「大きくなりたければ、スープを食べなさい」

フランスでこの言葉を知ったとき、あれ?スープって『飲む』ものではなくて、『食べる』ものなの?という疑問が浮かんだ。友人に尋ねてみると、やはりスープは『食べる』ものだと言う。飲むというのは、ブイヨンみたいなものだとも付け加えていた。それはつまり、ブイヨンのように具材が入っておらず、濃度がついていない極めて水に近いようなものを指すのだろう。

スープを『食べる』と言う背景には、中世の食生活があるように思う。スープの語源はドイツ語のズッペで、5世紀から登場する。当時は今のように、毎日焼き立てのパンが手に入るような豊かな環境ではなかった。そうなると手に入れたパンを何日もかけて、食い繋ぐ必要があった。しかし、パンは日に日に固くなっていく。そこで堅牢なパンを食べる知恵として、中世の人々は野菜や豆を煮込んだ汁に浸して、粥のようにふやかして食べた。そして、これをスープと呼んだ。ひとえにスープと言っても、私たちの想像するような前菜としてのスープではなく、主食としてのスープであった。その時に手に入った食材で作った、たった1品だけの料理。生きていく上での全ての栄養が詰まったスープを文字通り、咀嚼して『食べて』いたのだ。

昔も今も、食材を丸ごといただくスープの栄養価は高く、日々に取り入れたいものである。今回は暑い季節に食欲がなくても、さらさらといただけるようなパリソワールをご紹介する。パリソワールとは、冷製じゃがいもスープのヴィシソワーズにコンソメジュレを合わせたもののこと。夏になると無性に食べたくなる一品だ。


盛り付けたのは、艸田正樹さんのガラスの器。水の揺らぎを感じさせるフォルムは、しばらく眺めても全く見飽きない。涼しげで、この夏も食卓で活躍してくれそうだ。

・艸田正樹ホームページ:http://kusada.net/

パリソワール


―材料(4人分)

・玉ねぎ 2分の1個(小さいものであれば1個)

・じゃがいも(メークイン) 2個

・水 250〜300ml

・生クリーム 大3

・牛乳 大7〜

・塩 適宜

・米油(なければサラダ油でも可) 適宜

・茅乃舎の野菜だし 100ml

(分量の水に出汁パック1つを入れ、火にかけて味を移しておく)

・ゼラチン 1枚


1、ジュレを作る。ゼラチンを冷水でふやかしておく。熱した出汁を器にうつし、ゼラチンを加えて冷蔵庫へ。

2、スープを作る。玉ねぎを繊維にそって薄切りにし、分量外の油を熱した鍋に入れる。玉ねぎ全体に塩をして、甘味を引き出すようにゆっくり炒める。


3、玉ねぎが透き通りしっとりしてきたら、皮を剥いて輪切りにしたじゃがいもを加える。この時もじゃがいも全体にばっちりと塩をふる。


4、全体的に透明感が出て馴染んできたら、材料がひたひたにかぶる量の水を入れ、さらに塩も加えてじゃがいもが柔らかくなるまで煮る。途中で水の量が減ってしまったら、ひたひたになるように水を加える。

5、ヘラなどでじゃがいもが簡単に割れるようになったら、粗熱をとる。鍋の中身を全てミキサーに入れて、粘り気が出てくるまでしっかりまわす。ボウルに移して、冷やす。



6、冷えたスープは濃度がある状態。まず、生クリームでコクを加えてから、分量の牛乳を流し入れて味見をする。好みに合わせて牛乳を足して軽めにしても良い。

7、冷たいスープの上に、クラッシュしたジュレをのせる。


※食材の旨味を引き出すことがポイントなので、塩を加えるタイミングが重要。親指、人差し指と中指の3本の指で、1度に2つまみほど入れている。


パリソワールのベースとなっているヴィシソワーズの成り立ちは、田舎風のじゃがいものスープに始まる。ルイ・ディアというフランス人シェフが幼い頃、夏の暑い日に、母親の作ったじゃがいものスープを冷たい牛乳で伸ばしてみた。それがとても美味しかったことを思い出し、ニューヨークのホテルで料理人として働いていた彼は、新しいメニューに加えてみたのだった。メニュー名は自分の故郷のヴィシーにちなんでヴィシソワーズ(ヴィシー風スープ)とした。

その後、ヴィシソワーズとコンソメを組み合わせたのは日本人シェフだった。この2つをガラスの器に交互に入れてみると、まるでなかなか暮れない、夏のパリの夕暮れのようだからということから、パリソワールと名付けられた。

そう考えてみると、パリソワールとはフランスの素朴な母の味を、アメリカで洗練させ、さらに日本で進化させた、多国籍料理とも言える。コロナ禍で、以前のように気軽に国境を越えることが難しくなってしまった今、せめて食で国境を越えたいものだ。



料理家 千 麻子

学習院大学で美術史と経営学を専攻し、博物館に勤務。美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ランスのレストランL’assiette champenoise(ミシュラン三つ星)の厨房で研鑽を積む。旅先で出会い、心に残った食べものを再現することが日々の愉しみ。
Instagram: https://www.instagram.com/asako_sen/

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