古代から現代に至る、芸術でたどる人類の足跡がそこに。

6月からの記録的な猛暑が続いたパリも、本格的なバカンスシーズンを迎える7月中旬あたりからは、清々しい夏の陽気が戻ってきた。陽射しはヨーロッパらしく眩しいけれど、美術館をめぐる散策にふさわしい気持ちのいい季節を迎えている。

ルーヴル美術館付近は、セーヌ河岸の散歩も気持ちいい
ルーヴル〜オペラエリアにある有名なパサージュ「ギャルリー・ヴィヴィエンヌ」

街を歩くだけで芸術と出会える、それがパリの愉しさ。いくつもの時代を重ねてきた建築を眺めながら、石畳の路地やパサージュを歩き、セーヌ川を渡り、人々が行き交う美しい風景を愉しみながら歩けば、世界有数の美術館がごく自然に現れる。

今回の散策の起点は、王道のルーヴル美術館。そこから、2025年秋にパレ・ロワイヤル広場に誕生したカルティエ現代美術財団へ。わずか数分の距離を歩くだけで、古代から現代へとつなぐ数千年にわたる芸術の時間を旅することができるのは、まさにパリならではの贅沢といえるだろう。

ルーヴル美術館グランドギャラリー(イタリア絵画の間)

世界の至宝が、人気を集めつづける理由とは?

パリに美術館は数多くあるといえども、ルーヴルの人気は不動のものがある。2025年の入場者数は約900万人にのぼり、2位のバチカン美術館(ローマ)を大きく引き離して、世界の美術館でトップの座を維持した。

パリにある国立美術館の中で、ルーヴル美術館は主に古代から1800年代前半までの時代の芸術を担っている。ここにある古代ギリシャの彫刻は、コレクションの象徴ともいえる存在だが、実はその時代の彫刻で現存するものは非常に少ない。それは、多くが後世に異教の神々の像として破壊されたり、建材として使われてしまったからだ。ルーヴルにあるギリシャ彫刻らしき作品の多くが、のちのローマ時代、またはルネサンス以降に制作されたレプリカだったりもする。

《サモトラケのニケ》は、空から舟の舳先に降り立った勝利の女神「ニケ」を表現している

この美術館でも人気の《サモトラケのニケ》は、ギリシャ文明時代の紀元前190年頃に作られたとされる、貴重なオリジナルだ。「サモトラケ」は発見された島の名前、「ニケ」は勝利の女神の名。躍動的で凛々しく、かつ布の細部のひだまで表現された美しい彫刻だが、1863年に発見された時には、100点以上の部分に分かれて放置されていたという。それを美術館で丁寧に組み上げられて現在に至る。

《ミロのヴィーナス》

こちらも言わずとしれた世界の至宝、《ミロのヴィーナス》。地中海のミロス島で発見されたヴィーナス、つまりギリシャ神話で「アフロディーテ」とも呼ばれる女神の像とされる。発見されたのは1820年。美しさの理想形とされた8頭身のプロポーションもさることながら、その完成度、そして腕が欠けているがゆえの、いわゆる「断片の美学」の効果もあるだろう。腕や頭部がない《サモトラケのニケ》とともに、いつまでも観客を惹きつける作品であり続ける理由も、ここにあるのかもしれない。

もうすぐ日本へやってくるレオナルド・ダ・ヴィンチの作品も。

この2つの作品からもほど近い、イタリア絵画の間へと足を運んでみよう。ここからは、チマブーエ、ジョット、フラ・アンジェリコ、ボッティツェッリなど、イタリア・ルネサンスの歴代の巨匠たちの作品が豪華に並ぶ。

ボッティツェッリの壁画《若い婦人に贈り物をするヴィーナスと三美神》(部分)(1483-86年頃)
初期ルネサンスへと道を拓いたとされる芸術家チマブーエの《荘厳の聖母》(1280年頃)

《聖母戴冠》フラ・アンジェリコ(1434-1435年頃)

そして西洋絵画の歴史のハイライトともいえる、イタリア絵画のメインを飾るのは、もちろんレオナルド・ダ・ヴィンチ。フィレンツェの近郊に生まれ、フィレンツェやミラノ、ローマで名を馳せたレオナルドは、人生の最後にフランス国王のフランソワ1世に招聘されてこの国にやってきて1519年に生涯を終えた。そのゆかりもあって、《モナ・リザ》をはじめとして《洗礼者ヨハネ》《岩窟の聖母》などの名画がここに所蔵・展示され、人々を惹きつけている。

