森美術館で開催中の「アナザーエナジー展」が、静かな人気を呼んでいる。

世界各地から集まった16人の女性アーティストたちの展覧会、ということで、女性ならではの視点にスポットを当てた企画なのだろうと思ったのだが、そう単純なものではなかった。2020年1月から森美術館の館長を務める片岡真実さんが、共同企画者のインディペンデントキュレーター、マーティン・ゲルマンと共に招聘したのは、72歳から106歳まで、全員が50年以上もの長きにわたってキャリアを積み、アートという手段を使って自分を表現しつづけるアーティストたち。出身地は14ヶ国におよび、制作の拠点、表現の方法、生き方までさまざま。作品も大規模なインスタレーションから彫刻、絵画、映像など多岐にわたるが、なにより16人それぞれの展示空間がまったく違う個性で彩られているのが印象的だ。


本展作家最高齢106歳のカルメン・ヘレラの作品 カルメン・ヘレラ 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


アンナ・ボギギアン《シルクロード》 2021年 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


彼女たちが活動してきた時代は、戦後、社会が多様化して、それに合わせるように現代アートが大きく変化していった時代と重なる。近年はジェンダーや人種、民族、信条など、さまざまなアイデンティティの違いやそこから起きる差別をなくし、ダイバーシティ(多様性)を重視しようとする動きが広がっている。しかし紹介されているアーティストたちは、そのずっと前から、個々がおかれた立場や思いをもとにした問題意識をアートという手段で表現してきた。環境や時代の変化のなかでも自分の信念を貫き、美術館やアートマーケットの評価にとらわれることなく独自の創作を続けてきたアーティストたち。「アナザーエナジー」とはそんな彼女たちひとり一人の内なるパワーを表現している。


フィリダ・バーロウ《アンダーカバー2》2020年 Courtesy: Hauser & Wirth 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


展覧会の冒頭から、圧倒的なこの巨大作品が私たちを迎える。作家は1944年英国に生まれたフィリダ・バーロウ。彼女は、大理石などを使った古典的な彫刻とはまったく違う、コンクリートや段ボールなど安価な工業用材料を使い、むき出しの素材同士が生みだす絶妙なバランス感覚を現代彫刻に表現してきた。戦後、物質が豊かでない時代のロンドンで幼少期を過ごした彼女は、がれきと化した街の風景にも影響を受けながら、身の回りのものを身近な素材で作るようになったというが、その創作の原点は今も変わらずそこにあるように見える。

今回の展示作品も、高さが異なる木と鋼材の不安定な28本の脚の上から、あふれ出しそうなカラフルな布や球体が力強いエネルギーで見る人に迫ってくる。見る方向によって風景ががらりと変わる作品を、ぜひ裏側からも眺めてほしい。


スザンヌ・レイシー《玄関と通りのあいだ》2013/2021年 本作はクリエイティブ・タイム(ニューヨーク)、ブルックリン美術館エリザベス・A・サックラー・センター・フォー・フェミニスト・ アートの協賛によって2013年に制作されました。展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


スザンヌ・レイシーは、1970年代から米国ロサンゼルスを中心に活動し、女性解放運動や人種差別などの社会的な課題や都市の問題に向き合ってきた。主にパフォーマンス、映像、写真などのメディアを使って、中には数百人が参加する大規模なプロジェクトもある。今回の展示作品《玄関と通りのあいだ》も、壮大なスケールのパフォーマンス作品だ。365人の活動家がブルックリンの住宅街に集まり、黄色いストールを身につけ玄関と通りのあいだの階段に座り、人種、民族的アイデンティティ、フェミニズムなどさまざまな問題について話し合う。それを約2500人もの聴衆が通りを歩きながら、時には立ち止まり、彼女たちの話を聞く。

3つの大きなプロジェクターから映しだされる会話の数々に、まるでその場にいるかのように私たち観衆もつい引きこまれ、それぞれの参加者がもつ意見に耳を傾け、自分がいる社会のいまをかえりみてしまう。


リリ・デュジュリー 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


次に紹介するベルギー生まれのリリ・デュジュリーは、ここまでの作家とはまったく違う、ミニマルな表現が特徴だ。ただしこれはミニマリズムを肯定するのではなく、むしろその非人間的な冷ややかさに対する、フェミニストである彼女の反感が表れているのだという。展示作品《無題(均衡)》は1967年の作品で、2本の鉄の棒が直立した鋼板に寄りかかっている。それぞれは溶接されておらず、互いに支え合うことでバランスを保持。そこに生まれる不思議な均衡が、静かな詩情を作りだしている。窓の外には、東京の街並みと広大な空が広がる無音の風景。その景色と作品が重なりあって生まれる絶妙な感覚にも意識を傾けてみたい。


