「現代アートってなに?」

アートのことを知りたいと思う人が、どこかでかならず出会う疑問だろう。

確かにいま日本でも世界でも、アート界にはさまざまな表現方法があって、その領域もかたちもつかみ切れない部分が多い。表現の媒体は、絵画や写真、彫刻といった一般的に知られるものだけでなく、映像、インスタレーション、中には観客との交流までふくめたものを「アート」とする現代美術家もいる。さらに作品で扱われるテーマも、個人的な体験や感情に関するものから、歴史、社会問題や環境問題を扱ったグローバルなものまで、ありとあらゆる分野に広がっている。

そんな現代アートの新しい領域を明快なかたちで私たちに提示してくれる世界的美術家の一人。それが東京都現代美術館で大規模個展が予定されているオラファー・エリアソンだ。

オラファー・エリアソン Photo: Brigitte Lacombe, 2016 © 2016 Olafur Eliasson

デンマークに生まれ、アイスランドで多くの時間を過ごした彼は、近年再生可能エネルギーや気候変動への関心をもとに作品を制作。アートを介したサステナブル(持続可能)な世界の実現に向けた試みで国際的な評価を得てきた。

彼はそれを、光や闇、水、霧といった私たちにとって身近な自然現象を用いて表現。時には巨大な太陽や滝を再現したり、グリーンランドの氷河から溶け落ちた氷塊を街なかに展示するといったインパクトのあるインスタレーションで、アートファンを引きつけている。

世界が直面する環境問題を、私たちに知覚の新しい体験として感じさせ、問いかける・・・。現代アートの醍醐味と可能性がそこにつまっているといってもいい。 今回は、3月の開幕が新型コロナウィルス感染防止の観点から延期されている展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」の実際の展示風景をご覧いただきながら、彼の作品世界をご紹介しよう。

オラファー・エリアソン《ときに川は橋となる》2020年  「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

まずは、展覧会のタイトルと同名の作品を紹介したい。《ときに川は橋となる》とは謎解きのような言葉だが、彼によれば、まだ目に見えない物事や明確な形になっていないものが、視点を根本的にシフトすることによって見えるようになる、ということを表しているという。

「地球環境の急激な変化に直面している私たちは、いま生きるためのさまざまな仕組みやシステムをデザインし直し、未来を再設計しなければなりません。そのためにはあらゆるものに対する私たちの眼差しを根本的に再考する必要があります」

とはエリアソンの言葉だ。川を見るとき、私たちはついその外側にある橋を見て、水の流れという現実、そこにある命、時間の流れを見失う。上の写真にある展示室では、中心のプールに投影された12の光が反射して月のように上空に浮かぶ。そのゆらぎによって私たちは「時間を見る」という得がたい体験をするのだが、同時に自分が見ているものは水面そのものではなく、実態の一部分に過ぎないことを知ることにもなる。

オラファー・エリアソン《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》2019年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2019 Olafur Eliasson

オラファー・エリアソンが感じている環境への危機感を表すわかりやすい作品がこの《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》だろう。彼は、幼少期に多くの時間を過ごしたアイスランドの自然現象を、長年にわたって撮影してきた。この写真群は、1999年と2019年という20年の時間を隔てた2枚ずつの定点写真を並べているが、地球のライフタイムからすればほんの一瞬ともいえるたった20年で氷河が驚くほど後退していることに私たちは気づく。

これもまた、ただ現在の風景を見るだけでは足りなくて、時間の経過という視点をもって初めて理解することができる変化だ。

オラファー・エリアソン 左《あなたの移ろう氷河の形態学(過去)》2019年、中央《メタンの問題》2019年、右《あなたの移ろう氷河の形態学(未来)》2019年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

こちらは氷河が描いた絵のシリーズ。紙の上に氷河と絵の具をおき、そのまま置いておく。すると溶けていく氷河の水がコントロールされることなく色の模様を描いていく。地球の気候変化によって氷河が消えていることは頭ではわかっていても、ふだん私たちがそれを実感することはない。この作品はそれを目の前で感じさせるとともに、かつそれが容易に制御できるものではないことも教えてくれる。

オラファー・エリアソン《太陽の中心への探査》2017年  「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist and PKM Gallery, Seoul © 2017 Olafur Eliasson

