作品のスケールや違和感に、込められたもの。

横たわる巨大な女性、積み重なる大きな頭蓋骨、考え込む大人の天使・・・。なぜか引きつけられ、じっと見つめてしまうこの作品たちの魅力はどこにあるのだろう?そして、それぞれの作品にはどんな意味が込められているのだろう?

その作品の創り手は、ロン・ミュエク。オーストラリア生まれで、現在は英国を拠点に活動する現代美術作家だ。いま六本木の森美術館では、カルティエ現代美術財団との共催で「ロン・ミュエク」展を開催中。2023年のパリ・カルティエ現代美術財団での展示から、ミラノ、ソウルでの巡回展を経て、東京では9月23日(水・祝)まで公開される。世界的に知られる彼の主要作品を中心に11点が展示され、そのうち6点が日本初公開。アート好きなら雑誌などで目にしたこともあるだろうミュエクの作品を、実物大で確かめることができる貴重な機会になるはずだ。

ロン・ミュエク《イン・ベッド》2005年|所蔵:カルティエ現代美術財団|展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年|撮影:長谷川健太|画像提供:カルティエ現代美術財団

ロン・ミュエクといえば、まず人物のスケールに対する違和感が有名だ。実際よりはるかに大きく、または小さく造られるその彫刻は、その存在からすでに私たちに何か不思議な感覚を呼び起こす。彼の代表的な作品のひとつであるこの《イン・ベッド》は、ベッドの長さが6.5mという巨大さ。なのにその姿は平凡なまでにリアルで物憂げな表情で、女性が何を考えているのかに、つい想いをめぐらせてしまう。「いま何時かしら?」「ゴミ収集の日だったかしら?」「ここは誰の部屋かしら?」「私は誰かしら?」・・・。あるいは、さまざまな問題を抱える現代人そのものを象徴しているようにも見える、とても気になる作品だ。

ロン・ミュエク《枝を持つ女》2009年|所蔵:カルティエ現代美術財団|展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年|撮影:長谷川健太|画像提供:カルティエ現代美術財団

観る人それぞれに、想像と物語を紡がせる力。

展覧会の冒頭に現れるこの《枝を持つ女》も、違和感と突っ込みどころが満載。なぜ抱えきれないほどの木の枝の束を抱えているのか。なぜ裸なのか。髪を振り乱し、体には引っかき傷ができているのはどうして・・・。ただ耐えているのか、どこかへ持っていこうとしているのか、それとも新手の重量挙げコンテストなのか。目的もなにも説明されていないのに、強いインパクトがあるがゆえに、観る私たちは想像をめぐらせ、それぞれの物語を紡いでいく。

こうしたミュエクの彫刻表現は、綿密な人間観察に、哲学的な思索を重ねて生まれたものだという。孤独や不安、もろさや弱さ、あるいは生命感や回復力といったポジティブな力まで、内面的な感情を巧みに表現している。展示されたスペースの空気感さえ変えてしまうような作品のパワーには、脱帽するほかない。

ロン・ミュエク《若いカップル》2013年|所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)|展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年|撮影:ナム・キヨン|画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

見た通り《若いカップル》と名づけられたこの作品。英国の街角にいそうなティーンエイジャーのカップルの姿に、人目を避けるような初々しいラブストーリーを想像してしまいそうだが・・・。実は作品の後ろにまわると、彼が彼女の手首を無理矢理つかんでいるように見えることがわかる。二人に何があったのか?このまま放っておいていいのだろうか?突如、その場は不穏な空気に変わる。

これが実際の街角で見る少年少女なら、もし気になったとしても、横目でちらりと眺める程度で通り過ぎてしまうだろう。しかし、それが美術作品ならば、人間観察の対象としてゆっくりと眺められる。ひとの人生を覗き見するような感覚、あるいはそこから自分自身の感情に想いをめぐらす時間。ロン・ミュエクの作品の面白さは、こうしたところにもあるのかもしれない。

ロン・ミュエク《ゴースト》1998年/2014年|所蔵:ヤゲオ財団コレクション(台湾)|展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年|撮影:吉村昌也|画像提供:カルティエ現代美術財団

そのタイトルからすでに気になる作品《ゴースト》。水着を着た少女は、観客から視線をそらし、うつむき加減でどこか不安そうにも見える。身長は2mほどもあって実際の人間より大きく、それがまた弱々しい雰囲気との違和感を増幅する。《ゴースト》というタイトルを聞くと、本当に存在する人間の設定なのか、それともすでにこの世にはいない少女の幻なのかも知れないと思えてくる。作品にやはり説明はなく、答えは私たちの想像に委ねられている。

