ひとめ見て、元ネタは葛飾北斎の《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》とわかる絵。しかし海は真っ赤で、富士山があるはずの場所には青い地球。そしてタイトルは「太陽から見た地球」?

これは、北斎をこよなく愛する漫画家しりあがり寿の作品だ。燃えさかる太陽のフレア(火炎)が、世界を魅了する北斎の波の迫力で描かれ、小さな地球を呑み込むかの勢い。あの有名な浮世絵をパロディにした、想像もつかない発想の転換に気づいて、ついクスッとしてしまう。

いま東京・六本木の国立新美術館では、こうした古典の作家と現代作家を対比して見せる展覧会《古典×現代2020―時空を超える日本のアート》を開催中。日本美術を新しい切り口で見る展示で話題になっている。

タイトルの通り、展覧会は江戸時代以前の絵画や仏像、陶芸など、いわゆる日本の「古典」の名作や名品を、私たちが生きる「現代」において活躍する8人の作家とペアになるように見せる。それぞれの対比がどんな関係で向き合っているのか、まるで「謎解き」のように展示室を見ていくことができるのが楽しい。

では、これらの共演の中からいくつかをご紹介していこう。


花鳥画 × 川内倫子

まずは日本美術を代表する主題である花鳥画と写真家・川内倫子による対話だ。

伊藤若冲《紫陽花白鶏図》 江戸時代・18世紀 個人蔵 展示期間:6月24日~7月6日

花鳥画の代表は、奇想の絵師として世界的にファンが多い1716年生まれの伊藤若冲(いとうじゃくちゅう)。彼は動植物を鮮やかな色彩で細密に描き、ときに枯れ葉や虫食いの跡までも克明にとらえることで、生命を賛美し、そのはかなさにも目を向けた。そうした若冲独特の花鳥画に表れた、命あるものや移ろいゆくものへの感受性は、1972年に生まれた川内倫子(かわうちりんこ)の写真にも通じている。

川内倫子《無題》シリーズ〈AILA〉より 2004年 作家蔵 © Rinko Kawauchi

たとえばこのコスモス。思いがけない瞬間を切り取られた花は、川内倫子ならではの光の表現によって、日常の中にふっと現れた異界、あるいは無常の感覚を突きつける。見る人の心の奥深くにある記憶と結びつくような、ある種の永遠性を感じる情景。展示では、このほか江戸時代を代表する流派となる南蘋派(なんぴんは)や琳派(りんぱ)の花鳥画を加え、生と死という避けて通れない運命を包んだ自然の摂理を、観る私たちに思い起こさせる。


円空 × 棚田康司

次に紹介するのは、江戸時代の僧侶・円空(えんくう)と、注目される現代彫刻家の一人、棚田康司(たなだこうじ)の共演。二人の作品が500年近くの時を超えて同じ展示室に並ぶ。

「円空×棚田康司」の会場風景 撮影:上野則宏

二人の共通点は、一本の木から像を彫り出す日本古来の技法「一木造(いちぼくづくり)」であること。円空は、現在の岐阜県に1632年に生まれて早くから仏の道に入り、34歳からは北海道から奈良までの諸国を巡りながら、飢饉や災害に苦しむ民衆を慰めるために各地で仏像を彫りつづけた。その数は見つかっているだけでもなんと約5,000体。一説には生涯に約12万体を生みだしたともいわれる。

円空《善財童子立像(自刻像)》 江戸時代・17世紀 岐阜・神明神社

立ち木、つまり立っている木から仏を彫り出すこともあった円空。丸太を割ったような断面の荒々しさを活かしながら、やや微笑んだかのごとく柔和な表情は「円空仏」と呼ばれ、見る人をなごませてきた。

棚田康司《つづら折りの少女》 2019年 個人蔵 撮影:宮島径 © TANADA Koji, Courtesy of Mizuma Art Gallery

対する1968年生まれの棚田康司もまた、一木造にこだわってきた彫刻家。彼は「少年少女」をモチーフに、好奇心と恐怖がせめぎあうなかで世界に立ち向かう姿を描く。頼りなげでありながらも、決意をもって身を起こす。そんな微妙な心のありようが、表情にあらわれる。

どちらも「一本の木」で作られた彫刻には力がある。木そのものが持つ、生命体としての柔らかさ、あるいはゆらぎや振動がそう見せるのか。継ぎ目なく、まるで魂をもった一つの身体のような存在感は、時を超えて私たちの心に強く迫ってくる。


