美味しいものを求めてあれこれと食べ歩きをしているが、一途にもう十年近くも通い続けているお店がある。そこの料理は芯の通った、すかっとした日本料理で、余計なことはしていないけれど、必要な手間を最大限にかけたご馳走を食べさせてくれるお店だ。堂々たる魯山人の器や華やかな永楽の小鉢、春海バカラの徳利などを贅沢に使っているのにも関わらず、これ見よがしなところがなく、ご主人と女将さんの人柄をそのまま表現したようなところ。
そのお店の好きなところを挙げはじめれば、キリがないが、私の日常の食卓に大きな影響を与えてくれたことが1つある。
そこの締めくくりは基本的に、白米にお漬け物というシンプルなスタイル。通えば通うほど、毎回ぶれることのない、そのキリっとした美しい盛りつけに目が行くようになった。ご主人に伺うと、鮎とか鱧とか主役になるような食材は当然のことかもしれないけれど、お漬け物のような、そういう素朴なものこそ、気合いを入れて盛りつけるようにしているとおっしゃっていた。それからというものお漬け物こそ、丁寧に扱いたいし、そうすることでお米がより一層美味しくいただけるような気がしている。
そんなわけで今回は、蕪の甘酢漬けを紹介する。純白で清らかなイメージの蕪は、もちろん煮炊きをしてホクホクをいただくのも良いが、寒くなるにつれて、でんぷんを糖に変えて甘くなったところをシャキシャキといただくのが特に好み。酸っぱいよりも、甘めに仕上げるのがポイント。 ちなみに、蕪のせっかくの瑞々しさが抜けないように葉と根の部分を切り離して保存することをおすすめする。
器は柿右衛門の色絵松竹梅絵輪花鉢。
絵と余白のバランスがまるで日本画のようで、しつこさがないので、思いのほかどんな料理も映える万能の器だ。やや深さがあるので、わたしの場合は丼ものを盛りつけることが多い。今回の組み合わせでは、柿右衛門特有の米の研ぎ汁のような乳白色が、蕪の透明感を強調してくれるし、松竹梅という吉祥の文様が新年を祝うのにふさわしいように思う。
蕪の甘酢漬け
材料(2人分)
・蕪 2個
・米酢 40ml
・砂糖 40g
・水 30ml
・塩 2つまみ程度
・昆布 1センチ角 ・柚子の皮
1.米酢、砂糖、水を火にかける。砂糖が溶けたら火をとめて、器に移す
2.蕪の皮を剥いて、スライサーでスライスする
3.スライスした蕪に塩をまぶして、水気が出てくるまで少しのあいだ置く。水分が出てきたら手で絞る
4.熱さがとれた甘酢に昆布と柚子の皮、それから水気をしぼった蕪を入れて1時間程度漬け込む
5.1枚1枚丁寧に器に盛りつけて、好みで柚子の皮を削る
しばらくつけ込んだままでも問題ないので、作り置きをすることができる。
そういえば、蕪のレシピを考えていたときに、ふとロシア民話の「おおきなかぶ」のことを思い出した。おじいさんが蕪の種を蒔くと、蕪は順調に成長したけれど、大きくなりすぎてしまって1人では抜けない。そこで、おばあさんに手伝ってもらうが、それでも無理。その後も孫娘、犬、猫と、協力者が増えてゆくもののいっこうに対処できない。そして最後にネズミが加わった。すると…ついに抜けるというお話。ネズミのような小さな動物が加わったくらいでは、何も変化は起こらなそうなものなのに、諦めず協力することで結果が変わるという内容に勇気づけられた。今年は子年。こつこつと盛り付けをしながら、小さな積み重ねが、大きな変化を生むような、そんな1年になることを願いたい。
料理家 千 麻子
美術史を専攻し、都内の博物館に勤務。その後美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ミシュラン三ツ星レストラン L’assiette champenoiseの厨房で研鑽を積む。
地方を旅しながら歴史と文化を肌で感じ、心に残った食べものを再現することが愉しみ。
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