茶の湯の家元に生まれながら、ラクロスでは日本代表に選出されるなど、アスリートとしてもトップを走ってきたを小堀宗翔さん。小堀さんは現在、ご自身の経験があるからこそできるスポーツ選手との「アスリート茶会」そして“明日に力を与える人たち”という意味で「明日力人(アスリート)茶会」を主催しています。今回はアスリート茶会のお話を中心に、小堀さんの想いをお聞きしました。

お茶会を通してチーム力が高まる
――お茶の道に進んだきっかけを教えてください。
お茶の家元の生まれではありますが、私自身は子どもの時から熱心に稽古をしていたわけではなくて。小学校から高校までは剣道、大学からは約15年間ラクロスと、スポーツに打ち込んでいるタイプでした。ラクロスのワールドカップを目指しているときに、母から「これからの時代は手に職があったほうがいい、あなたにはお茶しかない」と諭されて、そうかも、と。そこで振り返ったときに、スポーツを続ける中でもふとした時に父の点てたお茶を飲んで背中を押されたことがたくさんあったなということを思い出して、恩返しというわけではないですけど、自分を育ててくれたお茶をいろんな人に伝えたいな、と思ったのが最初のきっかけでした。
――それでは、「アスリート茶会」をはじめたきっかけを教えてください。
世界で戦いたいという夢があり剣道からラクロスに転向したのですが、念願叶って2013年のワールドカップの出場が決まりました。ただ、私たち日本代表は国際大会に出てからも言語や食事、審判のジャッジの微妙な違いなどいろんな壁にぶつかって、当時世界一のアメリカ代表と練習試合をしたときに、ダブルスコアでボロボロに負けてしまいました。心が折れそうになったとき、気持ちを落ち着けるためホテルのロビーにすわってJAPANと書いたTシャツを着て、お茶を点てていました。そうしたら世界中の人たちが集まってきて、茶道を知っているうえにすごくリスペクトをしてくださいました。その時初めて自分自身が日本代表として、いち選手として認められた気がしました。そんな経験があり、世界に羽ばたくアスリートに競技が上手いとか強いということだけではなくて、日本文化も背負って戦ってもらいたくて「アスリート茶会」を始めました。

――「アスリート茶会」というのはどういったものですか?
基本的には何か変わったことをするわけではなくて、アスリートの方たちに集まっていただいて、お茶会を開くというものです。アスリートだから「筋トレしたりするんですか?」と、聞かれることもありますけど(笑)私としては、本物や真髄を伝えることが大事だと思っています。参加されるアスリートの皆さんの目的は様々で、個人でいらっしゃる方は、例えばオフのときに自分を高められるような時間にしたいという方もいます。また、チームで来られると、お茶会はチームビルディングにすごく役立ちます。小さな空間に入って、緊張感のある中で同じ体験を共有する、それが終わってお茶室から出ると、達成感もあり、みんなで何かをやり切ったぞ!と、一致団結しているのを感じられます。
――お茶で仲間意識が高まるのですね。
「同じ釜の飯を食べる」という感覚に近いかもしれませんが、同じ空間を体験するのは、心と心が繋がる一つの要素になるんです。作法が堅苦しいと言われることもありますけれど、所作は、お道具を傷つけないことと、お互いが気持ちよく過ごせるということが表れているだけです。お茶は一人ひとりにサーブされるものなので、最初に飲んで全員が飲み終わるのを待つか、全員飲み終わるのを待って最後に飲むかというだけで、お茶室の中の待つ時間は平等。お互いがどうやって動いたらいいのか、どうやったら気持ちよく過ごせるのかがすごく大事になってきます。
また、フィールドの上ではエースの選手が、お茶室に入るとガチガチになってしまったりとか、競技の時と違った姿が見られるのが面白かったりしますね。茶道は決められた所作を同じようにやっていただくので、個性が出るんです。個性って自分から出るものじゃなくて、型にはめられた時にやっと出てくるもの。スポーツ選手は素振り1000回やってくださいというような反復練習するのが当たり前で、型にはめられるのは慣れています。基礎ができるから、型破りができるんです。今は何をしてもいいよ、と言われる時代。じゃあ、何をしようかと迷う人も多くて、そういう人たちはお茶室に来れば型にはまる安心感があるのかなとは思いますね。
――ほかにお茶会がアスリートの方たちに与える良い影響はありますか。
お茶室ではお茶がポンと出てくるのではなくて、袱紗で道具を清めるというプロセスを見ていただきます。自分自身の心も清めて、お茶を頂くときには、心に何もない、自分自身と向き合っていただくんですね。多くの方はトップアスリートという肩書きやチームの誰々ということを抱えているので、一つ一つ落としていって、お茶室の中は素の自分と向き合える時間になるのかなと思います。また、客組ともいうんですけれど、ラグビー、サッカー、バレーボールなど別々の競技から数名ずつ集まっていただくこともあります。ほかの競技の人と話す機会はあまりないので、違う競技だからこそ悩みを相談できるとこともあります。そういう点でもすごく良いのかなとは感じています。

