走ではないか。

料理家 千 麻子

学習院大学で美術史と経営学を専攻し、博物館に勤務。美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ランスのレストランL’assiette champenoise(ミシュラン三つ星)の厨房で研鑽を積む。
Instagram: https://www.instagram.com/asako_sen/

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