ルーヴルが誇るレオナルド・ダ・ヴィンチの作品群

これらルーヴル美術館の宝物ともいえるレオナルド・ダ・ヴィンチの絵画作品の中から、この秋日本にやってくるのが、通称《美しきフェロニエール》。東京の国立新美術館で9月9日(水)から始まる「ルーヴル美術館展 ルネサンス」で、ボッティツェッリやクラーナハ(父)、エル・グレコ、ティツィアーノなど、ルネサンス期を代表する芸術家の作品とともに初来日する。外見の特徴だけでなく、内面に隠された複雑な感情を描き出すことに苦心したレオナルドの真骨頂を実際に観る、またとない機会になるはずだ。

レオナルド・ダ・ヴィンチ《女性の肖像》、通称《美しきフェロニエール》(1490-97年頃)

レオナルド・ダ・ヴィンチといえば、フランスでは「ラ・ジョコンド」と呼ばれる傑作《モナ・リザ》が、「クール・カレ」という建物に新しく造られる展示室に移ることが発表されている。長い歴史がありながらも、時代に合わせて常に新しく姿を見せてくれるルーヴル美術館に、これからも目が離せない。

ルーヴル美術館とガラスのピラミッド
カルティエ財団現代美術館

ルーヴル美術館の前に誕生した、現代アートの殿堂へ。

ルーヴルを出て、ガラスのピラミッドを見ながらリヴォリ通りへ。その道を渡ったパレ・ロワイヤル広場に面して、新しい現代アートミュージアムが誕生し、話題を呼んでいる。それが「カルティエ現代美術財団」だ。カルティエ財団は、宝飾品ブランドとして知られるカルティエが、現代アートの創作活動を支援するために1984年に創設したもの。1994年には建築家のジャン・ヌーヴェルの設計でパリ14区にスペースを建設し、建築そのものが作品のような美術館として長く親しまれてきた。

そして今度は、かつて「ルーヴル・デ・アンティケール」と呼ばれるアンティーク店が集まる商業施設であった建物を、ふたたびジャン・ヌーヴェルが全面改装。2025年秋に新たな現代美術館としてオープンした。

「ルーヴル・デ・アンティケール」時代の様子を表すイラストも展示
カルティエ財団現代美術館 入口

外観のクラシックな建築デザインからは、想像もつかないような内部空間がそこには広がっている。ジャン・ヌーヴェルが目指したのは、歴史ある建築の骨格を活かしつつ、大きさもスタイルも様々な現代アート作品を収容できる展示スペースを生み出すこと。そしてさらに、街と内部空間をゆるやかにつなぐ、新しい関係性を作ることだった。壮大な中央空間では、可動式の展示プラットフォームを構築し、それが動くことによって、巨大な作品やインスタレーションなどの展示も可能になる。

ルーヴル美術館が見られる窓の設計。外とゆるやかにつながる新しい発想の空間が生まれた。

窓を効果的に使った展示空間からは、周囲の建物や街行く人が見える。人や都市が展示の一部になるような感覚は、ほかのどこにもない空間性を感じると同時に、歴史と現代という「時間」をつなぐ装置でもあるようにも見えた。

2025年秋の開館以来、開催されているのが、「Exposition Générale」(総合展)。これは40年にわたるカルティエ現代美術財団の活動を振り返る展覧会。絵画、写真、映像、インスタレーション、デザイン、建築など、ありとあらゆるジャンルの作品が交差しながら、カルティエ財団が築いてきた「現代美術との関係」の歴史を体験する構成になっている。

この40年の歴史の中では、日本人作家の展覧会も多く企画されてきた。2003年と2016年に個展を開催した森山大道をはじめ、川内倫子、横尾忠則らは、今回の展覧会でも紹介されている。財団の展覧会の歴史を刻む名だたるアーティストたちを描いた横尾忠則の肖像画シリーズは、まさに今回の展示にふさわしい作品といえそうだ。

現代アートの資料も多く揃ったミュージアムショップ

ルーヴル美術館からカルティエ現代美術財団まで、歩けばほんの数分。けれど、その短い距離のあいだにも、数千年の芸術の時間が流れていると考えると、どこか心が満たされた気分になってくる。

次にパリを訪れ、アートをめぐる時は、目的の美術館だけでなく、その道のりや、歴史と今をつなぐ関係にも目を向けてみたい。そうすれば、街歩きもさらに愉しいものになるに違いない。

セーヌ川のポン・ヌフからルーヴル美術館の前にかかる芸術橋方面を望む

(文・写真)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター

広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「Curiozika」の運営に携わる。

Instagram : @paritore_podcast

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