多方面に広がっていくお茶会の魅力
――海外の方とのアスリート茶会もされていますが、気づいたことや感じたことがあれば教えてください。
ヨーロッパの方は「いつから続いているのか」と、歴史的なことを聞いてくる方が多いのですが、アメリカの方は「おいしい」「かわいい」と直感的なんです。アジア圏の方は、中国茶や台湾茶などのお茶に親しまれているので、自国のお茶文化についてお話ししていただくこともあります。国によって反応が全然違うのが面白いなと思います。
また、インドで盛んなクリケットという競技は1日何時間も、場合によって1週間近く長時間の試合をするらしいです。ですから試合の間にティータイムのような休憩時間があるんですね。そこに茶道を取り入れても面白いよねという話もあって。国だけではなくて、スポーツ×お茶というところでもお話が発展することもあり、いろんな切り口があるのがまたお茶の面白い部分だなと感じていますね。

――アスリートの方以外に向けたお茶会についても教えてください。
最近は時計の企業とのお仕事が増えていますね。お茶室に入る際には指輪や時計を外していただくんです。お茶碗に指輪や時計が当たると傷ついたり割れてしまったりする可能性があるためです。時計のメーカーなら普通は時計をつけたまま入りたいはずですが、そこをあえて外していただくんですね。お茶室の中では時を止めるのが私の仕事だと思っています。最初は時計関係の企業だからつけたままでもいいかなとか、考えていたんですけれど、外すという事が彼らにとって新鮮なようで。時計をあえて外す、またつける瞬間をむしろ大事にする気持ちが共有できているのではないかと思いますね。
――アスリート茶会を続けるなかで感じていることはありますか。
これまでは私が現役のラクロス選手だったので、「アスリート茶会」を開いていたんですけれど、2年前にラクロスを正式に引退しました。その中でアスリート茶会を続ける価値を考えていて。自分はもうアスリートじゃないのに、アスリート茶会っていうのはおこがましいと思うようになりました。そこで、漢字で「明日力人(アスリート)茶会」と変えてみたんです。『明日に力を与えている人』の茶会だととらえると、スポーツで感動を与えるのも「明日力人」だし、ミルクを飲んで頑張って生きている赤ちゃんも「明日力人」だし、畑を耕すおじいさんも働くママも、みんな明日に力を与えている人だと思って。人それぞれ色々あると思うんですけれど、生きる活力や気づきを得られる「明日力人茶会」を広めていきたいなというのが、いま力をいれていることです。

