京都屈指の景勝地として知られる嵐山。春から初夏へと移ろうこの時期、風光明媚なこのエリアは、若葉が木々を鮮やかに染めて、一年でもっとも美しい季節を迎える。
四条大宮から「嵐電」(らんでん)と親しまれる京福電気鉄道嵐山本線に乗って終着駅まで行くと、有名な渡月橋(とげつきょう)はすぐそこ。「嵐山」の名は、この渡月橋の背景に広がる嵐山から来ているが、一般的にはそれに連なる山々とその麓のエリアを「嵐山」と称する。

古くは、平安京に都を遷した桓武天皇も訪れ、その息子の嵯峨天皇が離宮を構えるなど、嵐山は天皇家ゆかりの地、貴族たちの別荘地として知られた。時代が移り、多くの観光客が訪れる今でも、貴人たちが愛した美しい自然の景色は、私たちの心をなごませてくれる。
ここはまた百人一首や源氏物語といった文学の舞台として、あるいは数々の芸術家たちが優れた作品を生みだす源泉となった地としても知られてきた。今回の「アートをめぐる旅」では、こうした歴史や自然を感じながら愉しめる嵐山のアートシーンをご紹介したい。

風景に馴染む福田美術館で、伊藤若冲の展覧会を観る。
嵐山の景色に融け込むように建つ福田美術館は、大きなガラス越しに桂川を望む設計が印象的だ。2019年に開館したこの美術館は、江戸時代から現代にかけての日本画家の作品を中心に、約2,000点のコレクションを誇る。


現在ここで開催されているのが、江戸時代の奇想の画家として世界のアートファンにも知られる伊藤若冲にフォーカスした展覧会「若冲にトリハダ!野菜もウリ!」だ。注目したいのは、2023年にその存在が確認された伊藤若冲の作品《果蔬図巻》(かそずかん)。この作品は長年ヨーロッパの個人が所蔵していたが、一昨年に日本へ里帰りし、福田コレクションの仲間入りを果たした。

このほか展覧会では、若冲の最初期の作品である《蕪に双鶏図》、2025年に収蔵された《老松白鶴図》など、約40点にのぼる若冲作品が見られる。さらに福田美術館の所蔵品から、与謝蕪村、円山応挙、長沢芦雪など、日本の美術史を愉しむなら知っておきたい画家たちの作品が並ぶ。この期間に京都を訪れるなら、ぜひ見ておきたいラインナップと言えるだろう。
伊藤若冲は、1716年に京都・錦市場の青物問屋「枡屋(ますや)」の長男として生まれ、23歳で家業を継ぎながらも、絵画への情熱を心に秘めていたという。そして40歳頃に家督を弟に譲って、自分は隠居し、画業に専念することを決意。のちの熟練された画風からは想像がつかないくらいに、遅咲きの絵師だった。それでも京都の大寺院が収蔵していた中国絵画をはじめとした作品の写生画法を貪欲に吸収し、絵画の技を磨きあげていった。

展覧会の第1章では、30代に描いた前述の《蕪に双鶏図》、今回初公開となる《老松白鶴図》など、若冲の真骨頂ともいえる、今にも動きだしそうな生き生きとした鳥たちの姿が見られる。さらに、墨のにじみを巧みに使った独自の技法「筋目描き」が冴える《芦葉達磨図》や《蛇図》なども展示。鮮やかな色彩の世界と、ユーモアにあふれた水墨画の両方を自在に行き来した若冲の達人ぶりがうかがえる。


第2章で見られる《果蔬図巻》は、若冲が約3メートルの絹本に色とりどりの果物と野菜を描いた巻物。そして《菜蟲譜》は、《果蔬図巻》の1年後に描かれた長さ11メートルにもおよぶ巻物で、前半部分に野菜や果物、後半には昆虫や蝶、爬虫類などの生き物が描かれ、国の重要文化財に指定されている晩年の代表作。青物問屋の主であった若冲ならではの果物や野菜に対する正確な描写と優しいまなざしが感じられる。
本展では、この2点を比べながら鑑賞できるよう初めて並べて展示される。どちらも、保護のため限られた期間しか展示できないとのことで、それが同時に見られる極めてめずらしい機会となりそうだ。