宮本和子 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


今回の展覧会には、2人の日本人アーティストも招聘されている。その一人が宮本和子。日本の現代美術研究所を卒業後、1964年に渡米。アート・ステューデント・リーグで学び、ニューヨークを拠点に活動を始める。多民族都市の街で、異国人として自らのアイデンティティを問い、ミニマリズムに関する研究をしながら世界的アーティストであるソル・ルウィットのアシスタントも務めた。

「どうなっているのだろう」と引きこまれて見てしまう《黒い芥子(けし)》は、市販の糸と釘のみを用いた作品で、機械的に反復する手作業が作り出すパターンは、ソル・ルウィットのウォールドローイングを彷彿とさせるもの。綿密な計算によって張りめぐらされた黒い糸は、見る場所をずらすとその姿と表情を変え、まるで精巧な機械のような緊張感で迫ってくる。


ミリアム・カーン 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


そして次は、この展覧会のポスターにもなっている人物の絵画を描いたスイスのアーティスト、ミリアム・カーンだ。世界的に知られ、日本でもファンが多い彼女は1970年代の反核運動などに影響を受けてアーティスト活動を始めたという。力強い線描を特徴とする木炭のドローイングや色彩豊かな油彩は、差別や暴力などの社会問題、そして戦争やユダヤ人女性である彼女自身のアイデンティティにも深く関わっている。目に焼き付くような鮮やかな色彩を持ちながら、どこか不安や見知らぬ何かを映したような不思議な雰囲気は、彼女独特のものだ。


ミリアム・カーン《美しいブルー》2017年5月13日 所蔵:ワコウ・ワークス・オブ・アート(東京)


鮮やかな青が印象的なこの《美しいブルー》は2017年の作品だ。タイトルの通りの美しさなのだが、よく見ると両手を上げた人物が怪しげに浮かんでいる。これはシリアの内戦などによって、多くの難民がヨーロッパに流れこんできた2015年の欧州難民危機を受けて彼女が創作した作品のひとつ。地中海にはつねに難民のボートがアフリカや中東からヨーロッパを目指して漂流し、多くの死者も出ている。楽園のような海の色に、人が沈んでいくさま。それはどこか地球という美しい星にありながら国や権力の争いに巻き込まれ、なすすべなく命を落としていく数多くの人々を表しているようにも見える。


三島喜美代 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館


展覧会の終盤、私たちはうず高く積み重なった新聞や電話帳の山と、錆びた鉄製のタンクからあふれてくる新聞のオブジェに遭遇する。これは88歳になる日本のアーティスト、三島喜美代の作品だ。

これらの新聞紙や電話帳はすべてセラミック(陶)、つまり焼き物でできている。作家としての徹底的な「好奇心」と「しつこさ」を自称する彼女は、陶にシルクスクリーンで印刷をするという方法で新聞や空き缶を再現。あふれる情報に呑み込まれる社会や人間、大量消費社会を批判する。「新聞」というメディアは彼女の生きてきた時代を映してもいるが、この何百倍もの目に見えない情報にあふれる現代のネット社会にも当然通じる。それをあえて、陶という壊れやすい素材に写すという手間のかかる行為によって、現代社会のもろさを表現し、私たちの記憶に刺さる強い作品にするところが、まさにアーティストの仕事。その創作をいまも変わらず続けていることには敬服を感じざるを得ない。


三島喜美代《作品 21-C2》2021年 展示風景:「アナザーエナジー展:挑戦しつづける力―世界の女性アーティスト16人」森美術館(東京)2021年 撮影:古川裕也 画像提供:森美術館 これらも陶に着彩したもの。すぐ近くで見ないと手描きだとはわからない。


ここまで時おり展示作家の年齢について触れたが、展覧会を通じて感じたのは結局、年齢とは関係ない彼女たちのパワーだった。生涯を通じて何かを追い続け、変わらぬ信念を貫き通す作家たちに、アートとは何か、そしていまこの時代に必要な「エナジー」とは何かを考えさせられる展覧会。きっと、見る人それぞれの心にも力をくれるに違いない。


アナザーエナジー展:

挑戦しつづける力 ― 世界の女性アーティスト16人

会期:2021年9月26日まで(会期中無休)

会場:森美術館

   東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階

開館時間:10:00〜20:00(最終入館19:30)

※当面の間、上記のとおり時間を短縮して営業

※火曜日のみ17:00まで(最終入館16:30)

観覧料:一般[平日]2,000円(1,800円)、[土・日・休日]2,200円(2,000円)ほか

※専用オンラインサイトでチケットを購入すると( )の料金が適用されます。

美術館ウェブサイト:https://www.mori.art.museum/


文/杉浦岳史

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