ほかの誰にも似ていない、美しく鮮やかな色、色、色。そして作品に近づけば、その大胆な色彩を構成する思いもよらないほどの繊細なディテール・・・。ニューヨークを本拠地に、世界的な活躍をみせる現代美術家の松山智一による東京では初となる大規模個展「松山智一展 FIRST LAST」が麻布台ヒルズ ギャラリーで開催され、大きな話題を集めている。

松山智一の作品を初めて目にした人は、きっとその視覚的インパクトに驚くことだろう。今回出展されている作品は、これまで上海やヴェネツィア、ロンドンなどで発表されながら、海外でしか見ることのできなかった日本初公開となる最新作19点をふくむ約40点以上。壮大な絵画作品も多く、展示室ごとに次々と視界に広がっていくので、その迫力はなおさらだ。

しかしそこに描かれているのは装飾的な美だけではない。彼のカラフルでポップな表現の中には、現代社会が抱える課題や矛盾、そして長い美術史の文脈が巧みに織り込まれている。作品は私たち見る者に問いや謎を投げかける「鏡」であると言ってもいいかもしれない。
アーティスト独自の視点から現代世界を読み解く。
岐阜の飛驒高山で生まれたという松山智一。彼はクリスチャンの両親のもとで幼い頃からキリスト教の世界を身近に感じながら育ってきた。少年期にアメリカで過ごしたあと、今度は帰国子女として日本で青年期を迎え、そこからさらにニューヨークへ渡り日本人アーティストとして活動をしてきた。東洋と西洋、古代と現代を行き来しつつ、常に社会のマイノリティでありつづけたともいえる。その独特なアイデンティティを通した目で、松山は現代社会のリアリティを浮き彫りにしていく。
とりわけその関心は、いま彼が活動の拠点とするアメリカに向かっているようだ。二極化が進む政治が引き起こす分断、格差と対立、情報操作やフェイクニュース、平等社会というパラドクス・・・。トランプ大統領の政治が始まってますます先が見えなくなるなか、こうしたアメリカ社会が抱える諸問題を出発点として、松山はその独自の視点で世界を捉えなおす。

展覧会で最初に迎えてくれる平面作品《We Met Thru Match.com》は、その叙情的な美しさに心が惹かれる。これは松山智一の代表的な作品群であるフィクショナル・ランドスケープ(仮想風景)シリーズを象徴する、幅6mにもおよぶ大作。松山が敬愛しているフランスの画家アンリ・ルソーにインスピレーションを受けた背景は、狩野派や土佐派という日本の伝統的絵画のスタイルで描かれ、まるで森羅万象を語るかのように花木や鳥が埋めつくす。その中には手紙をもった二人の若者。「Match.com」とは世界最大の恋愛マッチングサイトで、つまりタイトルは「出会い系サイトで知り合った」という意味だ。向かいあう二人は見つめあっているようで、どこか違う時空に存在しているかのような不思議な距離感がある。歴史といま、洋の東西が交錯する松山ワールドの真骨頂ともいえる世界。画面全体も細部もゆっくりと眺め、込められた意味を読み解いてみたくなる作品だ。

この《Passage Immortalitas》の中心にいる二人の人物は、ルネサンス期の巨匠サンドロ・ボッティチェリの作品《チェステッロの受胎告知》(1489年)にインスピレーションを得ている。「受胎告知」とはキリスト教の物語で、大天使ガブリエルが聖母マリアのもとにやってきて、お腹にイエスを宿した=受胎を告知する瞬間のこと。歴代の多くの画家たちが描いてきた、美術史では王道のシーンだ。
松山はこの二人を極めて現代的に描くばかりでなく、ポテトチップスの空袋や食べかけのピザ、ハローキティ、中国にルーツをもった日本の織物である緞通(だんつう)など無数の記号的要素を描き込んでいる。しかも背景の室内空間は、建築雑誌に登場するインテリア写真を複数組み合わせて作られているという。古典的な主題に現代社会の一面を映しだし、さまざまな文化と情報が渾然一体となった世界を浮き彫りにするかのよう。無数の色と膨大な情報量を散りばめながら、調和した作品世界を生みだすその手腕はさすがというほかない。

戦後アメリカのジャクソン・ポロックをはじめとした画家たちが、キャンバスに絵具を散らして着色した「ドリッピング」アートを彷彿させる色彩にあふれたこの作品。実はこれは千羽鶴をモチーフにしていて、よく見ると、記号化された鳥の描写の集合体であることがわかる。願いや祈りを「鶴を折る」という行為に込めるという日本で独特の習慣を、松山は西洋で確立した「抽象」という表現で捉えなおす。色彩の断片が、祈る人々の無数の想いを象徴しているかもしれないと考えると、千羽鶴の持つ意味がまた違った視点で見えるようで興味深い。
このように、松山智一の作品には異なる時代と文化、様々な問題とそれが抱える矛盾、はたまた夢や希望のようなものまでもが、混沌としかも鮮やかに一つに表現される。それはまるで社会そのものの縮図のようでもある。ポップでカラフルの裏に隠れた意味を、あなたはいくつ感じとれるだろうか。展覧会で色の叫びに包まれながら、ぜひ作品の謎ときにチャレンジしてみてほしい。

「松山智一展 FIRST LAST」
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー(麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階)
会期:2025年5月11日(日)まで 会期中無休
開館時間:10:00〜18:00(最終入館17:30)、金・土・祝前日は19:00まで(最終入館18:30)
※4月18日(金)のみ10:00〜18:00
詳しくは展覧会ウェブサイトへ
https://www.tomokazu-matsuyama-firstlast.jp/
※記載情報は変更される場合があります。
※最新情報は公式サイトをご覧ください。
(文)杉浦岳史