今回、ミュージアムショップでの若冲グッズもユニーク。《果蔬図巻》と《菜蟲譜》の果物や野菜をモチーフにした干菓子や美濃焼の皿などは、若冲ファンなら気になるところだ。
さて、福田美術館をあとにしたら、桂川沿いの遊歩道に出て、川の上流へとしばらく歩いてみたい。


ここは葛野大堰(かどのおおい)という堰があることで、川の流れがせきとめられ、静かな湖のような水辺の景観がつづく。このあたりの桂川が「大堰川(おおいがわ)」と呼ばれるのはそのためだ。葛野大堰の原型は古代の頃に造られたとされ、ここで舟遊びをして和歌を詠んだ貴人たちもいたというから、積み重ねられた時の深みを感じる。

自然と建築美、染色の技が一つになる「嵐山 祐斎亭」。
この水辺を望む丘に、ひっそりと建つのが「嵐山 祐斎亭」だ。ここは、染色作家・奥田祐斎氏による染色アートギャラリー。約800年前に造営された後嵯峨・亀山上皇の離宮だった亀山殿跡に、明治期に建てられた築150年の建物は、かつては料理旅館の「千鳥」として、そして小説家・川端康成が逗留し、小説『山の音』を執筆した場所とも伝わる。

奥田祐斎氏は、日本の伝統的な染色技法である黄櫨染(こうろぜん)を調査・研究。光によって色彩が変化する世界でも他にない特徴を活かして独自の染色技法「夢こうろ染」を生み出し、現代の暮らしの中で親しめるよう、表現をアレンジする取り組みをしてきた。ギャラリーや工房では、その技法や歴史の一端を見学することもできる。

当時の名残りを残す建物の窓からは、春から夏には鮮やかな木々の緑が、秋には紅葉が広がり、さらに工房で作られる美しい色に染められた薄い絹のヴェールが風にそよぎ、訪れる人々を魅了する。そのさまは、建築と人間の技、自然が織りなすアートのようだ。

この「嵐山 祐斎亭」で、かつて貴人たちが嗜んだような風景と色彩の魅力を堪能したあとは、その裏手にある嵐山公園・亀山地区の丘を上がり、嵐山エリアの象徴ともいえる「竹林の小径」へと足を運んでみたい。

この「竹林の小径」は、古くから天然の竹が生い茂っていたとされ、小倉山歴史的風土特別保存地区に指定される。世界中から観光客が集まるスポットだが、朝一番に出かければ、凜とした姿で立ち並ぶ竹の美しさと、葉擦れの心地よい音が、清々しい気持ちにさせてくれるはずだ。
風景に、アートに、工芸に文学、そして寺社めぐりやグルメも愉しめる嵐山。街の中心部から30分ほどで、珠玉の景色と文化に出会えるのは、やはり京都ならではの贅沢だろう。五感を研ぎ澄ませて、その豊かさを感じる散策を愉しんでみたい。
■福田美術館
展覧会「若冲にトリハダ!野菜もウリ!」
会期:2026年7月5日(日)まで
〈前期〉6月1日(月)まで 〈後期〉6月3日(水)〜7月5日(日)
開館時間:10:00–17:00(最終入館16:30)
休館日:5月12日(火)、6月2日(火)、6月16日(火)
詳しくは美術館公式ウェブサイトへ
■嵐山 祐斎亭
詳しい情報、見学予約については公式ウェブサイトへ
(取材・文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター
広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「CURIOZIKA KYOTO」の運営に携わる。
Instagram : @paritore_podcast