アーティストと共に育てる アートの楽しみ方
――先日、アートバーゼルに訪れていらっしゃいましたね。
私は茶道を自分の中では「ライブ茶道」と言っています。ライブとは「生きている」という意味ですけれど、令和の時代に生きている茶道でなければ明日もないし、明後日も100年後もないと思っています。先人の方々も全く同じ茶道を今日まで続けてきたわけじゃなく根源は変わらないけれども、江戸時代だったら江戸時代に、平成だったら平成のニーズにフィットさせてきました。「この茶道は今の時代にいらないな」と思われた瞬間、その時代の茶道は消えてしまうので、時代にふさわしい茶道のアイデアを常に模索しています。生きている茶道がすごく大事だと思っていて、アートバーゼルは現代に生きている人たちが今最高だと思うものを、本気で出すわけじゃないですか。やっぱり今の茶道を作るためには、今の若者とか今の作者の人がどんなものをクリエイトしているのかというのを感じたいと思って現地に足を運びました。余談ですが、そこでは着物で歩いていたんですが、ものすごく注目されて、私が一番アートだなって思いました(笑)。
――アートがお好きなのですね。ご自宅ではどのようにアートを楽しまれているのでしょうか。
代々伝わるお茶碗に「敵に打ち勝つ」と書いてあるお茶碗があります。5月5日の端午の節句には、そのお茶碗を出してもらうなど、式折々の節句には、古いお道具を出してもらうことはあります。また、祖父も海外に行くのが好きで、ミャンマーやインドなどで布を買ってきて、障子紙の代わりに貼って、インテリアの装飾にすることもあります。私は現代の作家さんにお茶碗を作ってもらうんですが、茶道のお茶碗は使い心地が大事で、作家さんが作りたいものと必ずしもリンクしないことがあります。だからこそ、作家さんと、少し大きいとか小さいとかコミュニケーションを取りながら作ってもらいます。お茶碗にできなかったものも、食卓の器として活用するので、あまりハードルを上げずに楽しんでいますね。また、好きなアーティストを見つけたら、声をかけて知り合いのタレントさんやアスリートを描いてプレゼントしてほしいとお願いして、マネージャーのように人に売り込むこともあります(笑)。実際にそこから大きな個展につながったこともあって、そんな楽しみ方もしています。

――最後に今後の展望を聞かせてください。
今日までは茶道をできるだけ多くの人に伝える活動をしてきましたが、ラクロスを辞めたことで、その分の時間ができて、世界に目を向けると抹茶は世界的に認知度が高くて、愛されていると気づきました。アメリカでは甘くしてドリンクやお菓子としても親しまれていますし、セレブの間ではスーパーフードとされていていろんな要素があるんです。これは空想の世界なんですけど、茶道じゃなくて、「抹茶道」みたいなものが作りたいなと思って。茶道は知っているけれど、やったことがない人が大半ですが、抹茶は飲んだことのある人が多い。今までは、茶道の中に建築があり、お庭や着物があると考えていましたが、抹茶の中に茶道があるというのも世の中のトレンドとしてはいいかなと考えています。その一つとしていま、表参道で抹茶シェイクを提供するイベントを予定しています。身近に感じてもらうきっかけにしてほしいいですね。遠州流茶道は今日まで約440年間続いています。私には、弟がいて、弟が後継になります。私は継ぐというよりつなぐ役割だと思っているので、この先400年の遠州流茶道や日本の文化をどうつないでいくかが私の中ではすごく大事なんです。そのために今できることを一生懸命やる。そんな気分を持ちながら、それでも自由に、生きています。

小堀宗翔さん
遠州茶道宗家(えんしゅうさどうそうけ)13世家元小堀宗実氏の次女。元ラクロス日本代表。学習院大学卒業後、内弟子として茶の湯の道にすすむ。現在は自身の経験を活かし「茶道」と「スポーツ」の融合をテーマに幅広く活動中。親しみやすいキャラクターで若手女性茶道家として各界より注目を浴びている。
イベント情報
Matcha SHAKA SHAKA
8月31日(土)11:00~18:30
表参道 ののあおやまにて、オリジナルシェイクを販売しています。