フランスの暮らしとデザインを紹介する連載の24回目は、1968年にオランダからパリへ渡り、以来57年にわたってこの街に暮らしてきたジョアンナ・ヴァン・ヴィレットさんをご紹介します。

Johanna Van Vliet(ジョアンナ・ヴァン・ヴィレット)/1946年3月、オランダ・ロッテルダム近郊の町スキーダム生まれ。1968年、フランス語習得とベビーシッターを兼ねてパリへ渡仏。以来パリに定住し、秘書、モンマルトルの画廊勤務を経て、18区のメンズブティックで13年間セールスを担当。1995年、パートナーのイヴさんと出会う。現在は共に仕事から引退をし、お二人で旅先やパリでの暮らしを楽しんでいる。
壁を取り払って生まれた開放的な空間。エットーレ・ソットサスがノール社のためにデザインした、ウェストサイド・アームチェアが窓辺の特等席に。

 パリ18区、モンマルトルの丘の北側に広がる住宅街の一角に、ジョアンナ・ヴァン・ヴィレットさんがパートナーのイヴさんと二人で暮らすアパルトマンがある。

 以前は同じ18区に50㎡の部屋をジョアンナさんが一人で所有していたが「もっと広い場所がほしくて」この家にたどり着いたという。

 2000年、二人は現在のアパルトマンを購入。1970年代に建てられたこの物件は65㎡。もともとは細かく仕切られた間取りだったが、扉を10枚取り払い、壁も撤去して、大胆に一つの空間へとつくり変えた。工事は約4カ月。床は合成樹脂仕上げとし、収納の少なさを補うためベッドの下に引き出しを備え付けるなど、随所に工夫を凝らした。

イームズの「ラウンジチェア」の手前の花瓶は、エンツォ・マリがダネーゼ社のためにデザインした名作、「パゴパゴ」。上下をひっくり返しても使える。

 「設計士に頼んだわけではなく、こういう空間にしたい、と私たちの希望を伝えただけ」とジョアンナさん。手伝ってくれたのは、まだ資格を取ったばかりの若い建築家。有名俳優や女優の自宅も手がけていたという彼の力を借りて、開放的な空間が実現した。

テーブルはオーダーメード。柱の中に水道管が通っており、はずすことができなかったそう。テーブルの上の花器はガエターノ・ペッシェの作品。椅子はジョージ・ネルソンがデザインしたハーマン・ミラー社の「ネルソン・スワッグレッグ・アームチェア」。

 インテリアに明確なテーマがあるわけではないが、ジョアンナさんが心惹かれるのは1970年代のデザインだ。イームズ、ジョージ・ネルソン、エットーレ・ソットサス、ガエターノ・ペッシェ……。リビングのイームズ・ラウンジチェアや、ジョージ・ネルソンのコーヒーテーブル、ガエターノ・ペッシェの花器など、20世紀デザインの名品がさりげなく暮らしに溶け込む。照明はジノ・サルファッティのものを愛用している。

ソファはノル社のもの。コーヒーテーブルはジョージ・ネルソンがハーマン・ミラー社のためにデザインした「ペデスタルコーヒーテーブル」。絵画はクリストフ・ルブルトンの作品。
リビングの片隅に、「Les Grands Transparents(大いなる、透明な存在たち)」という手書き文字が刻まれたマン・レイの作品を飾る。傍らに立つフロアランプは、エットーレ・ソットサスがメンフィス・ミラノ社のためにデザインした「ウパナ」。鏡には、窓辺に置かれた黒革のイームズラウンジチェアや、コロンビアのトーテムが映り込む。

 壁を飾るアートは、友人であるクリストフ・ルブルトンさんの絵画や、やはり友人のモハメッドさんの写真など。遊び心のあるオブジェも多く、リビングの片隅にはマン・レイのミラーアートや、エットーレ・ソットサスのフロアランプが存在感を放つ。

ベッドルーム。ベッドはオーダーメイド。クローゼットが少ないため、下に収納スペースを作った。パジャマやシーツをそこに入れているそう。左の椅子はジョージ・ネルソンがデザインをしたハーマンミラー社の「ネルソン・ペデスタルスツール」。壁には友人が描いた二人の肖像画を飾る。
寝室のコーナー。椅子はエットーレ・ソットサスがデザインし、ヴィトラ社によって製造されたポストモダンデザインの代表作「テオドラ・チェア」。ランプはティト・アニョーリがオルーチェ社向けにデザインした、「モデル 255」ランプ。

