昨年の今ごろはフランスにある三ツ星レストランの厨房でせっせと働いていた。名だたるシャンパーニュのメゾンが軒を連ね、歴代フランス国王が戴冠式を行ってきた大聖堂にはシャガールの群青色のステンドグラスがあって、ランスの街はいつも賑わっていた。
私のいたレストランには世界中から食いしん坊たちが集まり、昼も夜も連日満席。忙しくても笑いの絶えない厨房だったが、注文が読まれると瞬時に空気がきりっと変わる。私は一心不乱に付け合わせの準備をはじめ、シェフドパルティと呼吸を合わせる。あつあつに温められたお皿を取り出して、急いで盛りつける。魚、付け合わせ、ソースの全てが1番良い状態で集められ、最後にチェックが行われる。お皿が温かいうちにお客様のもとに運ばれる必要があるので、厨房はまさに戦場と化す。
いかに早く、そして完璧に仕事をこなすかが最も重要なことだった。早朝から日付が変わるまで、厨房に立ち続ける日々だったので、お客様がどのような様子で食事をしているのだろうとか、どんなカトラリーを使っているのかなど想像する余裕はなかった。そんな暇があるなら立ちながらでも眠りたいくらいだった。仕事に慣れてきた時にふと、不思議な存在感のお皿に惹きつけられた。それだけでみると主役級の美しさなのに、料理を盛るとすっと脇役にまわる器。毎日目にしてきたはずなのに。どこのブランドなのかしら。そんなある日、新しい器が届いた。知りたい知りたいと思っていたマークが目の前に現れた。
ジョーヌドクローム、リモージュのブランドだ。
リモージュ焼と言われても、すぐにピンとくる人は多くないかもしれない。少なくとも私はそうだった。フランスの焼きものというと、ポンパドゥール夫人の愛した可愛らしいセーヴルとか優雅で貴族趣味なジアンのイメージが強い。丈夫な器を作るために必要な原料がフランスで発見されたのは18世紀半ば、リモージュでだった。この発見がきっかけでリモージュでも焼きものが作られるようになるが、どちらかというと原料の販売が主力であった。その後も政府から買収されたかと思えば、フランス革命の影響により短期間で手放されるなど、苦難の時代があったものの、ようやく19世紀後半からリモージュ磁器の黄金時代に入った。
リモージュを語るのに欠かせないのは、ここで生まれ育ったルノワールの存在だろう。印象派を代表する才能豊かな画家は、13歳の時にこの地の磁器工場で絵付け見習いとして働いていたのだ。
ルノワールの言葉にこんなものがある。
「私にとって、絵は好ましく、楽しく、きれいなものでなければいけない。そう、きれいなもの。人生には不愉快なことがたくさんある。だからそれ以上、不愉快なものを作る必要はない。」
ルノワールの絵画を見ると、穏やかで美しい世界に視点を合わせていたいという気持ちが沸き上がってくる。
今回は春らしく明るい一皿を作ってみたい。器はもちろんジョーヌドクローム。アランデュカスやトロワグロなど名だたるレストランでも使われているブランドだ。ソングシリーズは油滴天目のようなモダンでどこか宇宙を彷彿とさせる不思議な魅力がある。
料理はサーモンミキュイ。フランスよりも日本のレストランで出くわすことが多い。1年を通して手に入るサーモンは日本人が最も食する魚。低カロリーで美肌効果の高いアンチエイジングフードでもある。赤い色の成分のアスタキサンチンはビタミンCの6000倍の抗酸化作用があるというのは驚きだし、血液がサラサラになるEPA、脳が活性化されるDHAなど嬉しい効能ばかりだ。
サーモンミキュイは、熱によるタンパク質の変化を利用して作る。魚を焼くと、どんどん硬くなっていくものだ。それは火が入った証拠でもあるのだが、ここでは生よりは火が入っていて、でもパサパサするまで温度を上げないことで半分火の通ったミキュイに仕上げる。出来上がるとお箸でも切れる質感になる。
【材料 2人分】
・サーモン 1柵
・じゃがいも 1個
・生クリーム(35%) 25ml
・バター 5g
・塩 10g
・砂糖 3g
・胡瓜 1本
・四川花椒粉 適宜
1、分量の塩と砂糖を混ぜて、サーモンにかける。全体が真っ白になるくらいが目安。14分たったら水で洗い流して、水分をしっかりふき取る。
2、皮目を内側にし、くるくると巻いてサランラップでキャンディ状にする。
3、ジップロックに、ラップで巻いたサーモンと、水少量を入れ袋の空気を抜くように閉める。
4、40度のお湯で1時間の加熱をし、冷水に取る。
5、一晩冷蔵庫で休ませて、ラップの上から庖丁でカットする。
6、ジャガイモのピューレを作る。じゃがいもは皮をむいて茹でる。しっかりと中まで火が通ったら漉す。
7、鍋にジャガイモと分量のバター、生クリームを入れて混ぜる。分量外の塩も味見をして加える。
8、胡瓜をピーラーでスライスし巻いておく。
9、お皿にピューレとサーモンを置く。サーモンの上に四川花椒粉と、分量外の塩、ハーブをのせる。胡瓜を盛りつけ、最後に分量外のオリーブオイルを垂らす。
じゃがいものピューレはしっかりと塩味をつけ、香り高い四川花椒粉との組み合わせを楽しんで欲しい。このレシピは前菜として作ったものだが、最後に両面を焼くというひと手間を加えれば、あっという間にメインに様変わりする。季節のお好みのハーブをのせてお試しあれ。
今回紹介したジョーヌドクロームの店舗はパリ、マドレーヌ寺院の近くにある。旅のお目当てリストに加えてみてはいかがだろう。
La Boutique
7, rue Royale – 75 008 Paris
月~土曜日 10:30-13:30、14:30-19:00
美術史を専攻し、都内の博物館に勤務。その後美味しいもの好きが高じてフランス随一の美食の街、リヨンのInstitut Paul Bocuseで料理を学び、ミシュラン三ツ星レストラン L’assiette champenoiseの厨房で研鑽を積む。地方を旅しながら歴史と文化を肌で感じ、心に残った食べものを再現することが愉しみ。
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