《太陽の中心への探査》と名づけられたこの作品は、美術館の中庭に設置されたソーラーパネルが作りだした電力で中心のオブジェが動き、美しい色の光の模様が部屋を変化させていく。これも太陽エネルギーという見えないものを可視化し、私たちに実感させるプログラムといえるだろう。不思議なことに、太陽はいつも見ているはずなのに、よりその存在を意識させられる。

オラファー・エリアソン《ビューティー》1993年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 1993 Olafur Eliasson

こちらは1993年に発表された初期の作品《ビューティー》。暗い展示室には、上方から霧雨が降っていて、この流れる霧をスポットライトが照らすと虹のような色のスペクトルが現れる。この光は見る角度や人の動きによって変化するので、見る人それぞれが異なる虹を見ることになる。このように、個人的な体験は他の誰の目にも見えない。それでも人々はここで同じ場を共有し、同じ霧雨を体験するのだ。まるで地球上の人類がそうするように。

オラファー・エリアソン《サンライト・グラフィティ》2012年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2012 Olafur Eliasson

この《サンライト・グラフィティ》という作品で観客が持っているのは、近年のオラファー・エリアソンのプロジェクトで、電力にアクセスできない人々に届けられる携帯式のソーラーライト「リトルサン」だ。それは私たちが手に持つことのできる「太陽」であり「発電所」だと言ってもいい。

彼はこれをロンドンの近現代美術館「テート・モダン」に在籍するエンジニアであるフレデリック・オッテセンと共同で開発した。展示会場で私たちは自然のエネルギーを絵筆にして、ドローイングを描くことができる。

オラファー・エリアソン《あなたに今起きていること、起きたこと、これから起きること》2020年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

このようにオラファー・エリアソンの作品には、自然現象の「体験」や「実感」を伴ったものが多い。そこには、私たち人間は頭の中で知っているだけのことでは必ずしも行動に結びつかない、という彼の思いがある。環境との関わりで言うなら、アートを介したこうした身体的な実感によって、「自分は世界とつながっている」と考えることができ、初めて「自分自身の行動を変えてみよう」と思えるのだと。

オラファー・エリアソン《サステナビリティの研究室》 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫  Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

今回の展覧会で彼は、作品の輸送で飛行機を使わずに二酸化炭素排出量を削減したり、上のようなソーラーエネルギーの利用など、さまざまな面で環境に配慮している。またサステナブルな生分解性の新素材やリサイクルの技術に関するスタジオ・オラファー・エリアソンの最近のリサーチの一部も紹介される。


図らずも、この展覧会を延期させたコロナウィルスの危機によって、私たちは人類の経済活動が地球の環境に与える影響を実感してしまった。あらためて展覧会が開幕したあかつきには、そのことにも思いを向けながら、ぜひ美術館に足を運んで展示を「体験」してみてはどうだろう。そしてここでは紹介しきれなかった作品もふくめ、オラファー・エリアソンが提案するさまざまな知覚の体感によって環境問題をもっと身近なものとして意識し、同時に現代アートの奥行きや可能性にも思いを馳せてみたい。

オラファー・エリアソン 左《9つのパブリック・プロジェクトの記録写真》、奥《昼と夜の溶岩》2018年、右《溶ける氷河のシリーズ 1999/2019》2019年 「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」展示風景(東京都現代美術館、2020年) 撮影:福永一夫 Courtesy of the artist; neugerriemschneider, Berlin; Tanya Bonakdar Gallery, New York / Los Angeles © 2020 Olafur Eliasson

東京都現代美術館

展覧会「オラファー・エリアソン ときに川は橋となる」

会期:未定

※当初2020年3月14日(土)から開催の予定だったが当面の間臨時休館。

※今後の予定は、東京都現代美術館公式ホームページにて随時告知。

会場:東京都現代美術館 企画展示室 地下2F
住所:東京都江東区三好4-1-1(木場公園内)
開館時間:10:00〜18:00(展示室入場は閉館の30分前まで)
休館日:月曜日
観覧料:一般 1,400円、大学生・専門学校生・65 歳以上 1,000円、中高生 500円、小学生以下 無料 他

詳細は

美術館公式ホームページ:https://www.mot-art-museum.jp/

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