ロン・ミュエク《舟の中の男》2002年|所蔵:個人蔵|展示風景:「ロン・ミュエク」韓国国立現代美術館ソウル館、2025年|撮影:ナム・キヨン|画像提供:カルティエ現代美術財団、韓国国立現代美術館

《舟の中の男》の主人公は、中年の男性。まるでミステリー仕立てのドラマのオープニングシーンで、濃い霧のかかった海に一人取り残された人間のように、全裸で古びたボートの船首に座っている。オールを持たずに腕を組んでいるということは、自分から主体的にどこかへ向かっているのではなく、なすがままに漂い、流されてきたのだろうか。

ロン・ミュエクは、2000年から2002年にかけてロンドンのナショナル・ギャラリーで、収蔵品を調査することができる「アソシエイト・アーティスト」を務めたことがあるという。彼がここで鑑賞したベラスケスの絵画《無原罪の御宿り》では、聖母マリアの足もとに目に見えないほどの暗さで小さな舟が描かれていた。絵画の中でこの舟は、聖母マリアがキリストをこの世に届ける役割を表しているとされ、ミュエクはその意味合いをこの作品に込めようとしたという。だとすれば、この男性は処刑される運命にありながら、あらがうことなくそこに向かうキリストを象徴しているのだろうか。不思議が深まる。

ロン・ミュエク《マス》2016-2017年|所蔵:ビクトリア国立美術館(メルボルン)、2018年フェルトン遺贈|展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年|撮影:長谷川健太|画像提供:カルティエ現代美術財団

そして圧巻は、やはりこの巨大な頭骸骨たちだろう。100点にもおよぶ彫刻からなる作品《マス》は、当然のことながら、私たち観る者に強烈な印象を与える。西洋美術の歴史で、頭蓋骨は「メメント・モリ」(死を忘れるな)というラテン語に由来する言葉を象徴するシンボルとして、数々の絵画に描かれてきた。「マス=Mass」は、大量のものや、積み重なった塊、そして一般大衆やカトリック教会のミサという意味も持つ英語。どこかヨーロッパで見られるカタコンブ(地下墓地)の風景を思わせたり、あるいは人類史上これまで綿々と積み重ねられた名も無き死の集合体にも見える。生きているうちは人種、国、性別、宗教の違いなどでカテゴライズされ、区別されていた人間が、頭蓋骨になればその差はほとんどなくなる。とはいえ、本作ではそれぞれの色合いやディテールが違って表現されていて、個々人の集合体であることが示されているようでもある。そのあいだを歩いていく間に、私たちの脳内にどんな想いや感情が芽生えていくのか、自分自身を観察してみたいところだ。

ロン・ミュエク《エンジェル》1997年|個人蔵|展示風景:「ロン・ミュエク」森美術館(東京)2026年|撮影:長谷川健太|画像提供:カルティエ現代美術財団

こうしてみるとロン・ミュエクの作品は、圧倒的なリアリティでそこに存在して、私たち観る者に何かを語りかけてきているのに、直接的な答えを返してこないところに共通点があるかもしれない。その疑問を投げかける力こそが、彼の彫刻の強さなのだろう。

展覧会を出て、六本木の街を歩いていくと、世界の見え方が変わった自分に気づくだろう。すれ違うサラリーマン、ベビーカーを押す母親、スマートフォンを見つめたまま向かい合う恋人たち、空を見上げる子ども・・・。そして同じように「見られる」存在になっている自分にも気づく。もしかしたら、ミュエクの作品が問いかけているのは、自分自身のことなのかも、と。

30年間で作品数はわずか50点ほどという寡作の作家が、その一点一点に込めた時間と思索の重さ。だからこそ生まれた作品のメッセージ性。アートの力を実感するロン・ミュエクの展覧会をぜひ体感してほしい。

Ron Mueck ロン・ミュエク

会場:森美術館(東京・六本木)

会期:2026年9月23日(水・祝)まで

主催:森美術館、カルティエ現代美術財団

開館時間:10:00–22:00 ※会期中の火曜日は17:00まで ※ただし8月11日(火・祝)、9月22日(火・祝)は22:00まで ※最終入館は閉館時間の30分前まで

詳しくは美術館ウェブサイトへ

https://www.mori.art.museum/

※記載情報は変更される場合があります。

※最新情報は公式サイトをご覧ください。

(文)杉浦岳史/文筆家、アートナビゲーター

広告コピーライターとして活動しながら2009年に渡仏。美術史やアートマネジメントを学ぶパリ芸術高等学院(IESA)を修了。パリで独自の展示企画やコーディネートに携わる。現在は京都を拠点に、15年間のパリ滞在をもとにポッドキャスト配信、アート・工芸の学びと実践の場「Curiozika」の運営に携わる。

Instagram : @paritore_podcast

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