 オランダ出身のジョアンナさんは、1968年9月、22歳の際にフランス語を学ぶため、パリにやってきた。「オランダには戻りたくなかったんです」と振り返る彼女は、そのままパリに根を下ろすことになる。

 最初の結婚生活を経て34歳で夫と死別。10年間秘書として働いたのち、友人の紹介でモンマルトルの画廊に職を得て3年間勤務した。「やがて画廊が量産的なポスターや土産物を扱うようになり、アーティストと仕事がしたかったので画廊を去りました」とジョアンナさんは言う。

リビングの一角にある書斎。
書棚にはジョアンナさんとイブさんの思い出の写真も飾られている。

 次に見つけたのは、18区のテアトル・ド・ラトリエ近くにある、小さいけれど洒落たメンズブティックでのスタッフの仕事だった。「男性に服を着せるのが大好きだった」と話すジョアンナさんは、13年間このブティックで働き、常連客にも恵まれたという。

 そのブティックの近所にあった歌のレッスン教室に通っていたのが、俳優として活動していたイヴさんだ。テネシー・ウィリアムズをテーマにした一人芝居のために発声レッスンを受けていた彼は、店に立ち寄るうちにジョアンナさんを観劇に誘う。1995年、ジョアンナさんが49歳のときのことだった。

 以来30年以上をともに過ごしてきた二人は、結婚ではなくパックス(民事連帯契約)を選んだ。俳優だったイヴさんは、その後心理士・アートセラピストへと転身している。

テラスからの眺め。中庭に面し、とても静か。
スタイリッシュなリクライニングチェアは、深澤直人がマジス社のためにデザインした「スタンリー」。奥のテーブルはイームズ。上にある大理石と銅のフルーツボウルは、エットーレ・ソットサスが手がけたUp&Up社の「ガヤ」。

 アパルトマンは南向きで、日中は光がたっぷりと差し込む。「向かいに他の建物がなくて、本当に気に入っているの」とジョアンナさん。天気の良い日には窓を開け放ち、遠くにサクレ・クール寺院の頂が見える眺めも楽しめる。「気に入らないところはありますか?」と尋ねると、少し考えてから「特にないわ。ここに住めて本当に幸せ」ときっぱり。いつかダイニングテーブルを丸いものに替えたい、というささやかな願いくらいだという。

コンパクトで機能的なキッチン。「料理はイヴが担当。彼は本当に料理上手なの!」とジョアンナさん。

 ジョアンナさんは週に2回、イヴさんは週に4回ヨガに通う。映画も二人の共通の楽しみで、週に1、2回は劇場に足を運ぶ。そして何より、二人は歩くことが大好きだ。「1日に5、6km、多い時はそれ以上」パリの街を歩き回る。自宅に友人を招いて食事をする機会も多く、腕をふるうのはもっぱらイヴさんの役目。

 大きな家を持つことや引っ越しには興味がなく、休暇はもっぱら友人を訪ねての小旅行。ノルマンディーや南仏に暮らす友人のもとを訪れることもあれば、遠くニューヨークまで足をのばすことも。「私たちはお金持ちではないけれど、お金持ちの友人がたくさんいるから大丈夫」と茶目っ気たっぷりに笑う。

友人を招いてのテーブルセッティングにも遊び心を忘れない。カトラリーのモチーフをあしらった淡いピンクのプレイスマットと、ガラスの花器はともにガエターノ・ペッシェがデザイン。
右は上海とパリを拠点とするデザインブランドメゾン・ダダの花器「ナルシス」。一輪挿しの前面に直径 30cm の大きな PMMA(アクリル樹脂)製レンズが配置され、レンズの効果により、活けた一輪の花が拡大され、水面に映る幻影のような詩的な美しさを演出。中央の絵はクリストフ・ルブルトンの作品。

 1968年にパリへやってきてから半世紀以上。秘書、画廊、メンズブティックと職を変えながら、独自の審美眼を育んできたジョアンナさん。彼女の住まいは、人生で巡り合った宝物たちが息づく、ギャラリーのような空間なのだ。

撮影/篠あゆみ(Ayumi Shino)

(文)木戸 美由紀/Miyuki Kido 文筆家

女性誌編集職を経て、2002年からパリに在住。フランスを拠点に日本のメディアへの寄稿、撮影コーディネイターとして活動中。株式会社みゆき堂代表。マガジンハウスの月刊誌「アンド プレミアム」に「木戸美由紀のパリところどころ案内」を連載中。

Instagram:@kidoppifr

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