葛飾北斎 × しりあがり寿

次は、冒頭でもご覧いただいた「葛飾北斎 × しりあがり寿」をご紹介しよう。

葛飾北斎《冨嶽三十六景 神奈川沖浪裏》 江戸時代・19世紀 和泉市久保惣記念美術館 展示期間:8月5日~8月24日

葛飾北斎といえば、鋭い観察眼から生まれる軽妙な人間描写やインパクトのある構図で描く自然の表現で知られる。それは浮世絵師としての彼独特のユーモアの感覚によるところが大きい。

しりあがり寿《ちょっと可笑しなほぼ三十六景 太陽から見た地球》 2017年 作家蔵 展示期間:8月5日~8月24日

この展覧会では、そんな北斎を敬愛するしりあがり寿が「ゆるめ~しょん」と呼ぶゆるいタッチの映像の新作を、北斎へのオマージュとして捧げる。さらに上の「太陽から見た地球」に代表されるパロディ作品《ちょっと可笑しなほぼ三十六景》を、北斎の《冨嶽三十六景》とともに展示。時代を超えて人間の「生きる力」を活性化させてきた遊びや笑いの精神に焦点をあてる。


曾我蕭白 × 横尾忠則

最後は、江戸時代の画家・曾我蕭白と現代アーティストの横尾忠則の組合わせだ。

曾我蕭白《群仙図屏風》(左隻) 江戸時代・18世紀 2曲1双 東京藝術大学 展示期間:6月24日~7月6日

曾我蕭白は1730年京都生まれ。20代の末ごろに画家になり、狩野派、曾我派、雲谷派の画法を学んだ。その堅実な技法を駆使した蕭白だったが、伝統的な絵の題材に大胆なデフォルメを加え、奇怪な画風で評判をよんだ。

この曾我蕭白に魅了されたのが横尾忠則だった。二人に共通するのは、横尾が言うところの「デモーニッシュ(悪魔的)」な絵画の魅力。美しさや喜びだけでなく、不安や恐怖、いかがわしいものや奇怪なものへの好奇心を画面に放つのだ。

横尾忠則《戦場の昼食》 1990 / 2019年 作家蔵(横尾忠則現代美術館寄託) 撮影:上野則宏

蕭白と横尾は、それぞれの時代のスタイルや常識にとらわれず、ある種のアナクロニズム(時代錯誤)を創造力に変えて自己のスタイルを確立したことでも似ているとされる。約200年の時を超えて出会う2人の異才の対比を楽しみたい。


時代を超えた日本美術の「深み」を浮き彫りにする。

ふだん日本の美術を見るとき、私たちはほぼあたりまえのように「時代ごと」に分けて考え、昔の作品と現代の作品を区別している。美術館などで開催される展覧会も、作家ごと、または古代、江戸、現代など時代の潮流ごとに作品を展示することが多い。

しかし時代が違っても、それを創っているのはこの島国に住んできた人々。作品に込める思いや意味、あるいは使う素材や技法などには当然ながら多くの共通点があるし、受け継いだり、少しずつ変化させてきたものもある。

日本美術の壮大な物語に、古典と現代を対比させることでフォーカスしたこの展覧会。上記の他に展示されるのは、江戸時代の禅僧・仙厓義梵(せんがいぎぼん)と「もの派」の美術家・菅木志雄の展示、平安時代から江戸時代にかけて作られた刀剣と鴻池朋子の作品を組み合わせたインスタレーション。さらに13世紀の日光菩薩・月光菩薩と建築家・田根剛のコラボレーション、江戸時代の陶工である尾形乾山(おがたけんざん)とファッションデザイナーでブランド「minä」(2003年から「minä perhonen」)を設立した皆川明。古典作品と多彩なジャンルのクリエイターたちの創作を一堂に目にする機会が実現した。

比較をしながら、「謎解き」をするようにその奥の奥まで見てみると、日本美術あるいは創造という行為の新しい面白さが発見できそうだ。

「仏像×田根剛」の会場風景(左)《月光菩薩立像》、(右)《日光菩薩立像》 撮影:上野則宏


国立新美術館《古典×現代2020 時代を超える日本のアート》

会期:2020年8月24日(月)まで
会場:国立新美術館 企画展示室2E
住所:東京都港区六本木7-22-2
開館時間:10:00〜18:00(入場は閉館30分前まで)※当面の間、夜間開館を行いません。

休館日:毎週火曜日
観覧料:一般 1,700円、大学生1,100円、高校生700円

※混雑緩和のため、入館は事前予約制(日時指定券)を導入しております。

詳細は展覧会公式ホームページ:https://kotengendai.exhibit.jp

(文・杉浦岳史)

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